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華麗なる梍(サイカチ)【オンガク猫団コラムvol.28】

あまり自分とは縁のない駅や土地に行くと、なんだかちょっとウキウキした気分になることがある。オイラに関していえば、例えば山手線だと、全駅で降りたことがあるけど、それ以外の線となると未踏の駅はやたらとある。JRなら比較的知っている駅は多いけど、私鉄、地下鉄となると、謎の領域だらけだ。用事がないと勢いそうなるものかもしれない。

つい2週間前くらい前、野暮用で水道橋駅に行った。オイラにとって水道橋は、1、2度しか降りたことのない割と縁の薄い街である。そんなワケなので、用事の後、折角だから駅付近を散策しようと思ったのだ。天気も良かったのでちょっと長めの散歩になった。出鱈目に歩くのも迷子になるリスクがあるで、線路沿いをなんとなく歩いていた。まもなく御茶ノ水駅だなあ、という辺りで、緩やかな上り坂になり、その道端で黒焦げの木材のような大きな豆のさやを見つけたのだ。

初めて沖縄に行った時、街路樹に鳳凰木という木があって、乾燥した新巻鮭ほどの巨大な豆のさやが、無造作に道路に落ちているのを見かけたことがある。地元の沖縄の人にとって、異次元レベルの巨大なさやが、国道に散らばっているのはいつものことで、なんのヘンテツもない風景らしい。オイラは南国植物の底知れぬパワーを見せつけられた気がして、畏怖の念のようなものを感じ、同時にいたく驚愕したものだ。

鳳凰木の実ほどではないにしろ、御茶ノ水付近で見かけた豆のさやもかなり大きなものだった。またしても魚のスケールで表現すると、さんまのみりん干しと、いったところだろうか。熱帯じゃなくてもこういうデカい豆が生る木があることに、オイラは驚いた。じつは、その坂道は、皀角(サイカチ)坂という坂で、その豆は「サイカチ」という木の実だったのである。

家に帰って、サイカチを調べてみると、人類にとってかなり有益な木だということがわかった。石鹸の代わりになり、棘は漢方で腫れ物やリウマチに効き、若芽と若葉は食用になり、豆はおはじきなど子供の玩具になる。古来から日本人にとって、馴染み深い木だったのだ。

サイカチは、サイカチマメゾウムシという寄生虫との、不思議な共生関係があるらしい。サイカチの種子にサイカチマメゾウムシという虫が寄生する。サイカチのさやは非常に硬いので、熟して地面に落下しただけは一切発芽しない。サイカチマメゾウムシの成虫がさやに卵を産みつけ、幼虫が硬いさやに浸入したときに雨が続くと幼虫が溺死する。種はここでやっと水を吸って芽を出す。もし雨が一定量降らなければ、幼虫は水死することなく種を食べきって、蛹、成虫、羽化という成長を遂げる。サイカチマメゾウムシにとって、雨は大敵だが、サイカチにとっては恵みの雨である……。

オイラは、散歩で思いがけず良いものを拾った気分になった。街を歩いていると、まるで辻占のように、不思議な啓示のようなものを得ることがある。サイカチなんて知らなかった…。散歩は、セレンディピティに満ちているなあ、とオイラは思う。

どうでもいいことだが、サイカチマメゾウムシのことを「マメゾウムシ、マメゾウムシ、マメゾウムシ…」と念仏のようにぶつぶつ言ってたら、吉祥寺の「まめ蔵」の豆まめカレーが食べたくなってしまった。ひょっとして、オイラはあの散歩の途中で「まめ蔵ムシ」に寄生されてしまったのかもしれないな。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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