ししゃもの頭は苦くなかった。
私はずっとししゃもの頭が苦手だった。
臓器が相まって苦くて、それが嫌で頭は避けていた。
普段あまり自分の話はしない。
他人は私の話に興味がないだろうと親にさえ自分の話をしなかった。
けど、この日は酒の力があって自分の辞めた仕事について話し始めた。
きっと誰かに自分の苦しかった時期の話をしたかったんだと思う。
わたしは医療職にすごく憧れていた。
ずっと小さい頃からきっかけは祖が医療職だからか、コードブルーにハマったからなのかは今となっては分からない。
でも、人の命を救いたいし、それがわたしの生きがいになると信じて疑わなかった。
それがわたしの使命だと思った。
大学は医療系学科に行き、毎日生きがいを持って勉強し、バカ校だったけど学年3位にもなった。
とにかく医学の知識が頭に入ってくるたび楽しかった。
でもね、就職する頃には色々あって多分あれは鬱だった。
心は折れていて、その勢いで入職した病院は教育制度が整っていなくて大変だった。
1人で立ち向かう怖さ、命を目の前にした時の責任感。
それを上の人がいない前で1人で人体に触れる怖さ。
私はそれを人に話して「あの時わたしは怖かったけど、それを押し込もうと必死に戦っていたんだ」と再確認した。
怖いものは怖い。
なんで、1人にするの?
なんでこんなペーペーに期待をするの?
なんでいきなり1人でやれって言うの?
そんなものを全て押し込んで「やるしかない」とやってのけてきた。
そこから今わたしは逃げてきた。
だって毎日辛くて泣いて心臓や胃が痛くなって帰り道に「死にたい」と思ったから。
ここがわたしの限界だと思ったから逃げてきた。
この日、初めてししゃもの頭を苦くていいから食べたいと、むしろ苦さを感じたくて食べた。
ししゃもの頭は苦くなかった。
そこは苦くあれと心で思いながら日本酒で飲み込んだ。