(大槌美夜)の決断
てしろんはすごい。
意思がつよい。
行動力がはんぱない。
栖庫先輩の圧にも負けてなかった。
それで、ちゃんとじぶんの口からデートを申し込めてえらい。
めでたく(?)、あこがれの小野フランキスカ先輩とデートできることになった。
なぜかわたしもついてくことになっちゃったけど。
べつにてしろんに頼まれたわけじゃないし、こないでって言われたらいかない。
でもなにも言われないなら、ついてこうって思ってる。
そのほうが、たぶん、てしろんにはいいと思うから。
三人だけだと、小野フランキスカと栖庫先輩の関係に、きっとてしろんはあてられてしまう。
わたしがいっしょにいれば、てしろんがひとりで浮いたり、いたたまれなくなったりすることはなくなるはずだ。
――と、手代木マカナが小野フランキスカとデートする約束をとりつけたあと、大槌美夜は考えていた。
(わたしもおひとよしかな)
そう思わなくもないけれど、てしろんの一途さが報われてほしいから、応援したくなるのだ。
小野フランキスカがデートに選んだ場所は、都内でも有数の観光名所になっている旧市街だった。
はじめてのデートで行くにはなかなか渋めのチョイスで、てしろんのテンションがあがるかどうかが心配だった。
てしろんは行きの電車からすでにひどく緊張していて、わたしがなにを話しかけても「あー」とか「うー」とかしか言わなかった。すこしでもほぐしてあげられたらいいなと思ったけれど、とりつく島がどこにもなかった。
待ち合わせ場所について小野フランキスカを視界に入れたとき、てしろんははじめて小野フランキスカと対面したときとおなじようにフリーズしてしまって、さきゆきが思いやられた。
だけど、小野フランキスカのふざけたひと言で、てしろんの緊張はとけた。
ふざけたひと言だったけど、あれはわざと言ったに違いないとわたしはみている。小野フランキスカはそういう気のつかいかたをするひとなんだ。
かかわる相手とのあいだに不均衡があれば、まずそれを取り除く。そうしておたがいに対等な、素にちかい状態でかかわることを望んでいる。
どら焼きにしろ、レトロな遊園地にしろ、ほんとうにじぶんがすきなものを相手に差しだし、相手がそれをどう受け取るかをたのしむ、そういうひとだと思った。
まえにわたしが「小野フランキスカのどこがそんなにいいの?」と訊いたとき、てしろんは「雰囲気? なんかねことかにすかれてそうじゃん?」って言ってたけど、なんとなくわかる気がした。
じゃあ、てしろんってねこじゃん? はは、そうかも。
とにかく、あの遊園地でわたしたちがたのしくなっていくのを、小野フランキスカはにこにこわらってみていたはずだ。
さいご、ミラーハウスから出てこなくなったときは気が気じゃなかったけれど、そのあと小野フランキスカに頭をなでてもらったてしろんがほんとうにしあわせそうだったから、わたしもうれしくなったんだ。
でもなぁ、と大槌美夜は思う。
ほんとうに小野フランキスカはねこをかわいがるようにしかてしろんのことをみてなくて、かわいそうだけど、これじゃあてしろんの恋は報われない。
それに、栖庫先輩も言ってたじゃないか。
いま小野フランキスカはだれかに(なにかに?)「恋」をしてるのだと。
ひととかかわるときにこういう距離のとりかたをする小野フランキスカが「恋」におちるとすれば、それはもうとんでもなく深く、重たく、強い思いのはずなんだ。
てしろんの思いがどれほど本気でも、小野フランキスカの「恋」がさめるまではどう足掻いたって太刀打ちできないたぐいの「恋」を、いま小野フランキスカはしてるってことになる。
そして栖庫先輩といえば、今日のデートでわかったことがある。
まえに栖庫先輩の話を聞いたとき、とんでもない自己犠牲を課すひとだなって思ったけれど、やっぱりそれはまちがいじゃなかった。
栖庫先輩はじぶんの思いを「恋」ではないと否定したけれど、小野フランキスカを思うその気持ちは、てしろんのそれとそう変わらないんじゃないかと思う。
わたしはふたりがこれまでにどんな時間を経てきたのかしらないから勝手なことは言えないが、小野フランキスカへの思いを「恋」と呼ぶか呼ばないか、それを小野フランキスカにぶつけるかぶつけないかの違いでしかないんじゃないか?
栖庫先輩は、小野フランキスカと「恋」で結ばれることをあきらめる代わりに、ほかのだれにもまねできない方法で小野フランキスカと結ばれようとしている。
それは、幼なじみとか親友とかよりも、もっと深く、重たく、強いなにかになろうということだ。
そんな存在を、わたしはなんて呼べばいいのかわからないし、わかろうとも思わない。だって、わたしの理解の範疇を超えているから。
小野フランキスカが「恋」するなにものか。
それに、栖庫先輩。
てしろん、あんたの恋は前途多難だよ。
どうしてそんなひとに恋しちゃったかなぁ、とも思うし、恋ってそういうもんだよな、とも思う。
でも、まぁ、てしろんの推し語りに付き合ってしまったときから、もう決めている。
てしろんが小野フランキスカをあきらめないかぎり、わたしはてしろんを応援するって。
ほんと、わたしってひとがいいよね。
小野フランキスカたちと別れて乗りこんだ帰りの電車のなかで、今日あったことをうれしそうにふり返るてしろんの話に相づちをうちながら、わたしはそんなふうなことを考えていたんだ。
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