吉田靖直を読んで、この人でも成功できたんだから、じゃ俺も、って思うのは間違い
「持ってこなかった男」吉田靖直著(双葉社)は、著者が10代でバンドを始め、ライブハウスを中心に活動をするも全く評価されず、才能も無く、練習や努力もせずに自堕落な日々をつづった自伝的エッセイである。
おそらくこの本を読んだ人の中には
「この人でも本を出せるくらいには有名になれて、テレビとかにも出れるようになるんだから、俺も音楽を続けていれば何者かになれるかもしれない」
と勇気づけられる人が一定数いると思う。
だが、これはおそらく間違いだと思う。
その人が音楽で成功するかは「才能」の要素がかなり高い。そして「才能」があるに越したことはない。
この本でも引用されるように、ベンジー(浅井健一)が
と言った言葉は、そのままの言葉として受け止めた方がいいと思う。
きついかもしれないけど、絶対的に「才能」の壁は高い。
それでも、その人が音楽をやるべきかどうか、やりたいかどうかは他人が決められることじゃなく、自分自身で決めて欲しいと思う。
大切なことは「俺に才能はない。じゃあどうするか」ということから始めることだと思う。
この本の最終部分で書かれたこの言葉は、著者にとっておそらく最も大切な発見だったと思う。YouTubeで著者のバンドを聴いたが、たしかにこの部分で書かれた発見が著者の音楽活動の軸になっていると思う。
だが、音楽をする人が著者と同じように「部品がカチッ」とハマるわけじゃない。一生才能もなく、ハマる感じもなく過ごす可能性もある。それはもうどうしようもないことだと思う。
「なんで俺は練習もせず堕落した日々を過ごしているんだ」と嘆いてた同期の音大生がいたが、今思えばそれも含めて「現実」であり、「練習を重ねて向上する自分」という理想を求めること自体に無理なんだと思う。
結局はなるようにしかならないし、それでもやりたければやるしかない。
今これを書いてる自分自身、結局プロになれなかった元音大生だが、「やりたければやったほうがいい」と思う。金になろうがならまいが。
そして「売れる売れない、才能のあるなし、みたいなものを越えたところにある音楽」みたいなことを俺自身求めてるし、それを見てみたいと思ってる。
全くの他人事だけど、著者は著者の音楽を見つけることができて本当に良かったと思う。
才能がなかろうが、「音楽」はできるし、やっていい。
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