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デザイン史(概論)#14 トーネットと曲木椅子


はじめに(いつもの挨拶)

以前担当していた、大学での講義をまとめて不定期に少しずつ記事にしていっているつもりが、色々寄り道したりしながらぶらぶら書いていく記事になっています。本流としてはデザイン史、デザイン概論、ということで続けていきます。なるべく分かりやすいように、平素に、小分けに書いていくつもりです。よろしくお願いします。今担当している建築史の記事はいつになることやら・・・

前回の記事

こちらの記事は、下の記事の続きになってますが単独で読んでもいただけます。

今でも販売されている超有名椅子

 こちらの椅子、見たことがありますか?ちょっと画像がボケているんですけれども…

By Holger.Ellgaard - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3476071

 家具に興味のある方ならきっとどこかで見たことがあるはず!だと思います。これは、世界で初めて曲木(木を曲げて製造する)を発明した、ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet:1796-1871)がデザインした椅子です。No.14と呼ばれていてのちに、214というモデル名で引き継がれ、今でも絶賛、販売されています。日本だと、ヤマギワなどでも売られていますし、以前は無印良品もこのトーネット社とのコラボで製品が販売されていました。

ル・コルビュジェも愛用したとされる

 20世紀の巨匠とも言われるル・コルビュジェもトーネットの椅子を愛用していたのは有名ですね。愛用していたのは、現行モデルの no.209 という椅子ですが、こちら↓
画像をヤマギワさんの販売ページから引用しました。

 確かにビーダーマイヤーから出発したことを感じさせる曲線の名残を感じさせつつも、てっきり20世紀のデザインかと思うほど洗練されていますし、現代の住宅にも十分違和感なく馴染んでいくデザインで、非常に完成度が高いです。そして、とても軽く、扱いやすいのです。

曲木を発明したミヒャエル・トーネット

 ファンも多く、今ではかなりの有名家具メーカーであるトーネット社ですが、創始者ミヒャエルはドイツ西部のボッパルトという街で生まれました。位置を見てみると、ボンから東南70kmほどのところ。父親はなめし革職人でしたが、建具の見習いを経て彼は23歳の時(1819年)、家具工房を開きます。この頃は、ビーダーマイヤー様式の家具をデザインしていました。

ミヒャエル・トーネット unbekannt, okänt, unknown - "Möbeldesign", パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3435710による


 それから10年ほど後の30年代ごろから、彼は木を曲げたり薄板の積層からなる合板を用いたりと、試みを始めていきます。曲木(まげき)=ベントウッド(bent wood)と呼ばれています。

 曲木の技術というのは、切ったブナの棒を、100度以上の蒸気に当てて圧力をかけていき、手で曲げる、というもの。その際に、表面での亀裂を避けるため、薄い鋼のレールで固定していきます。要は、レールに押し当てながら曲げることでブナが裂けるのを防止しながら曲げていくということですね。曲がったらレールをつけたまま乾燥室で70度ほどにして20時間ほど乾燥させる、という工程。そして研磨、着色、仕上げとなるわけです。

実際の作業工程はトーネット社HPで動画で見られます。見ると分かりやすい!

 へえ〜。そうなんだ。と思われますよね。当たり前の技術のように感じます当時も木を曲げて家具を作る技術は存在していました。そうですよね。ビーダーマイヤー様式のあの曲線は、曲木ではないのか?と。それは、薄く削った安い木材を曲げて、それを何層も積層(ラミネート)させ、仕上げ材として高い木材を貼る、というものでした。結構手間がかかります。

 そのような在来工法に疑問を感じたミヒャエルは、まず先駆けて試したのは、合板を曲げる技術。それは、(にかわ:動物の皮・骨・腸などのゼラチンを煮詰めて作った接着剤)で煮た板を積層させて、金属の型にはめて曲げていく、というものでした。工程がかなり短縮されました。曲げ合板の技術。これが彼の最初の発明(イノベーション)であり、次の技術へとつながっていったのです。

 結果、最初に紹介した蒸気で木を曲げる、という技術に到達するのですが、これの何が凄かったかというと、厚い無垢材を直接曲げられる、というところだったわけです。これにより、さまざまなデザインの自由度が生まれました。

ロンドン万博にも出品

 前回の記事でも紹介したロンドン万博には、ミヒャエルの4番目にデザインされた椅子、Cafe Daum Cheir カフェ・ダム・チェアが出品されました。

 確かにこの時点ではまだまだビーダーマイヤー様式の香りが色濃い感じがしますね。しかしそれでもこの椅子は大変な人気となりました。

大人気になるトーネットの椅子

 実は、トーネットの椅子は工法やデザインだけではない工夫があったのです。それは、組み合わせ可能な部品に分けることができたというところです。これが何を意味するのか。IKEAなどでも徹底されていることですが、輸送コストが削減できるというところです。写真のように分解し梱包すれば、1m3に36脚の椅子が収納できたそうです。

引用元:ヤマギワオンラインショップ公式HPより https://x.gd/0bGh0

 工程の短縮による大量生産、パーツに分けることによる大量輸送に向いていたということですね。すでにこの時代から、このような生産方式、デザインであったことは革新的でした。

 ミヒャエルは五人の息子と共にウィーンで曲木家具の会社を設立し、多くの注文を受け徐々に会社は大きくなっていきました。
 ロンドン万博の11年後の1862年、初の海外支店となるロンドン支店も出店、工場も順調に設置を増やしていきます。
 また、曲木家具だけでなく、スチールパイプの家具も製作していきます。例えば、のちの20世紀に活躍する建築家であるマルセル・ブロイヤーの椅子なども製作していますね。

 ビーダーマイヤーの記事でも少し触れましたが、すでにこの時代に確かに20世紀に通じるデザインが生まれていました。それは形だけでなく、経済的な面(生産方式、輸送方式)においても現代の価値観の直接的な祖先の一つであると思います。


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