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20250114の夢/People are People, Cats are Cats, So I…

郊外か下町にある工場で働いているぼくはつなぎを着ているが、それはユニフォームだからで、べつに作業労働にあたるためではない。

事務方として雇われたはずのぼくは、それにもかかわらず、なぜかときどき作業のてつだいをさせられて、なにもわからないから当然なにもできなくて、そのたびに「役立たず」と罵られ厄介者扱いされた。

ぼくがなにもできないってことを工員のみなはわかっているはずで、つまり彼らはぼくにつらく当たることでめいめいの溜飲を下げているのだ。

ぼくはぼくで(こんなところ、いつかぜったいやめてやるからな)と思うことでぎりぎり平衡をたもっていた。「いつか」とねがう願望は叶わないものだと相場が決まっているのに。


 ある日の終業間際、製造部の部長がわざわざ所属のちがうぼくのところへやってくる。
「今日からこいつの世話を頼む」と、ひとりの少年の背中を押してぼくのまえに突き出してくる。

製造部が連れてきたからには工員として雇ったんだろうけど、なんでそれをぼくに?って顔してたんだろう。製造部長が言うには、こいつはこの町に身寄りがないからおまえが生活の面倒もみろ、それなりの手当は出す、とのことだった。

どこで拾ってきたのかわからんような厄介者を厄介者のぼくに押しつけるなんてつくづく終わってんな、と思う。言わないけど。

背中を押されてヨロヨロと数歩まえに進み出た少年は、「こんにちは」も「よろしくおねがいします」も言わず、黙ってただ立っている。よれよれで細身のからだからは弱々しさよりもトゲトゲしさが感じられ、伸びっぱなしのくせっ毛で隠れた双眸はこちらに飛びかかる機会をうかがって爛々と光っているんじゃないか……という気がした。


ぼくは少年にとくべつ気をつかうなんてことはなく、必要最低限のカロリーで少年の「世話」をする。だから、ぼくがこの「仕事」を面倒に思っていたことはまるわかりだったはずだ。
少年は少年で、愛想をふりまくわけでもなく、ぼくの言うことにぶっきらぼうにしたがっているだけだった。

それでも、食事の準備や食器の片付けかた、洗濯や掃除のしかたなどをおしえているうちに情はわいて、少年がひとつひとつものをおぼえるたびにうれしくなり、いとしさが芽生える。
そのうち少年は仕事場にも慣れ、なにかとかまってくれる仲間もできたようで、ぼくはひと安心する。

そんな生活がしばらくつづいたあるとき、ぼくがこっそり書いていた小説が受賞したとの知らせがくる。

そのとき、どういうわけだか少年はよろこんでくれて、「お祝いしましょう、おれがなにかつくりますから」と言ってくれる。

次の休みの日の夜、ぼくたちは少年がつくってくれた甘口のカレーを食べ、これまた少年がつくったっていうイチゴのショートケーキ(?)を食べた。ぶかっこうで味のぼやけたケーキだったけど、これをつくってくれたんだっていう感情が味覚を補正する。


またしばらく経ってから出版社から連絡があり、いまの仕事を辞めて作家業一本でやっていかないか、という誘いを受ける。ついてはいま住んでいるところを引き払ってこちらの町に出てきてもらいたい、住む場所は見つけてあげるから、とのことだった。

前なら、この職場からおさらばできるって一も二もなく快諾しただろう申し出に、いまのぼくは躊躇してしまう。

出版社からの提案については触れずに、ぼくは少年に「おまえ、この先どうしたい?」と訊いてみる。

少年は、「生活にも慣れたし、仕事もできるようになって仲間もできたし、ここでずっと働きたい」って言うから、ぼくはしごとを辞めるってことを伝えない。
ほんとうは「いっしょにきてほしい」と言いたかったけど、言わない。
少年が付け足すようにぽつりと言った「アンタもいるし」ってことばは聞かなかったことにして。


旅立ちの準備はかんたんだった。ぼくは、じぶんのからだと「筆一本」あればいい。生活の道具は少年のためにほとんどそのまま置いていくことにした。

事務方のぼくは少年とは仕事場がちがうから、朝仕事に出かけたあとなら気づかれずに旅立つことができる。

じぶんの部署にさいごのあいさつをしにゆくと、年配の同僚の方たちはぼくの門出をよろこんでくれていて、「あたしらの新しい『あら』のために、あんたはここにゃ『あら』を付けて、あちらさんにいってもしっかりやっておくんなさいよ」とことほいでくれる。

「あら」というのはこのあたりの俚諺で意味がふたつあり、ひとつは「橋をかける」「新しい関係をつくる」というような意味でつかわれ、もうひとつは「あらを付ける」「あらを断つ」みたいにつかってお別れのあいさつとして言う。

年配の方たちは、もとはよそもののぼくにも意味が伝わるように、わざとちがう意味になる同じことばを並べてみせたのだった。

ナップサックひとつで足りるくらいの荷物を背負って出て行こうとしたとき、部署のリーダーが「あいつはどうするんだ?」と少年のことを訊いてくる。
とうぜんいっしょに行くもんだと思っていたらしく、ぼくが「なにも話してません」と伝えると唖然として、そのあと急に怒りだす。
「そんなことしていいんか?!」という怒声を無視してぼくは部屋を出る。

だってぼくは、ちゃんとここに「あら」を付けなくちゃいけないんだから。


工場の景色も見納めか、と思うとちょっと胸に迫るものがあるのは不思議だ。

歩いている途中、遠目に少年の姿をみる。同僚と話しながら歩いていて、なんだ、笑えてるじゃないか。よかったよかった。
ぼくはこの軽装だから、もし少年から見えてしまっても遠くへ行くとは思わないだろう。そう、ぼくはちょっとそこのコンビニへ買い物に行くのだ。そんな風情で歩きつづける。

事情を知る数少ない工員が、あくまで頑ななぼくと、なにも知らない少年とを見かねたのだろう、少年に向かって「おまえなにやっとるんじゃ!    いますぐ荷物まとめて出て行かんか!」と大声で喚く。

事情を知らない少年は、いきなり言われのない罵声を浴びせられたと思ったのか、怒鳴ってきた工員を睨みつける。

「おまえの世話しとった〇〇〇、出ていくんぞ!」と言われてもまだ話が呑み込めない少年は「なんスか」みたいな態度だったが、ふいにぽかんとした顔になり、慌ててまわりを見わたす。

遠く、工場のゲートのあたりを、少年のほうの騒ぎに見向きもせず出ていこうとするぼくを見つけて、なにかを悟ったのかもしれない。

背中に、「おれ!!  行かねーッスから!!」って少年の声が届く。
それでいいよって思ってるぼくは、振り向きもせず、立ち止まりもせず、歩きつづける。
少年は、ぼくが少年を捨てたっていう罪に苛まれないでいいように、そんなふうに言ってくれたのかもしれなかった。

ほんとうは振り向きたいし、立ち止まりたいし、引き返したいし、むりやりにでも少年を連れていきたいけど、ぼくは胸のなかでぼくに言い聞かせる。

だってぼくは、新しい「あら」のために行かなくちゃならないんだから。




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玻名城ふらん(hanashiro fran)
ちゅーる代