見出し画像

悪女

何度目の家出だろうか。

家出と言っても、近所を散歩して、
駐車場で寝そべって、
音楽に溺れながらタバコをふかすだけ。
こうでもしないと、生きていけなかった。
共存、できなかった。



原因はいつだって、
今となっては何だったか思い出せない。
それくらい、些細なことだ。
小さなささくれが、適切に処理されず、
大きな傷跡になっていった。
もう、飲み込むしかなかったのだ。

彼と生きていくには、
腹を括らなければいけなかった。
幸せの末の生活ではない。
我慢の末にある、幸せの末の生活だ。
そんなことまでして、
彼と一緒にいるメリットはあるのか?



私は苦しかったのだ。
苦しかったから、女を誑かし、男に誑かされた。
そうやって割り切った関係を
している演技をしていた。
そっちの方が楽だった。
『帰る家があるから旅行は楽しい』
まさにその通りだった。
何でもない彼が居るから、
周りの男女と遊ぶのが楽しかった。



彼と別れたかった。
もう限界だった。



彼の大事な貯金に手をつけた。
それが彼から嫌われる原因になれるから。

というのは、建前。
心のふらついた私は詐欺に引っかかった。
大金が必要だったから、
彼に嘘をついて、彼の大事な貯金を使った。


無事、彼からの信用を失うことができ、
別れることになった。

ただ、悪くなりきれなかった。


悪女になるなら月夜はおよしよ、
素直になりすぎる。
隠しておいた言葉が、ほろり、溢れてしまう。
「いかないで」


私は泣いた。
3日ご飯を食べずに吐き続けた。
悪女になれない私は、
泣いている彼の背中に向かって
必死に「いかないで」と言うことしかできなかった。
彼はひたすらに涙をこぼしていた。
大好きだった彼女に
嘘をつかれ、お金を使われ、騙され、
悲しさと悔しさでいっぱいだったのだろう。
私にはそれくらいしか、想像できなかった。




私は小さな村にある実家に連れ戻された。
私の名字は村の中では珍しく、
私ら家族と祖父母しかいない。
小さな村で名字を背負って身体を動かして働き、
彼への借金を返済することで、
家族からの絶縁を免れた。

私が村でヘマを起こしたら、
彼への借金返済が滞納したら、
また詐欺に引っかかったら、
その瞬間、血縁関係を切るとのこと。
この条件をのんだ。



彼は、「君のことを嫌いになったわけじゃない」
と言う。
私も嫌いになったわけじゃない。
お互い、我慢の限界だっただけ。
この別れは、必然だった。
ただ、あのタイミングだっただけで。



【参考楽曲】
悪女 /中島みゆき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?