『薔薇物語』を読む。(古フランス語入門)

今日から古フランス語に興味を持たれている方々に向けて、ギョーム・ド・ロリスの『薔薇物語』を読みながら、その読み方を解説してゆきたいと思います。拙文拙訳ではございますが何卒よろしくお願い申し上げます。

古フランス語とは

厳密な定義はせずに12世紀から13世紀中葉のフランス語としておきます。

発音

当然のことながら、古フランス語の発音や正書法は現代のそれとは異なります。原則としてはすべての文字が発音されていました(話した通りに書いたと言った方が正確でしょうか……)とはいえ、物語の内容を理解する程度であれば、日本の古典作品を読むとき同様、現代の発音・読み方で差し支えないかと思われます。ご自身が読みやすい方法で読んでみてください(韻文作品では音節の数や脚韻などに多少気を配った方が良いと思われます……)

黙読する際のポイント
内容を理解するだけであれば現代語と同じように読めば良いです。
(例:songier ソンジエ)
現代風に読み替えた方が分かりやすいものもあります。
(例:tex テウス → tels テル、tot トット → tout トゥ)
その他よく分からない場合は、取り敢えずそのまま読むべし!!
(例:dient ディとかディエントとか……)

『薔薇物語』の冒頭

それでは物語を読んでゆきたいと思います。初回なので日本語訳から始めます。引用は Project Gutenberg より。

夢の中には、作り話や嘘しかないと、多くの人々が言う。しかしながら、このような夢を見ることがある。決して嘘偽りではなく、後になって明かされる、そんな夢を。私はその証人として一人の作家をあげることができる。名をマクロビウスと言い、彼は夢をまやかしだとは思わなかったし、むしろスキピオ王が見たという幻を書いたのである。

(v. 1 - 10)
Maintes gens dient que en songes
N'a se fables non et mençonges ;

Mes l'en puet tiex songes songier
Qui ne sunt mie mençongier,
Ains sunt après bien apparant,
Si en puis bien trere a garant
Ung acteur qui ot non Marcobes ;
Qui ne tint pas songes a lobes ;
Ainçois escrist la vision
Qui avint au roi Cypion.

解説

Maintes gens dient que en songes
N'a se fables non et mençonges ;

一行目は素直に Maintes gens を主語にとって、que 以下の内容を「多くの人々が言っている(dient)」と読めば良いです。

続く en songes ですが、古フランス語では「a + 場所」で il y a の構文を形成しますので、次の N'a と合わせて「夢の中には…がない」となります。

se ... non は sinon ... の意です。「作り話や嘘を除いて」

Mes l'en puet tiex songes songier

古フランス語を解釈する際には、動詞から探し始めると理解しやすいです。というのも、語順が比較的自由な上、主語が省略されることも多いからです。今回は puet (pouvoir) があるので、主語は三人称単数だと分かります。また、助動詞が出てきた場合には動詞の不定形も探します(ここでは songier が該当)

動詞が分かったら属詞や目的語を探します。この中には songes くらいしかありませんので、songes songier は「夢を(夢)見る」と解釈できます。

Mes と l'en は文脈から Mais l'on と判断します(これは慣れです)
三人称単数の l'on は pouvoir (pooir) の変化とも一致します。

tiex は tels のことで songes に掛かります。綴り字の x は us を表し、エルは母音化されて u になることがあります(tels > teus > tex)

Qui ne sunt mie mençongier,
Ains sunt après bien apparant,

sunt = sont (être)

Qui は tiex ... qui ... で songes を説明する。
Ains は副詞で plutôt や mais の意。

bien apparant を apparissant とするものもあり。
apparissant は aparoir (apparaître) の現在分詞。

Si en puis bien trere a garant
Ung acteur qui ot non Marcobes ;

①動詞を探します。puis (je puis)
②助動詞なので動詞の不定形を探します。traire

Si は ainsi のことで「然して」などと解釈する(無理に訳さなくても良い)
en は「それについて」の意(先の文を受ける)
traire (trere) à garant は「証人として引く(挙げる)」くらいの意味だと思います。
ung acteur は un auteur の意。
従って「私はその証人として一人の作家をあげることができる」と解す。

qui は acteur に掛かる関係代名詞。
ot は avoir の単純過去。
non は nom の意。
従って「マクロビウスという名の」と解す。

Qui ne tint pas songes a lobes ;
Ainçois escrist la vision
Qui avint au roi Cypion.

Marcobes に掛かる関係詞節です。
動詞は tint (tenir) および escrist (écrire) 。共に単純過去。
tenir A à B は「A を B とみなす」くらいの意味だと思います。
lobe は「まやかし」などの意。
ainçois は ains と同根の多義語。plutôt と解す。

avint は avenir の単純過去 arriver, venir の意。 Qui 節は la vision に掛かる。

従って「彼は夢をまやかしだとは思わなかったし、むしろスキピオ王が見たという幻を書いたのである」と解す。

おわりに

以上、古フランス語の導入として『薔薇物語』の冒頭を読みながら解説してみました。分かりにくかった点は、今後解説をしてゆくほか、読んでゆくうちに慣れてくるかと思います。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。間違いなどございましたら、ご指摘くださいますようお願い申し上げます。

(参考文献)
・Le Roman de la Rose., J. Dufournet, Flammarion, 1999
・A. Lanly, Morphologie Historique des Verbes Française., Champion, 2002
・Le Dictionnaire de l'Ancien Français., A. J. Greimas, Larousse, 2012
・『薔薇物語』、見目誠、未知谷、1995

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K.
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