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人生は修行! な~んて言われることもあるけど、
そのゴールは、なんだろう?
悟りを開くことかな?
私のイメージは、
悟りを開く、開いた人って、お坊さんが思い浮かぶ。
悟りを開くの意味を調べると・・
心の迷いが解けて、真理を会得する。
表面的なことや言葉で取り繕われたようなものがあっても
真意や本質を見抜くことができることをいう。
悟りの境地を開いた者は、雑念がなく、完全に執着というものが
なくなった状態のことをいう。
確かにそうだなぁ~。
きっと、ものすご~い修行をしないと
悟りを開くことなんてできないな~(笑)
とはいうものの、
『良い人』『素晴らしい人』になろうとする自分もいて、
そうなるためには、
余計なことは考えないように。
感情を揺さぶるようなことは無かったことに。
瞑想とは無になること。
感情は抑える。
感情を持っていると悟れない。
だから
修行しなければ
滝に打たれなくては
御真言を唱えなければ
断食しなければ
座禅をしなければ などなど
自分を追い込むことで、
悟りを開くことができるんじゃなかって。
雑念がなく、完全に執着というものがなくなった状態になれば
生きやすくなるんじゃないか。
誰にも振り回されず、自分の感情にも振り回されず、
自然に生きられる。自分らしく生きられる。
そんな気がしてたんだけど、違うなって最近は思う。
無になろう。
感情に揺さぶられないようにしよう。
ではなくて、
内面に隠したものを「みる」ことで、
そこに光を当てて、変容を起こす。
それは、もう一度、
隠したものを体験することになるかもしれないけど、
そこに光を当てる。
光は、太陽の光のイメージ。
温かく、優しく、包み込むと、それは”何か”に変わる。
とっても素敵なものに変容する。
自分を締め付けている鎖(抵抗)を緩めて、外していく。
自由を取り戻した自分が生きる人生はどんなものか。
そう想像すると、なんだかワクワクするね!