つまらない生き物・嫌われる生き物は絶滅してもよいか?
およそ86%の地球上の生物種は,未だに学名がついていない.学名の付けられた生物は約122万種,地球には総計870万種の生物が生息(Mora et al., 2011).IPBESによれば,現在の絶滅速度からすればそのうち100万種が絶滅危惧種という(IPBES, 2019).
しかし.どうだろう.多くの学名のついていない種は.普通の人にとって,魅力的な生物種だろうか?絶滅して良い生物なんていない,なくなってしまって良い森などない.とは言うものの.普通の人が興味を持ってくれるだろうか?
「人が嫌ったりするムシがかわいそうにみえて,そのムシのことを研究したくなる.ひねくれているのかもしれないが,世の中にはそんな生物学者がいても良いのではないかと,自分の事を思うようにしている.」
と,カッコつけて言ってみても,「人が嫌うムシも生態系のなかで大切だ」とわかってもらうためには,どうしたらいい?
新種ゴキブリの発見というニュースリリースでは,ある会社さんの投稿にツイッターが炎上した.ゴキブリの新種が発見されたと言うニュースは,「家の中に殺虫剤に耐えるよう新しい(ニュータイプの)強力ゴキブリ(これが新種?)が出現した」と読めてしまったに違いない.
実際には,我々がみつけた新種のゴキブリ(1)とは,悠久の時間(1~2億年ほども?),森の中でその新種のゴキブリは,ひっそりと生活していた種に過ぎない.それを我々人間が,たまたま発見し,学名を命名したに過ぎないのである.人間が地上に現れる,そのずっとまえから地球上に生きてきた種である.生物学的には,ずっと後輩である私たちが,発見したに過ぎないのである.それがたまたま,日本から新しく学名がつくのが.35年ぶりのゴキブリの新種となったわけである.ただし,ブルーメタリックに,イエローの線の入った美麗種なのだ.
では,ムカデはどうか? オオムカデ属は日本から新種が記載されたのは,江戸時代がおわって明治になってから,外国人が日本に訪れて,多くの標本がヨーロッパにもちだされた.その標本を元に.ドイツ人が2種新種として名前を付けた.これ以来.143年ぶりに我々が,日本から新種として,オオムカデに名前を付けたのである (2).体長は20 cmほどになる.オカヤドカリなどの甲殻類をのぞけば,羽を伸ばしたヨナグニサンよりも大きく.実際の体長が10 cm強のヤンバルテナガコガネよりも大きい,新種 リュウジンオオムカデ以上の大きさの新種の昆虫や多足類は,おそらく将来的にも,日本から二度と見つからないだろう.
さらに,この新種となったオオムカデは.世界で3種目の半水棲種で,水中のエビなどを食べる.おどろかすと川の中に飛び込む.その姿と美しい翡翠色からカワセミになった神話の女性の名前を,主著者は学名としてつけた.ご覧になったことがあるだろうか本当に美しい色をしている.
人が嫌うムシだが,実際に美しい種(美麗種).これらを新種として記載する意味は,もちろん,多くの人の常識を覆したいとおもうからだ.人が嫌うムシだから,地球上からいなくなっても良いということはない.同様に,つまらない生き物だからと言う理由で絶滅してよいはずはない.
トキウモウダニはつまらない生き物だ.ウモウダニは鳥にとって害にはならないむしろ羽毛に蓄積した古い油やカビなどをたべてくれる.しかしトキウモウダニは.絶滅した日本産トキといっしょに地球上から姿を消したことを報告した (3).実際に,アマミノクロウサギの寄生虫.あるいはニホンザリガニの寄生虫など.とるに足らない,つまらない生き物たちは,宿主である動物よりも脆弱で絶滅の危機に瀕している.病気を引き起こすなどの実害のあるムシは仕方がないとして.人間に益も害もない生物たちが地球上から,人知れず姿を消そうとしている.
美しいゴキブリって何? 嫌われ者のゴキブリや,ムカデ.そして私の専門の人畜無害のダニたちは,生命,種,そして生物多様性の大切さを教えてくれているのではないだろうか.
天文学や古生物学では,科学に興味を持った一般市民と協力をしながら新星の発見や,化石の発見を行ってきた.このように専門家と一般市民がてをとりあって進める科学のありかたを「市民科学 Citizen Science」とよぶ.私の専門とする動物分類学でもできないか?
そこで,ソーシャルメディア(SNS)である,twitterに投稿されたダニの写真をもとに,そのダニを追い求めて新種として記載した.学名はAmeronothrus twitter Pfingstl and Shimano, 2021 チョウシハマベダニとした (4).
ここで訴えたいことは,(i) ソーシャルメディア(SNS)の利用によって、一般ユーザが誰でも新種の発見や生物多様性の解明に協力・参加できる事ができるのではないか.(ii) SNSは時間がかかる新種の発見のスピードアップを促すことができ、科学の発展に繋がる可能性があるのではないか.(iii) 未知の生物情報の多くは、未だSNSに埋もれているのではないか.ということである.
最近は,動物分類学だけではなく,具体的な行動も必要だと考えている.ブータンで絶滅危惧鳥類 シロハラサギの保全活動(5)を支援,タイで石灰岩地帯特に洞窟内の生物の保全を主導,そして,マレーシア,サラワクで京都大学チームと熱帯雨林の保全活動に関わっている.
〜ひねくれているのかもしれないが,世の中にはそんな生物学者がいても良いのではないかと,自分の事を思うようにしている.(ダニ学者)
References
(1) Yanagisawa, S., Hiruta, S. F., Sakamaki, Y., Liao, J. R., & Shimano, S. (2020) Two New Species of the Genus Eucorydia (Blattodea: Corydiidae) from the Nansei Islands in Southwest Japan. Zoological Science (24 November 2020), 38(1), 90-102, (February 2021). doi 10.2108/zs200048
(2) Tsukamoto, S., Hiruta, S. F., Eguchi, K., Liao, J. R., & Shimano, S. (2021) A new amphibious species of the genus Scolopendra Linnaeus, 1758 (Scolopendromorpha, Scolopendridae) from the Ryukyu Archipelago and Taiwan. Zootaxa, 4952(3), 465–494. https://doi.org/10.11646/zootaxa.4952.3.3
(3) Waki, T., & Shimano, S. (2020) A report of infection in the crested ibis Nipponia nippon with feather mites in current Japan. J. Acarol. Soc. Jpn., 29(1), 1-8. DOI: 10.2300/acari.29.1
(4) Pfingstl, T., Hiruta, S. F., Nemoto, T., Hagino, W., & Shimano, S. (2021) Ameronothrus twitter sp. nov. (Acari, Oribatida) a new coastal species of oribatid mite from Japan. Species Diversity, 26(1), 93-99. https://doi.org/10.12782/specdiv.26.93
(5) Khandu, P., Gale, G. A., Kinley, K., Tandin, T., Shimano, S., & Bumrungsri, S. (2020) Daily roosting behaviour of the critically endangered White- bellied Heron Ardea insignis as a function of day length, Biological Rhythm Research, DOI: 10.1080/09291016.2020.1814525
Mora, C., Tittensor, D. P., Adl, S., Simpson, A. G., & Worm, B. (2011). How many species are there on Earth and in the ocean?. PLoS Biol, 9(8), e1001127.
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.1001127
IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム) (2019) IPBES 生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約
ISBN No: 978-3-947851-14-0
https://www.iges.or.jp/jp/pub/ipbes-global-assessment-spm-j/ja