ピロリ菌大発生【オンガク猫団コラムvol.14】
風呂場の白熱灯が、チカチカと脈を打っている。そろそろ白熱電球の寿命なんだろう。オイラは白熱電球の温かい光が好きだけど、やがて生産中止になり、全てLEDに取って代わってしまうとかいう不穏なニュースを最近知った。「省エネトップランナー方式」とかいう錦の御旗の下、省エネじゃないものは、全部やめちゃいましょう、ということらしい。
どうしてこうも、世の中は効率ばかりを優先しようとするんだろう。
一円でも安い買い物がしたくて、地元のスーパーじゃなく隣街のスーパーへわざわざタクシーに乗っていくような本末転倒でナンセンスな人って意外と多いのかも知れないなあ。オイラの周りにはそういう人は見当たらないけどね。
白熱電球のフィラメントじゃないけど、トシをとると身体のそこかしこが徐々に衰えていく。自分でもあまり気がつかないくらいにそっとやってくる。いつの間にか鬼になってしまったオイラに、ダルマさんが転んだをしながら、ジリジリと忍び足で近づいてくるのは恐らく死神だ。オイラは振り返って「そこの死神、動いた!」って叫んだところで、死神はニヤリとほくそ笑むだけでとりあっちゃくれないだろう。
数年前、オイラは突発性難聴に罹患した。耳鼻咽喉科に行ったのは発症してジャスト7日目だった。この病気は、通常一週間以内に治療を講じないと、聴力を失うこともあるらしい。ドクターからは「もしかしたら、治らないかも」と宣告された。オイラは投薬治療を続ける傍ら、高岩寺にお参りして、一か八か霊験あらたかな水掛不動様のお耳を濡れタオルでそっと拭かせていただいたのである。それから1ヶ月以上して、家出していた「聴こえ」はひょこり戻ってきた。良かった、お帰りなさい。オイラと「聴こえ」は、二人して不動様にお礼参りに伺った。
あれから、「聴こえ」はちょいちょい朝帰りをするようになったのだ。家出まではしないものの、癇癪を起こすようになった。きっと、オイラに気に入らないことがあるんだろうな。人付き合いなら、ある程度言葉でなんとかなることがある。「言いたいことがあるんなら、ちゃんと言ってくれよ!」って告げれば、ある程度円満解決するし、そうであって欲しい。でも、臓器や病気が自分から話しかけてくることはない。
子供の頃「胃カタル」って病気は、胃が勝手に語りだす病気だと思い込んでいた。でも自分の胃とトークできたら楽しいかも知れないね。
「胃クン、一つ聞きたいんだけど、ピロリ菌ってお邪魔してるかな?」
「それに答えて、オレに何かメリットあんの」
「四の五の言わずに教えろよ。暴飲暴食するぞ」
「脅しかよ。そっちがその気なら、ピロリを大量発生させるからな」
……とかなんとか。
もしもあの時、突発性難聴が治らなかったら、と考えることがある。でも考えるだけだ。人生におけるカタストロフは、やはりその場になってみないと分からないものさ。これは、トシをとっても何ら変わりはないと思う。写真家のアラーキーは、朝ヒゲを剃っている時に、突然片目が失明したそうだ。だからボクは髭剃りが怖いんだ、と日曜美術館で述懐していた。
それにしても白熱電球、無理やり根絶する必要がどこにあるんだろうか。贅沢品ということで、血路を見出せないものかなあ。あれだけ世の中に溢れていたのに、ふっと消えてしまったプリントゴッコみたいになってしまうんだろうか。淋しいね。
そんな具合に懐古的な気分に浸っていたら、MITがLEDに匹敵する高効率の白熱電球を開発中らしいという希望のニュースを知った。ガンバレ、白熱電球クン。最後に輝くのは君だ!