お父っさん、おっ母さん
わたしにはお父っさん、おっ母さんがいない。
中学3年の時に一家離散したからだ。
それでも愚れずに育ったのは映画の力だった。
映画を通して友人に恵まれた。だから淋しくなかった。
大人になって映画監督の夢が挫折してからは競馬が私を支えてくれた。ここでも友達に恵まれた。
競馬は私から多くのものを奪った。特に財産だ。その代わりに命が与えられた。恋人も、そしてその後の天職と言える仕事と巡り合った。
もし映画と競馬がなければ私の首と胴体はくっついていなかったかもしれない。
最近、文治の「ラーメン屋」という噺をを観た。
子供のいない老夫婦は毎日夜の7時から深夜1時まで屋台のラーメン屋を出す。そこへ一人の男がやってくる。勧められるままラーメンを三杯食べたところで無銭飲食だから交番へ突き出してくれと懇願する。だが老夫婦は屋台を家まで曳くのを手伝ってもらう。
酒でもてなし、身の上話を聞く。
そして老夫婦は自分たちのことをお父っさん、おっ母さんと呼んでもらう。次第に男は老夫婦の情けに気が付き、真面目に働くことを誓う。そしてこれからは親子同然の付き合いをさせてもらうという人情噺。
世知辛い世の中にこんないい話はない。私は泣いた。
私にも、お父っさん、おっ母さんと呼んで孝行する人が欲しい。
世間さんはまんざら捨てたもんじゃない。一話の落語で多くを学んだ。