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20241213の夢/メローエローベイベ(Mellow Yellow Baby)
秋のおわりのある日の夕方、大学生のぼくはいつものように、大学近くに借りてる安いアパートまで歩いて帰る。
日が落ちて薄暗くなった町はさすがに冷えるな、って自販機であったかい缶コーヒーを買って手をあたためる。
坂道に巻かれるようにして建っているアパートの、二階の高さの道のつきあたりに、いつもねこたちがたまっているところがあって、そこでぼくはいつものように一服する。
舗道の一段高くなった縁に腰かけて、タバコに火をつける。
カバンから液状のねこ用おやつを取りだすと、封も切らないうちからねこたちが寄ってくる。
ぼくはじぶんがふるまう側なのに、「ご相伴にあずかりましょうね」っていいながら液状おやつをちゅるちゅるしぼり出す。
ときどき指先に触れるねこたちの、ざらざらな舌の感触がきもちいい。
タバコを吸い終えてぼんやりコーヒーを飲んでいると、視界の端にねこではない影があるのに気がつく。
びっくりしてその影のほうをみると、ヒトがひとり、立っていた。
ぼくより背が低く、幼い顔立ちの、くせのある髪の毛を長く伸ばした、男の子……いや、女の子……?が、ねこたちがカリカリを食べているのを指でもくわえそうないきおいでじっとみている。
ぼくはちょっと怖くなってきたのもあって、「このへんの子?」って声をかける。
ふるふると首を横に振ってはねこたちの食事から目を離さないようすがあんまりひもじそうにみえたので、ぼくはカバンのなかに入れていた菓子パンの残りを「食べる?」ってさしだす。
その子はパッと目を輝かせたかと思うと、ぼくの手からパンを毟りとるようにして、あっという間にたいらげてしまう。
そうして、ありがとうもごちそうさまもなにも言わずにまだ立っていて、ぐきゅるるるっておなかの虫を鳴らす。
魔が差したのかもしれなくて、ぼくは「これからごはんだけど、うち来る?」って誘ってしまう。
その子は黙ってうなづき、ぼくのあとについてくる。
ぼくは、冷蔵庫に残ってた食材で、かんたんな料理を、二人分つくる。じぶん以外のひとのために料理するのがひさしぶりすぎて、ぼくはそれをちょっとだけうれしいと感じている。
拾ってきたのらねこみたいなその子のことをなんて呼べばいいのかわかんなくて、「ねこちゃん、ごはんできたよ」って声をかけてしまってからちょっとだけ気恥ずかしくなる。
「ねこちゃん」は黙ってテーブルのまえにすわり、ぼくのつくったごはんをおいしそうに食べてくれる。
二人分の食事をのせたこたつテーブルが狭く感じられるのもひさしぶりだな、と思う。
ごはんのあと、ぼくが食器を片付けたり洗濯機を回したりおふろを磨いたりしているあいだ、ねこちゃんはぼくのベッドのうえでゴロゴロしてて、さすがにそろそろ帰らなくていいのかなと心配になる。
「ねぇ、送ってこうか?」と声をかけると、「おれ、泊まってく」と返ってくる。
初めて声を聴いて(あ、男の子なんだ)って思うのと、(え?泊まるの?)っておどろくのがいっしょにきて、ぼくは返事するのを忘れてしまう。
「ダメなら出てくけど」っていうから、「どこに?」って訊いたら、「どっか」とほんとののらねこみたいなことを言う。
ねこちゃんにぼくのロンTとハーフパンツを渡し、おふろの使い方をおしえる。
フローリングのものをどかして、押し入れからおふとんを出してベッドの横に敷く。
おふろからあがったねこちゃんに、「おふとん、敷いといたから 先に寝てていいよ」と伝えて、ぼくもおふろにつかる。
湯船のなかで、なんでこんなことになったんだろうなって不思議なきぶんと、じぶん以外のだれかがうちにいるのってわるくないかもなってきぶんにひたる。
ぼくがおふろからあがると、おふとんに寝そべってマンガを読んでたねこちゃんが顔だけこっちに向けて「おかえり」って言うから、「ただいま」って返事をしてしまう。
マンガを閉じて仰向けになったねこちゃんは、ロンTとパンツのあいだをひらいておなかを見せてきて、ぼくを見つめながら「しないの?」って聞く。
ぼくは「しないの?」の意味がいっしゅんわかんなくて、でもすぐにわかって、咄嗟に「しないよ」って答える。
(は?え?なに?)って気持ちの整理もつかないうちにねこちゃんが「じゃあ、口でする?」って言うから、ぼくは「え、いや、またこんど……」みたいな間の抜けた返事をしてしまう。
ねこちゃんは意外だって顔をして、「ふーん」と言っておふとんにくるまる。
ぼくはへんな胸のどきどきが止まらないまま、電気を消してベッドにもぐりこむ。
おふとんの方から「おやすみ」って聞こえて、ぼくも「おやすみ」と返して瞼をとじる。
瞼の裏にはねこちゃんのおなかがずっと焼きついていて、頭のなかでは「しないの?」がずっと鳴り響いていた。
眠りにおちかけたころ、ベッドにもぞもぞする気配があって、横を向いていたぼくの背中にあたたかいものが触れる。
ねこちゃんはぼくの背中に抱きつくようにして、そのまま寝息をたてる。
ぼくはじぶんの心臓の音でねこちゃんが起きてしまわないか気が気じゃなくて、眠りに落ちるタイミングを逃してしまう。
朝、目を覚ますと、ねこちゃんは先に起きて着替えていて、昨日のことは夢じゃなかったんだと思う。
トーストを二枚焼いて、コーヒーを二杯入れる。ねこちゃんはコーヒーをブラックで飲めなくて、牛乳がないからかわりに冷蔵庫に入れてた黄色い炭酸飲料をあげる。
ねこちゃんは一口飲んで、「びみょー」って苦笑いする。
大学に出かける時間になって、「ゆっくりしてく? 鍵、郵便受けに入れといてくれたらいいから」って言うぼくに、ねこちゃんは「こいびとじゃねーんだし」って笑いながら「さすがに出てくよ」って言う。
鍵をかけて振り向くと、すこし離れたところに立つねこちゃんが、「ふらんはおひとよしだな」って言って、じぶんの名前を伝えてないはずのぼくはなんで知ってんの?っておどろく。
そんなぼくをみて、ねこちゃんはぼくの背後のドアの方を指さし、「いまどき下宿の表札に名前なんか書かないだろ、しかもフルネーム」って笑ってる。
そして、「ねぇ、おれ以外の "ねこちゃん" が甘えてきてもさ、やさしくしないでよ」って言う。
なんて返事していいのかわからずぽかんとしてるぼくをみておかしそうにまた笑い、「じゃあまたな」って手をあげて歩き出す。
数歩進んだところでくるっと振り向き、「おれの名前は〇〇だよ!」とだけ言って、またもとのように歩いていった。
これが、ぼくと〇〇の最初のであいだったんだ。
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