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デザイン史(概論)#11 ドイツ・ビーダーマイヤー様式と住宅文化


はじめに

以前担当していた、大学での講義をまとめて不定期に少しずつ記事にしていっているつもりが、色々寄り道したりしながらぶらぶら書いていく記事になっています。本流としてはデザイン史、デザイン概論、ということで続けていきます。なるべく分かりやすいように、平素に、小分けに書いていくつもりです。よろしくお願いします。今担当している建築史の記事はいつになることやら・・・

前回の記事

こちらの記事は、下の記事の続きになってますが単独で読んでもいただけます。


ビーダーマイヤー様式の始まり

 1814年ウィーン革命から1848年市民革命までの間の30数年の時代を、ビーダーマイヤー様式と呼び、特にドイツでの典型的な現象とされています。この時代ドイツは、王政復古でありウィーン体制下にありました。それは、前にも書いたイギリスからの家具見本帳と共に到来した、簡素で機能的な家具が発端でした。これらの見本帳が、ドイツ、オーストリア(北イタリア〜ハンガリーまでの範囲)、ベルギー、スイスに普及しました。

 そしてデザイン史の始まりとなる、規格化された「既製品」、簡素な形態(ザッハリッヒ)、機能性などの近代的な形と販売形式がドイツに出現したのはこのビーダーマイヤー様式においてでした。となると、ドイツのその後のモダンな形態の発祥の重要な源泉の一つ、ということになりますね。

この時代は、現代のように産業と人口増加のためにまだ自然が破壊されておらず、産業化の結果としての貧困・住宅難などがはっきりとしておらず、産業化される前の最後の平穏な時代として位置付けられています。

ビーダーマイヤー様式のイメージ

その時代をイメージをよく表しているとされる絵画作品がこちら。

刺繍する女性 1817年 ゲオルク・フリードリヒ・ケルスティンク P.D.


鏡の前で 1827年 ゲオルク・フリードリヒ・ケルスティンク P.D.


アトリエのカスパー・ダーヴィド・フリードリヒ 1819年 P.D.

みなさん、どんな印象を持ちますか?

 現代の日本の住宅に住む我々からすれば、部屋に施されたモールディングや家具の形は、装飾的に見えるかも知れませんが、これでも、装飾が抑えられた簡素な部屋、とみなされています。
 事実、部屋は片付いていてモノが少なく、それぞれが刺繍をしたり、髪を結ったり、絵を描いたりと質素で慎ましい市民の暮らし、という感じがしませんか?

 これを描いたのは、ビーダーマイヤー様式の画家とされる、ゲオルク・フリードリヒ・ケルスティンク(Georg Friedrich Kersting : 1785-1847) です。3枚目は、ロマン主義画家のフリードリヒですね。

 教科書的にこの様式を表現すれば、庶民的、平凡、簡素、慎ましやか・・・・そんないろいろの言葉となるわけですが・・・

ビーダーマイヤーの言葉の由来

 元々、この言葉は、『フリーゲンデ・ブレッター』という風刺雑誌に登場する人物の名前が由来となっています。その人物”ゴットリープ・ビーダーマイヤー先生”という小学校の教師が出てくるのですが、彼の名が、小市民的な愚直さの代名詞として1855年ごろから使われたとされています。すでにビーダーマイヤーの時代は終わってからのことなので、回顧的な用語として、のちに、風刺的な意味を失いインテリア、ファッション、美術、文学などの分野で、質素で賢明な市民 という雰囲気の様式を指す言葉となりました。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gottlieb_Biedermaier.jpg

ビーダーマイヤー先生はこんな感じ。愚直な小市民・・・なるほど。

ここで、松岡正剛先生の一節を引用させていただくと、こんなふうに説明してあります。

ドイツ近代史では「メッテルニヒの時代」とも「フランクフルト国民議会」の時代ともいえるのだが、ビーダーマイヤーが「愚直な奴」という意味であるように、ドイツの家庭が簡素・朴直・平凡のなかにあって、いたずらに虚飾に走ることを堪えていた時代だったので、そういう愚直な生活文化の時代感覚をあらわす用語となった。

 だからこんな時代文化は、神秘主義や宗教革命や疾風怒濤やロマン主義を突き抜け、カントにもヘーゲルにもベートーヴェンにも深く思索したドイツの精神文化からもってすれば、まったく本流に属さない。

 事実、長らく庶子扱いされてきた。その時代社会や生活文化は月並みで因習的で、ほとんど独創性に欠ける日々だと軽視されてきた。しかし、マックス・フォン・ベーンの本書をきっかけに、どうもそうとは言っていられない「近代文化の本質的な属性」がここにはあるのではないかと見られるようになった。近代とは、そして低俗な現代とは、すべからくビーダーマイヤーなのではないかと考えられるようになったのである。日本では前川道介が『愉しいビーダーマイヤー』(国書刊行会)を書いている。

松岡正剛の千夜千冊 マックス・フォン・ベーン『ビーダーマイヤー時代』より引用: https://1000ya.isis.ne.jp/0678.html


長らく軽視されてきた様式ではあったが、近代文化の本質が隠されている? というのが最近の流れ?なのかしら。

デザインという意味で、特に形の歴史で言えば、最初にも書いたように、ドイツでの「規格化」された製品が、近代的な販売方法で行われた最初の時代という点では、その後のユーゲントシュティルからバウハウスに至るまでのドイツの独特のモダンな形というものの萌芽が見られるのではないかなと思います。

どんなデザインか?

絵を見ているだけでは、実際どんなインテリアなの?どんな家具なの?というのが分かりにくいので、ちょっと見ていきましょう。

ベルリンのビーダーマイヤーのインテリアのツィンマービルト(室内絵画):取り付けられたカーペット、統一された窓、桟橋の鏡のドレープ、そして抑制された古典化スタイルの額入りの彫刻、1825年頃、レオポルド・ジールケ(1791–1861)Leopold Zielke P.D.

 上記の絵画に比べると、第一印象としては装飾的に見えます。しかし、家具を見てみると、二脚の椅子がありますが、意外にもシンプルな形態をしていますね。ミニチェストも装飾のないすっきりしたデザインになっています。唯一、フリンジのついた布がかけられているテーブルの脚が優雅な曲線になっていて、装飾的な形となっています。最初に紹介した『刺繍する女性』の絵画の中でも女性が座っている椅子と机はシンプルながらも優雅な曲線が取り入れられていますよね。


Side chair (one of a pair) Circle of Josef Danhauser メトロポリタン美術館よりP.D.
https://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/120024714?rpp=60&pg=8&ao=on&ft=%2A&when=A.D.+1800-1900&what=Furniture&pos=464

 典型的なビーダーマイヤーの椅子の一つ。非常に独特の形だと思いませんか?優雅ではあるけれど、繊細とは言えないというか、どこか生物的な雰囲気さえ醸し出していますし、装飾的な曲線は残しながらも、ディテールは抽象的で簡素なものになっています。

Austrian Biedermeier sofa, c. 1815–1825, mahogany, upholstery (not original), Montreal Museum of Fine Arts (Montreal, Canada)

 ドーン!こちらも典型的なソファです。なんとも重々しい。アームのところがすごく独特の形です。このソファは細かい浮き彫りのような装飾が入っていますが、こちらに紹介されているソファは、浮き彫り装飾がないものになっています。やはり、時代的にも新古典主義の時代でもあって、装飾はふわふわとしたものではなく、どちらかといえばどっしりしている印象ですよね。先に紹介したシェーカー派の簡素さと比べてみても、堂々とした印象です。持ち運びはしない前提ですね。模様替えは大変だろうな。
 なんというか、ドイツっぽい男っぽさというか、優雅な無骨さというか、線の太さみたいなものを感じます。

宮廷から生まれた近代性

 ビーダーマイヤー様式は、”質素で慎ましい市民的な様式”というふうに、理解されているのですが、実は、始まりは宮廷であったと言われています。
 華やかな宮廷にあって、貴族の私的な部屋の中で、飾りの少ない家具やインテリアから発していたというのです。このスタイルが宮廷周辺の官僚に引き継がれて市民階級へと広がったということです。そして市民階級は居心地のよい自室に引き篭ったのが、この時代とされています。

 そう知ると、なるほど同じ近代的な始まり、もしくは過剰な装飾からの脱却という意味で見てみても、シェーカー派のシンプルさとビーダーマイヤーのシンプルさは、両者、根本的に違うのが理解できるような気がします。
 シェーカー派はやはり宗教的な厳しい戒律から生まれ、アメリカの大地での共同生活の中で作り出されていったもの、つまり最低限のものから発している。そしてビーダーマイヤーは、宮廷の中で装飾を削ぎ落としていき私室で好まれていって、それが裕福な市民階級へと広がったもの、というふうに。そのプロセスと思想というものがよく表現されているなと思うのです。

 しかしそれはどちらも、この後20世紀に至るまで続いていくモダニズムの流れの中へと進んでいく一歩となっているのだなと思います。


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