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港町シリーズ(八)銀の風船の丘

    なだらかな丘の上に建つアパルトマンは一棟だけで、白い石の壁が緑の草原によく似合う。窓から視線を滑降させてゆくのは、風の谷の民が操るメーヴェに乗ったみたいで楽しい。ふもとは扇形に広がって街がある。その家々はみな円形のドーム型で、屋根は陽を浴びて銀色に輝いている。街のその先には海が広がる。

 この場所で夕方になったら見られる光景はすばらしい。銀のドーム型の屋根が夕陽をはじいてピンク色に染まると、風船のように膨らんでゆき、完全な球形になると空へ舞いあがる。銀の風船はレイリー散乱の光線を反射させて、さみしくなるほど綺麗だ。

 街の往来には親子が手をつなぎながら、空を見あげて我が家の屋根を見送っている。やがてどこからともなく楽隊の音色が響きだし、パレードははじまる。エメラルド、ルビー、サファイヤ‥‥宝石色に瞬く道化師のダンスは、その華麗さを表すのに言葉では追いつけない。腕を振り脚を上げ、変幻自在に煌めき揺らめく。

 すっかり陽が沈み夕闇が降りてくる頃には、楽隊はいつのまにか去り道化師は忽然と姿を消している。闇に溶けるように、ものとものとの境界線が曖昧になってゆく。親子が戻る家々にはすでに新しい屋根が張られていて、しっとりと濡れたような光を蓄えている。この屋根はどこか生物的だ。

 僕はすっかり満足して窓のカーテンを閉じる。夕陽が綺麗に沈む日だけに見られる眩惑のパレード。寝床に入ってからも神経が昂ぶりすぎてなかなか寝つけないんじゃないかと、僕は心配している。

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玻名城ふらん(hanashiro fran)
ちゅーる代