英国黒人音楽賞【MOBOアワード2021】についての覚書き
いままで完全なファン・アカウントとして使っていた『note』を、ちょっとした記事を公開するために使ってみることにしました。(「お前だれ?」という方は、ぜひTwitterアカウントをご覧ください。)
さて、このページでは【MOBOアワード】というイギリスの音楽賞をご紹介したいと思います。2021年の【MOBO】の授賞式は英国時間の12月5日(日)にイギリスはコヴェントリーのCBSアリーナで開催されます。また現在、各部門への一般投票の受付も行っています。
▼予告動画(今年はYouTubeでの配信も決定している)
【MOBO】について、読者の方の中でも「一度くらい名前を聞いたことがあるかも」というくらいの認識の方が多いのではないかと思います。かく言う私もイギリスに来るまではそうでした。
では、なぜ今回記事を書こうと思ったのか。それは「2021年の【MOBO】、かなり面白いのでは?」と思ったからです。
細かい話はさておき、まずはいくつかの賞をピックアップして、今年のノミニーを見てみましょう。
ALBUM OF THE YEAR(最優秀アルバム)
ARLO PARKS『COLLAPSED IN SUNBEAMS』
CELESTE『NOT YOUR MUSE』
CLEO SOL『MOTHER』
DAVE『WE’RE ALL ALONE IN THIS TOGETHER』
GHETTS『CONFLICT OF INTEREST』
HEADIE ONE『EDNA』
BEST MALE ACT(最優秀男性アーティスト)
AJ TRACEY
CENTRAL CEE
DAVE
GHETTS
HEADIE ONE
POTTER PAYPER
BEST FEMALE ACT(最優秀女性アーティスト)
ARLO PARKS
BREE RUNWAY
CLEO SOL
LITTLE SIMZ
SHAYBO
TIANA MAJOR9
どうでしょうか? 特に「最優秀アルバム」と「最優秀女性アーティスト」は、アーロ・パークス、クレオ・ソル、セレステ、デイヴ、リトル・シムズなど日本でも今年話題になったアーティストや作品が多くラインナップされており、すごく刺激的なノミニーになっている印象です。
そうです。【MOBO】がいますごく面白いというのが、この記事の本旨です。
▼アーロ・パークス「Hope」MVと日本語インタビュー記事
MOBO = Music Of Black Origin
そもそも【MOBOアワード】とは何なのか? 上記の通りMOBOとは「Music Of Black Origin」の略称。ずばり(英国における)「黒人に由来する音楽」のためのアワードです。
MOBO賞(Music of Black Origin、通称MOBO)は、ヒップホップ、グライム、R&B、ソウル、レゲエ、ジャズ、ゴスペル、アフリカンミュージックなどの「黒人起源の音楽」の功績を称える、イギリスで毎年開催される音楽賞です。(Wikipediaより)
日本で一般的に「ブラック・ミュージック=黒人音楽」と呼ばれている音楽の多くはアメリカ産です。ソウル、ディスコ、ヒップホップ、ファンク、R&B、ブルース、そして今日では白人的な音楽だとみなされやすいロックンロールやロックでさえ、そのルーツの大元はアメリカの黒人文化の中に見出せます。
では、英国に黒人文化は無いのかと言えば、もちろんそんなことはありません。ただ、そのあり方はアメリカと大きく異なります。イギリスにおける黒人音楽は、すごく乱暴に言えば、「アフリカ系やジャマイカ系を含む移民が中心となり現地で育んだ文化」であると同時に「アメリカからの同時代的に流入し続ける輸入文化」の側面があり、「それらが組み合わさって成長と変化を続けている」ということが出来るでしょう。
その詳細な説明と考察は本稿では割愛しますが、ここでとにかく押さえておきたいのは「英国独自の黒人音楽・文化の文脈が存在していること」、そして【MOBO】が「英国内での黒人音楽・文化を讃えることを目的にした賞であること」です。(後者は必ずしも「英国産の黒人音楽を讃えること」とイコールではありません。詳細は下記にて。)
2021年、百花繚乱のUKブラック・ミュージック
前述のノミニーが象徴しているように、この2020年代という時代は、UKブラック・ミュージックを中心に取り上げることが使命的である【MOBOアワード】にとって最高のタイミングだと言えます。
グライムに代表されるUKラップ・シーンは引き続き隆盛を続けており、前述の「最優秀男性アーティスト」のノミニーは全て英国出身のラッパーで占められています。今回、最多5部門にノミネートされた前述のデイヴを筆頭に、アルバム部門にノミネートされたゲッツ、ヘディ・ワン等はいずれも今のUKラップ・シーンの顔役と呼べるアーティストたちです。
▼DAVE FEAT. STORMZY「CLASH」は最優秀楽曲賞にもノミネート
女性アーティストにもタレントがひしめいています。特に「最優秀アルバム賞」と「最優秀女性アーティスト」にノミネートされたアーロ・パークスは、同じくイギリスの、権威ある【マーキュリー賞】でアルバム賞を受賞した、今年、最も名前を上げた英国出身アーティストの一人。前述の通り、クレオ・ソル、セレステも、日本でも人気のシンガーたちで、この辺りは誰が受賞しても不思議ではない面子が揃っています。
それは「最優秀女性アーティスト」にノミネートされているリトル・シムズも同じ。彼女に関してはむしろ今年リリースされた最新アルバム(『Sometimes I Might Be Introvert』)が、音楽メディアの年間ベストに多数選出される中で、アルバム部門のノミネートを逃したことの方が不思議なくらいです。
▼自身が監督した「Woman」MVでリトル・シムズは「ビデオ賞」にも選出
そのリトル・シムズ、クレオ・ソルのアルバムを全面的にプロデュースし、最近ではアデルのアルバム『30』への参加が話題のプロデューサーがインフロ(Inflo)は、自身の主宰するカッティング・エッジな音楽ユニット=ソー(SAULT)で「最優秀R&B/ソウルアクト」にノミネートされています。(余談ですが、インフロが「最優秀プロデューサー」にノミネートされていないことも不思議です。)
BEST R&B/SOUL ACT (最優秀R&B/ソウルアクト)
BELLAH
CLEO SOL
JORJA SMITH
SAULT
TIANA MAJOR9
WSTRN
ジャンル部門の充実ぶりも注目
またノミニーを見ていて面白いのは「最優秀グライム・アクト」「最優秀ドリル・アクト」「最優秀ヒップホップ・アクト」とラップ・ミュージックが3ジャンルに分かれていること。これは自分のようなUKラップの門外漢にはやや細か過ぎるようにも感じられる区分で、出演者に出来るだけ賞を与えるための措置と感じられなくもないですが、裏を返せばタレントがひしめき合う現在のUKの状況を反映していると受け取ることも可能でしょう。
▼「最優秀ドリルアクト」ノミニーのセントラル・シーは楽曲賞にも選出
また、これはことあるごとに書いていきたいのですが、いまのロンドンではとにかくアフロビーツがビッグで、そのことを反映するように「最優秀アフリカ音楽アクト」が「最優秀国際アクト」とは別に設けられています。ウィズキッド、テムズあたりは最近も大規模な英国ツアーを続々と完売していて、人気・実力ともに申し分のない才能だと言えるでしょう。
BEST AFRICAN MUSIC ACT
AYRA STARR
BURNA BOY
CKAY
DAVIDO
KING PROMISE
NSG
REMA
TEMS
TIWA SAVAGE
WIZKID
▼今年10月に全米ビルボード「Hot 100」で9位まで浮上した「Essence」
ジャズ部門にも注目株がひしめいています。アルファ・ミストは最新アルバム『Bring Backs』でその評価を更に一段上げた現在のUKジャズ・シーンのスターの一人。またエマ・ジーン・サックレイ、サンズ・オブ・ケメット、ジェイコブ・コリアーなど日本のリスナーからも注目されているアーティストがこの部門にノミネートされています。
BEST JAZZ ACT (最優秀ジャズアクト)
ALFA MIST
BLUE LAB BEATS
EMMA-JEAN THACKRAY
JACOB COLLIER
NUBIYAN TWIST
SONS OF KEMET
▼アルファ・ミストは2,000キャパのバービカン・ホール12月公演が完売
これまでのMOBOアワード
さて、ここで「そんなに面白い賞なら何で今まで日本のリスナーに注目されてこなかったの?」という疑問を持つ方もいるかも知れません。実際、【MOBOアワード】は1996年にスタートして今年で25周年の節目を迎える、それなりに歴史のある賞です。
この点について言えば、いまから振り返ると、過去の【MOBOアワード】がかなり微妙だったからだと言えそうです。
参考に、過去の「最優秀ベストアルバム」を一覧にしてみましょう。(特に注目して欲しい年・アーティスト・作品を太字にしました。)
1996: Goldie『Time』
1997: Jamiroquai『Travelling Without Moving』
1998: Adam F『Colours』
1999: Beverley Knight『Prodigal Sista』
2000: Gabrielle『Rise』
2001: Usher『8701』
2002: Alicia Keys『Songs In A Minor』
2003: 50 Cent『Get Rich Or Die Tryin'』
2004: Kanye West『The College Dropout』
2005: Lemar『Time To Grow』
2006-2007: アルバム賞の発表なし
2008: Leona Lewis『Spirit』
2009: N-Dubz『Uncle B』
2010: JLS『JLS』
2011: Jessie J『Who You Are』
2012: Emeli Sandé『Our Version of Events』
2013: Rudimental『Home』
2014: Sam Smith『In the Lonely Hour』
2015: Krept and Konan『The Long Way Home』
2016: Kano『Made in the Manor』
2017: Stormzy『Gang Signs & Prayer』
2018-2019: 賞自体の開催なし
2020: Nines『Crabs in a Bucket』
どうでしょうか? ぶっちゃけ結構微妙というか、日本での知名度の問題は横に置くとしても(ジャミロクワイやサム・スミスならともかくガブリエルやレマーと言われてもピンと来ないという人は少なくないと思います)、全体として「何をしたいのかよく分からない賞」という印象が否めません。
まず、英国で開催される音楽賞で、明らかに英国アーティストに有利そうな雰囲気であるにも関わらず、2000年代の初期には米国人のアリシア・キーズやアッシャー、50セント、カニエ・ウェストが続々と受賞を果たしています。アルバム自体はどれも名盤ですし、賞が国際的に開かれていることも悪いことではないものの、全体の一貫性という意味では、どうしても印象がボヤけてしまいます。
また、それこそカニエやアリシアのように作家性の高い所謂「アーティスト」もいれば、JLSのような「ボーイバンド」も混じっている。もちろんボーイバンド=即NGというような物言いは、むしろ2021年にこそ微妙かも知れません。しかし、例えば2000年代の【グラミー賞】が、当時どんなに売れていてもワン・ダイレクションや旬のラッパーたちに冷淡で、「おじさん好み」のソウルやカントリーのアーティストたちに賞を与え続けた(そして、それによって批判され続けた)ことと極めて対照的です。
それ以外にも、2003年にはジャスティン・ティンバーレイクが【MOBO】の「最優秀R&Bアクト」を受賞したことで、文化盗用を訴える反発が生じたりもしています。
端的に言って、迷走している感が拭えません。個人的な見解も入ってしまいますが、やはり賞というものは多かれ少なかれ権威的なものなので、基準がブレているとオーディエンスから感じられてしまえば、ポジションを築くことはとても難くなるように思います。(この辺りは一般投票と会員票などの賞のシステム的なあり方も関係するところです。)
2000年代の迷走感に比べれば、クレプト・アンド・コナン、ケイノとストームジーが連続してアルバム部門を受賞した2015〜2017年頃は、グライムの隆盛を背景に、賞の方向性にも一貫性が生まれつつあるように見えますが、2018年、【MOBO】は賞の立て直しのために一年の休止を発表。結局これは二年に引き伸ばされ、昨年ようやく再開される運びとなりました。
▼2017年に三部門を受賞したストームジー(Photo credit: MOBO Organisation Jake Haseldine)
最後に:受賞予想とMOBOの未来
終盤に微妙なことばかり書いてしまいましたが、前半でも書いたように「2021年の【MOBO】が面白い!」ということは間違いありません。
文章の終わりに、この手の記事につきもののオマケとして、いくつかピックアップした賞について個人的な受賞予想を書いておきたいと思います。
ALBUM OF THE YEAR: DAVE『WE’RE ALL ALONE IN THIS TOGETHER』
BEST MALE ACT: DAVE
BEST FEMALE ACT: ARLO PARKS
BEST R&B/SOUL ACT: CLEO SOL
BEST AFRICAN MUSIC ACT: WIZKID
BEST JAZZ ACT: ALFA MIST
【マーキュリー賞】のお墨付きのあるアーロ・パークスですが、これまでのMOBOの方向性で言えばラップ・アクトが有利なのは明白なので、アルバムはデイヴへ。アルバムで選外となったアーロ・パークスには「女性アクト」賞、同じくアルバムを逃したクレオ・ソルには「R&B/ソウル」賞を。「アフリカ音楽アクト」は、11月末からのロンドン・O2アリーナの3デイズ公演をソールドしているウィズキッドに。そしてジャズ部門はアルファ・ミストが受賞。
固い予想だと思いますが、それでも「リトル・シムズは漏れるのか」とか「テムズにも賞をあげたいな〜」と思える層の厚さが今年の【MOBO】の最大の魅力です。(とか言って、大はずししたら恥ずかしいですが……)
最後に【MOBO】の未来について。これに関してはよく分からないというのが本音です。前述のように【MOBO】には賞のアイデンティティを巡って試行錯誤を続けてきた微妙な歴史があり、それはまだ完結していないと考えるのが自然でしょう。それにそもそも一つの賞を運営して、権威性とビジネス的な収支のバランスを取っていくのは本当に大変なことです。音楽性に振ってマニアックに陥れば、賞の人気が陰ってビジネスの問題が生じる。逆に、人気に振って視聴率や収支を重視すれば、ミーハーでナンセンスなものとして見られてしまう。
ただ、明るい未来が見えるとすれば、これまで何度も書いてきたように、UKグライム・シーンの隆盛を背景に、才能のあるUKのブラック・ミュージックのアーティストたちが続々とシーンに登場し、オーディエンスから受け入れられていること。そして、それが一過性のものではなく、世代を超えた文化産業として根付いているように感じられることです。現在の盛り上がりから逆算すると、この状況は今後5年程度ではビクともしないと思いますし、さらにアフリカ諸国やヨーロッパ諸国(例えばフランスのグライム・シーンなど)と連携して、ビジネス的な面でも、より発展した形になっていくことも考えられます。とすれば、【MOBO】の未来はとても明るいと言えるでしょう。
最後に少し大風呂敷を広げてしまいましたが、まずはいちリスナーとして12月5日の授賞式本番を楽しみに待ちたいと思います。(佐藤優太)
【MOBOアワード2021 (MOBO Awards 2021)】
2021年12月5日(日)※英国時間/会場:コヴェントリー・CBSアリーナ/オフィシャルサイト/各部門一般投票受付中/当日YouTubeチャンネルで中継予定
※TOP画像(ロゴ):via https://mobo.com/news/mobo-awards-announce-their-2021-nominees
筆者より:これより下は特に何も書いていませんが、記事を気に入って頂けましたら、ぜひ記事の購入・サポートをお願い申し上げます。
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