自作脚本『ペンキでもぶちまいとけ』


片足を無くして車椅子に乗っている画家が一人。名前は森川。
森川はぼんやりとお茶を飲んでいる。
そこへ、丸井がやってくる。

森川「あ?丸井?」

丸井「お疲れ様です」

森川「お疲れ様」

丸井「個展おめでとうございます」

森川「いらねえ。もう何度目だと思ってんだよ」

丸井「何回目でも個展はやっぱめでたいってか、嬉しいじゃないですか」

森川「ああ、そう。お前の方が個展してるけど、毎回そうなの?」

丸井「俺は、どうだろう。わかんねえや」

森川「なんだそれ」

丸井「あんまり記憶ないんで、個展の時ってくそ忙しいから」

森川「分からんでもねえな」

丸井「というか主役がこんなところにいていいんですか?」

森川「もう今日は閉館だからな。主役も舞台裏に引っ込むさ」

丸井「そうですか」

森川「むしろ客であるお前がここにいる方が変じゃねえの?」

丸井「いやあ、たまには森川さんに会っておこうと思って」

森川「何言ってんだ?会おうと思えばいつでも会えんだろうが。てか昨日も会ったぞ俺ら」

丸井「昨日は搬入とか準備で忙しかったじゃないですか」

森川「はあー、何だよ。そんなに俺と喋りたかったのか」

丸井「へへ」

森川「え、気持ち悪」

丸井「ひどくないっすか」

森川「きめえきめえ。どうしたまじで」

丸井「最近なんか変なんすよね」

森川「今現在進行形で変だな」

丸井「絵が描けるんすよ」

森川「いつも描いてんだろ」

丸井「違いますって。そういう意味じゃなくて。ほら、俺ってスイッチ入らないと全然駄目じゃないですか」

森川「そうだな。いつもサボり魔で〆切ギリギリってか〆切踏み倒す丸井様だもんな」

丸井「ひでえけど事実。そうなんすよねえ。練習でーとかデッサンでーとかなら毎日でも描いてるんですけど、なーんかね」

森川「お前は何でも描けるからな。人より選択肢が多いってのは、人より選択しないといけないから、それはそれで面倒くさそうだな」

丸井「俺別に何でも描ける訳じゃないっすよ」

森川「うるせ、天才うるせ」

丸井「はは」

森川「丸井は天才だけど、馬鹿だから〆切守んねえし、それでどうにか釣り合ってるっつーか、採算合ってたっつーのに。なんだよ。描かない天才が描く天才になっちまったら何も面白くねえよ」

丸井「良いことなんじゃないんですか?」

森川「良いことだと思ってるのか?」

丸井「……俺の最近の絵、見ます?」

森川「ああ」

丸井が背負っている大きめのリュックサックからスケッチブックや紙を取り出す。

丸井「えーっと、出てこない。あー、これとかどうっすか。あと、これとか」

森川「……」

丸井「……」

森川「なんか、丸井らしくないな」

丸井「俺もそう思います」

森川「つーかはっきり言って暗い。暗い絵ならいくらでもあるしお前が描いたのも見たことあるけど、これは違う。死んでる。創造力も世界も死んでる」

丸井「……」

森川「これは、俺の知ってる天才じゃねえな。何があった?」

丸井「むしゃくしゃしてました」

森川「……」

丸井「むしゃくしゃして、でも、俺、そしたらずっと描いてるんですよ。ずっと。こんなにストック貯まったの久しぶりです」

森川「ストックが貯まったのは良いことだろ。まあストレス発散が絵を描くことか。囚われてるな」

丸井「それは、前からですよ。森川さんもでしょ?」

森川「俺は奥さんと一緒にいたり車椅子のカタログ見たり筋トレしたりするけど」

丸井「筋トレかあ。良いって聞きます」

森川「今じゃゲームでもトレーニング出来るからおすすめするわ」

丸井「どうも。」

森川「筋トレでストレスの原因はどうにもできねえし残ったままだが、ちったあスカッとすんだろ」

丸井「原因は、まあ、そうですね。俺にはどうにも出来ないですから」

森川「フラれたか?」

丸井「ちーがーいーまーす。てか最近恋人いないし」

森川「ああ、そう」

丸井「……親と喧嘩した。俺の父親、まだ俺が絵を描いてるの認めてねえの。収入貰ってるっていうのにさ。訳分かんない絵なんてやめろだと。相変わらずだった。相変わらずだったけど、なんか、その時は抑えられなくて俺怒ったんすよ。怒鳴っちゃって。そしたらもっと拗らせちゃいました」

森川「……」

丸井「妹は気にすんなって言ってましたけど、俺、つれえよ。絵はさ、万人受けなんて無理だし、俺には嫌いな画家も苦手な絵も妬みも嫉妬も恨みもあって、でもそれは、誰かが俺に思ってるものでもある」

森川「そうだな。やめちまえと思う一方で、やめちまえと思われてる世界だからな」

丸井「だから結構、この世界に慣れてるから、恨み辛みは気にしないでいられる。でも、家族には。」

森川「子供が親に理解してほしいという感情は、いくつになってもかわんねえさ。まあでも子供の方が理解されなかった途端に急変するっつーか冷めるし見切りをつけるかもな。親の方が、それこそいくつになっても子供は自分の言うことを聞くと思ってんのさ」

丸井「……。」

森川「で、どうしたいのよ、お前。」

丸井「いやあ、特に。」

森川「なんだそれ。」

丸井「だって、俺、画家だから。」

森川「解決したな。」

丸井「解決してないです。」

森川「お前は画家で、絵を描いて、例え親に理解されなくても、人に理解されなくても、絵を描くんだろ。解決解決。」

丸井「俺の死んだ絵は。」

森川「スランプだよ、馬鹿。知らねえのか。」

丸井「知ってますよ、そんくらい。」

森川「スランプの抜け出し方は人それぞれ。絵を描きまくる奴もいれば、全く絵を描かないで別のことをする奴もいる。俺は絵を描かない。奥さんに目一杯時間を費やす。」

丸井「俺スランプ滅多になったことないからなあ。何なら普段も描かないし。」

森川「〆切踏み倒すくらいだもんな。」

丸井「今はそれ良いじゃないですか。」

森川「まああれだ。そんな死んだ絵描くくらいなら、たまにはデッサンも練習もなんもしないで遊べばいいんじゃねえの?」

丸井「遊ぶねえ。」

森川「それでも絵を描いてなきゃ気がすまないんなら、カンバスにペンキでもぶち撒いとけ。きっとそっちの方がお前らしい絵になるよ。」

丸井「ペンキぶち撒けると掃除大変じゃないですか。」

森川「アクションペインティングだよ。」

丸井「ポロックかあ。」

森川「あんな上手くいかねえよ。」

丸井「分かんないっすよ?俺天才っすから。」

森川「言ってろ馬鹿。俺としてはもっとスランプになってて欲しいもんさ。」

丸井「ええ?嫌だなあ。」

森川「お前自分で言ったろ。やめちまえと思う一方でやめちまえと思われる世界だって。丸井がスランプになってる間に俺は作品を作るんで、お前はどうぞごゆっくり休んでてくださいよ。」

丸井「……森川さん。」

森川「あ?」

丸井「俺、描き出すと超早いんで。」

森川「……。」

丸井「俺がスランプの間にせいぜい頑張ってください。」

森川「まじくそ可愛くねえなあ。」


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