幸福日和 #101「異なる場所から」
僕がこの孤島に来る数年前、
世界各国を放浪していた時のこと。
せっかくウクライナまで来たのだからと、
途中、ポーランドで合流した登山好きの友人と、
カルパティア山脈にでも行ってみようかという話になったんです。
その山脈は壮大な山々が連なり、
今でも野生のヤマネコや多くの小動物が生息している
大自然のオアシスのような場所なんです。
一度、そんな豊かな環境に触れてみたいという
思いがあったんですね。
このカルパティア山脈というのは、
中央ヨーロッパから東ヨーロッパを隔てる山脈で、
様々な国と文化が折り合う場所でもあるんです。
かつて、第一次世界大戦時には、
各国の軍隊がこの山脈を越えをしようとしていた
時もあったそう。
そうした歴史を乗り越えて来た
時間の重みも感じられる場所。
今では戦時中の様子など微塵も感じないけれど、
あたり一面は静かでやさしい空気に覆われ、
僕たちは、なんともいえない幸福感を味わっていました。
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あいにく、その時は天候が悪く、
山を登ることは叶わずに、
山麓の小さな街で数日過ごすことになったのですが、
その時の忘れられない思い出があるんです。
山の麓で迎えた初めての朝。
日差しによる暖かさに肌を撫でながら、
また、小鳥のさえずりに促されるように
自然と目が覚めたんです。
窓辺から差し込んで来る光が、
時間とともに変化して、光の表情を変えながら、
その小屋の中にいる僕たちを優しく包んでくれました。
静かな朝日に包まれながら迎える時間。
どの世界にいても同じように迎えるはずの、
いつも朝のはずでしたが、
なんて穏やかな時間なのだろうかと、
あの場所で迎えた朝が忘れられません。
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同じ朝なのに、
異なる場所でその時間を迎えるだけで、
こんなにも自分の世界が変わるのかと思ったんです。
なぜだか分からないけれど、
涙が出そうなほどに美しい朝でした。
それまで、
日本にいた頃の自分にとっては、
朝というのは憂鬱な時間でもありました。
これからストレスを抱えに、
職場に行かなければいけないのかと、
このまま朝を迎えずにすむのならば、、、、と思うこともありましたし、
目を覚ませば、そこは無機質でただ白い病室だったこともあります。
そんな同じ朝でも、
異なる場所で受け止めるだけで、
得られるものがまるで違う。
以来、僕はこのカルパティア山脈の麓で迎えた朝をきっかけに、
「いつもの日常」を「異なる場所」から眺めるようになりました。
たとえば、
どの国に行っても、いつもと同じ朝日や夕日を眺める。
それぞれの場所で、大切な一冊の本を読み返す。
一人の大切な人と、色々な場所を巡る。
そうやって、それぞれの場所から、
目の前の一つを眺めるんです。
そうしていくと、
自分にとって大切なものが
しぜんと浮かび上がってくる気がするんです。
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いつも単調な毎日の中で、
目にするもの、耳にするものを
当たり前のように受け止めていることはありませんか?
何もやってもうまくいかない。
気持ちの切り替えがうまくいかない。
どこかに思いをひきづられている気がする。
そんな時は、
いつもの立ち位置を変えてみてはどうでしょう。
それだけで日常が、自分の世界が、
大きく変わることがあります。
当たり前のものを、
異なる場所から眺めること。
そこから浮かび上がってくるものこそ、
今の自分にとって必要な「何か」なのかもしれません。