源太郎とのこと
今週末は、以前共に暮らしていた源太郎(雄猫)の命日で、
お墓参りに行くかどうか、悩んでいた。
お墓といっても彼だけのお墓ではなくて、ペットの共同墓地。
たくさんの犬や猫がそこに一緒に埋葬されている。
寂しくないように、あえてそうした。
そこには、その後に亡くなった源次郎という猫も一緒にいる。
源太郎が亡くなって、今年で16年になる。
もう今ごろは天国でけっこうヨロシク幸せに過ごしている
またはもう他のお家に猫として生まれ変わっているかもしれないし
大草原でライオンとかになっているかもしれないし
大海原で鯨として生きているかもしれない。(笑)
って…言うしね ^_^;;
体を脱いで自由になって、それこそあちらで楽しんでいる。それをわざわざ呼び戻すのは実はとっても迷惑だという話をどこかで聞いて、確かにそうだなぁと思い、一昨年までは毎年命日にお墓参りに行っていたのだけれど
昨年は彼の命日にはお墓参りにはあえて行かなかった。
でもつい先日、ふと命日を思い出したので、今年はどうしようか…。と今朝の瞑想の時に、aoちゃん(ハイヤーセルフ)に聞いてみたのでした。
aoちゃんは、(興味なさげに(笑))どっちでもいい。好きにしたらいい。
と言った。
そうだよね。確かに、投げやりな意味ではなく、どっちでも、良いよね。
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そして午後になってメールが一本入った。
一緒に仕事をしている女性からのメールで、仕事の連絡事項の返事の最後に、飼っていた犬が先日亡くなった。と書いてあったので、
あわてて電話をした。
彼女がその子(雌犬)を、本当に我が子のようにかわいがっていたのを、知っていたし、うちの猫たちよりもまだ若くていつも元気な様子だったので、突然の訃報にびっくりした。
聞いたら、昨年、腫瘍がみつかって日帰り手術でそれを取った時はピンピンと元気にしていたのだけれど、数ヶ月後に、また再発で少し大きな腫瘍がみつかって、今度は入院手術したのだそう。そしてその入院からみるみる容態が悪くなり、その病院の獣医さんは原因がわからない、わからない。と何度も入退院を繰り返して、いろいろ調べてくれたのだそうだけれど、もう手の打ちようがないと言われて、うちに連れて帰り、その時にたくさんの薬と点滴を処方されていたらしい。そしてその時点になって、友人から別の病院を紹介してもらい、セカンドオピニオンで他の病院に連れて行ったところ、その前の獣医さんではみつけられなかった全く違う病気がみつかって、やっと原因がわかり入院させたのだけれど、結局それまでに体力がかなり奪われていたため、結局、数日で天逝したとのことだった。
その最初の獣医さんの医療ミスだったのではないか、とか、大量の薬でびっくりしたと言っていたのでその薬害だったのでは?とか、聞きながら頭の中を渦巻いたけれど、いま、そんなことはどうでもよくて、ただ、「天に帰るタイミングはみんな決めてきているから、もし自分を責めていることがあればそれは必要ないよ。たくさん愛されていたことは〇〇ちゃんに伝わっているよ。」と伝えて、源太郎の時のことを話した。
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源太郎は、私が結婚して大阪に住んでいた頃に出会った猫で、元オットと別れることになったときに私が引き取って母子家庭していた。
うちは小さい頃から、鳥や犬や猫や猿や…を飼っていたのだけれど、自分が飼っていると言うより、家族で飼っていたので、私が生命として全責任を持つという意味で暮らした猫は源太郎が初めてだった。
とはいえ、私も若かったので、ちゃんと面倒を見れていたわけではなく、気がついた時には源太郎は食欲がなくなっていて、病院に連れて行ったら腎臓が悪くなっていて片方が機能していない状態で、もう片方もいつまで持つか…と言われた。
その当時かかっていた獣医さんはとてもいい先生だった。入院させるより自宅にいて、好きなものを食べれるものを食べさせてあげて。でも点滴(輸液)だけは毎日受けにきて。と。
当時フリーランスになりたてで、契約的な働き方でクライアントの会社に日々出向かなければいけなかったのだけれど、私は悩む余地なく仕事を放棄した。チームで一緒に仕事をしていた仲間には迷惑をかけたけれど、はっきり言ってそれどころじゃなかった。
実はそれどころじゃなかったのにはもう一つ理由があって、現在住んでいるマンションに数日後に引っ越しをすることになっていて、その部屋はもう解約手続きもしてしまっていたから、そんなこともあって当時、私はパニックだった。
冷静になれば引っ越しを延ばせたのだと思うけれど、多分もうその時はいっぱいいっぱいで。
とりあえず獣医さんに引っ越しのことを伝えたら、自分で点滴を与える方法を教えるから、自宅で毎日点滴(輸液)してあげて。と言われて、源太郎の背中を消毒して点滴用の太い針を刺す方法を獣医さんと何度か一緒に練習した。
これをひとりでできるのか不安だったけれど、注射器や消毒液、輸液などを全部揃えてもらって、そうして引っ越しをした。
獣医さんは、念の為、引っ越し先に近くて知っている病院も教えてくれた。
源太郎は引っ越しのためにカゴに長時間入れて電車移動をしたストレスで、カゴを一生懸命ガリガリと爪を立てて出ようとしていたらしく、それは爪が剥がれて血が出るほどだった。
でも引っ越し先に着いて出してあげると落ち着いて、ベランダに出て風にあたったりしていた。寝たっきりになるというほど具合が悪い状態ではなく、歩くことはできている状態だった。
それから毎晩、新しい部屋で、ひとりで点滴(輸液)をすることになった。
辛かった。
あまりに辛くて、ある日点滴(輸液)の用意をキッチンでしながら、いろんな感情が湧き起こって嗚咽号泣した。
その様子を感じた源太郎は、いつも点滴(輸液)を嫌がるのに、
その日はベットの角で背中を向けておとなしく点滴を待っていた。
その翌日だったか、源太郎の爪の怪我の様子が気になって、紹介してもらった病院に連れて行って見てもらうことにした。
そこは昔からある動物病院で、多分若い獣医が研修もしているようなところだった。担当になった若い獣医さんが、爪の怪我を見てくれて、けっこう元気そうだし体力もありそうだから、1日入院しますか?と言われた。
私はその時、日々の点滴からの休憩もとりたかったのだと思う。
心配ではあったのだけれど、大丈夫だと言われて、流され、入院させることにした。そうしたら、その日の夜、彼は病院でひとりで逝ってしまった。
私はこの時に自分を心底恨み、後悔した。
その後、母に、元の病院の獣医さんに、必要無くなった輸液や注射などを返却しに行ってもらい源太郎が亡くなったことを伝えてもらった。
「獣医さんは普通はひとりでそこまでできないよ。よくがんばった。と言っていたよ。」と母に言われたが、自分を許す気はなかった。
むしろ一生自分を許さないと心に誓って15年以上過ごしていたのだけれど、
それをやっとの思いで手放したのは3年前くらいだった。
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「私はそうして、長い間、自分を許さないできたのだけれど、
でもどんな生命も生まれる前から天に戻る時期を決めてきていると思う。
病気であっても事故であっても。だから、自分を責めないでいいよ。」
彼女にそう言うと、彼女は「え?自分はずっと許さなかったくせに?」と泣きながら笑ったので、私も泣きながら笑った。
でも、これを彼女に言いながら、私は、「あ、これは、あの時の自分に言っているのだな。」と思った。多分、今朝瞑想で聞いたaoちゃんのどっちでもいい。の答えの先はこれだったんだな。と。
私自身が「自分を許しなさい。」ということだったのかもしれない。
まだ全部は手放せていなかったのだと。
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そのあと彼女とは電話で、亡くなった後にみた不思議な夢の話など(それはまた長くなるので、違う記事に書けたら、と思います)になって、
そうそう!ベットに一緒に寝ている気配や向こうの部屋にいる気配や音などがする。と言う話になった。
「亡くなったけど、しばらく家にいたりするよね」と私が言うと
彼女は「しばらくじゃない。けっこうずっと居るよ」と言った。
ここで、思い出した。
そうだ、彼女は旦那さんが脳梗塞かなにかで突然死していて、そのすぐあとに火事で当時飼っていた犬を亡くし、数年前には母親を亡くしている。
ペットも猫も犬もリスもうさぎも飼っていて、私よりずっと死別経験が多いことを思い出した。
「たまに旦那も出てくるし、この前は母親も出てくるしさぁ〜…なんかいっぱいいるのよ」と言うので「めちゃ大家族じゃん」と爆笑した。
源太郎も何年も部屋にいた。
点滴を待っていたあのベットの位置や、寝ている時に足元に体重を感じることもあったし、あきらかに視界に入って「あ、通った。」ということもあった。ごはんを食べている音もした。
でもここ数年は気配を感じないので、やっぱり
天国でけっこうヨロシク幸せに過ごしている
またはもう他のお家に猫として生まれ変わっているかもしれないし
大草原でライオンとかになっているかもしれないし
大海原で鯨として生きているか、
風になっているかもしれない。(笑)
今日はこんなことがあって、こうして記事を書いて、
ひさしぶりに写真を見返して源太郎を思い出すことができた。
そして、改めて、ただ感謝と愛を送ればいい。
いつでも。と思えた。
源太郎、どうもありがとう。
ずっとずっと、ずぅーーーーーーっと、愛してるよ。
lovin' you. xxx
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