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人を変えるより自分を変えよ。
20211013
私は数年前に、「人は変えられない」ことを実体験で学んだ。
もちろん今も。
ついつい人を変えようとする自分が未だにいるのだが。
つい人は、誰かを変えようとするんだけど、「人を変える」ことは不可能で、人を変えるのではなく、「自分が変わる」ことがシンプルで、簡単で、成長進化することに気付いた。
なかなかこれに気づかない。
どうしても人を変えようとする。
自分の中の理想がどうやらあるようだ。
しかし、周りからの抵抗が入る。
自分が見方を変えたら、「あっ!そういうことか!」になり、「じゃ私がやればいい、とか私がそうすればいい」になる。
生きていく過程で何度も何度も訪れる、「人を変えようとする」こと。
あの人が「こうなればいいのに」と望んでいる間は何も変わらなくて、すべて「自分」に何かを気づかせるための、周りからのお知らせだと思えばいいのだ、と最近また新たな気づきがあった。
結婚すると家族という共同生活を始める。
価値観も違えば、育った環境も違えば、趣味、好み、食べ物、習慣、すべて異なる人と共同生活を送る。
生まれた時からも同じく。
親の価値観、
夫婦の価値観、
母の価値観、
父の価値観、
祖父母の価値観、
兄弟姉妹の価値観、
みんな血は繋がっていたとしても、一緒に生活する中で、気になる部分や、モヤモヤする部分や、イライラする部分や、嘆きや、とにかく人と生活をすると価値観の違いから、「こうしてほしい、こうあるべき、」と他人に変わることを望む。
そうやって、私たちは育てられてきたし、そう育てるもんだと思ってきた。
でも。
私は結婚して赤の他人と生活をしてきて、やっと気付いたこと。
人生30年以上経って気づいたことだった。
「自分が変わるのが1番ラクなんだ」
私は高校から社会人になるまで、寮生活、共同生活と、人と暮らしてきた。
その時には特に何も感じず生きてきたけど、
結婚すると私は「良い妻、良い母」にならなきゃいけないと思うようになった。
良い母になった方が子供のため、良い妻になった方が主人のため、だと思っていた。
その方が主人の周りの反応や、子供の周りの反応が、良くなるんだと思っていた。
私が勝手にそう思っていた。相手はそんな私を望んでもいないけど、主人や子供のために良い妻にならなきゃ、良い母にならなきゃ、と。
結局「私」がいいように見られたかったんだと気づく。
誰かに認められたかったんだと気づく。
「お前の奥さん料理上手だしいいよな」
「ステキな奥さんだね」
「○○ちゃんのママって素敵だね」
「優しいママだね」
って私が言われたかったらしい。そうやって誰かに褒めて貰いたかったのだ。
「良い妻、良い母」になるため、自分が頑張らなきゃいけなくなるから、苦しくなり、(できないこともやろうとするようになる)
理想が高くなればなるほど、相手に同じことを求めるようになった。
だから、本来の主人や子供じゃない、理想の誰かに当てはめようとする。
理想の誰かに変えようと、「ああしなさい、こうしなさい」と指示する、指図する、押し付けるようとする私。
もちろん反発されるわけで。
私だったら「絶対イヤーーー!!!!!」と全身で反抗すること間違いない。
ってふと我に返った。
人は変えられない、
変えようとしない、
変わらない。
私も別に「良い妻、良い母」にならなくていいんじゃないか??と理想を手放した。
できるならいいけど、
でも、できないんだもん。
まんまでいいじゃん、って思うようになった。
自分が相手の何をみて、感情という反応が出ているのか。
イライラなのか、嘆きなのか、悲しみなのか、がっかりなのか、どんな感情になるか、
それを紐解いていくと、
「自分のエゴ」が出てきたり。
「周りの目を気にしている自分」がいたり。
「誰かにすごいね!!と褒められたい自分」がいたり。
それを見つけた時、自分の本音が出た時、恥ずかしかったり、怖かったり、見たくないと目を背けたくなる。
でも、素直に認めること。
そうしたら、きっと、自分のことしか考えてないことに気づき、相手は何も関係なかったことに気づく。
もしくは、「これは私がやるべきことなんだ」と気づく。
もしくは、「これは私がやりたいことなのね」と気づく。
結局、外側や物質は何も関係なくて、私自身の内側の問題でしかないってこと。
全ての出来事は、全部自分が起こした出来事だと思えば、全部自分の責任で、回収できるし、前に進める。
「自分が変わることだったんだな」と気づいたら、周りの人に感謝しかない。
そういう風にできている。
面白い世界なんだ。