#3. サン・ジャック・ドゥ・コンポステルの道を歩く ~その3~
サンジャックの道をゆく
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2人のフランス人女性との出会い:ヴァレリーさんとソレンさん
ちょっと話が前後してしまうのですが、巡礼を始めた1日目。おそらく、教会を出発してしばらく歩いた頃だったと思うのですが、あるフランス人女性が話しかけてきました。
「ボンジュール。あなた日本から来たのでしょう?出発のミサの時、みかけたわ」
「こんにちは。そうなんです。現在はレンヌに住んでいます。」
「あら、ずいぶんフランス語うまいじゃないの!」
「ええ、7年住んでますので。。。」
そんな風に会話が始まりました。
サンジャックの道を歩いていると、本当に多くの出会いがあります。
すれ違うすべての人に
「Bonjour, bon chemin !(こんにちは。いい道を)」
ボンジュール、ボンシュマン!
と、あいさつします。
歩くスピードが同じだと、
どこから来たの?
今回はどこまで歩くつもり?
今日はどこまで歩くの?
あなたは、どんな仕事をしているの?(Qu’est-ce que tu fais dans la vie ?)
といった簡単な会話が始まります。
彼女の名前は、ヴァレリー。蜂蜜を作る仕事、養蜂家でした。
サンジャックの道を、友人であるソレンさんと一緒に歩いているんだそうです。
ソレンさんは、専門学校で家庭科(料理)の先生をしているということでした。
彼女たちは、今回、ルピュイから約170㎞ほどの位置にある、コンクまで歩きます。
コンクというのは、有名なロマネスク様式の修道院教会がある場所で、ルピュイの道の一番初めに訪れるメインスポットのような場所です。
サンジャックの巡礼は、このように、短い区間に分けて歩く方が多いです。
フランスのルピュイからスペインのサンチアゴデコンポステーラまで全部歩こうとすると、歩くスピードにもよりますが、2か月半から3か月かかります。
中には、会社をリタイアした後に、一気に3か月で歩く。
さらに、3か月かけて歩いて戻ってくる、という強者(つわもの)がいますが、それは例外。
中世では、皆そのように歩いていたのですが、現代と中世は違います。
2、3か月の休暇をとれる人は、なかなかいません。
ですから、皆さん、大抵は、1週間、あるいは、2週間とか、期間を決めて、区間を決めて、歩いています。
例えば、一週間の夏季休暇を利用してルピュイからコンクまで170㎞歩いたら、翌年の夏季休暇はコンクからモワサックの160㎞を一週間かけて歩く、といったような感じです。
休暇を利用しながら、すこしずつ、すごろくのコマを進めるように、スペインのサンチアゴデコンポステーラまで歩いていくのです。
ちなみに、わたしは、今ここで書いているルピュイ-モワサック間の巡礼をしたのが、2011年の8月。その続き、ピレネー山脈を超えて、スペインに入ったところまでを歩いたのは、その4年後、2015年の9月でした。
4年も空いてしまったのは、翌年の夏休みには、ガイドコースに入るための受験と引っ越しがあり、その翌年は、ガイド研修、さらにその翌年は、旅行業界1年目で、夏休みがないという状況でした。
こう考えると、私のサンジャックを歩くチャンスは、本当に、美術史学部の1年生が終わる際の夏休みしかなかったのだと、実感します。
もし、あの時に、声をかけてくれた女の子に出会わなければ、私は巡礼の道をあるいてないかもしれない。その結果、ガイドとして、今フランス、パリにいないかもしれない。
そう考えると、人生って、本当に不思議に感じます。
ほんの些細な、縁の積み重なりで、違う方向に進んでいく。
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話がそれましたが、巡礼は、一度に全部歩かなくてもよく、毎年歩かなければいけないものでもなく、スタート地点が決まっているわけでもありません。
歩きたいと思ったとき、歩きたいと思ったところから、歩きたいだけ、歩けばいいのです。
私は何となく、ルピュイのスタート地点から歩きたいな、と思ってそうしましが、別に、ルピュイから歩かなくてもいいのです。好きなところから、歩き始めればいい。
別に、区間を飛ばしても構わない。個々人の好きなように歩けばいいのです。
サンジャックの道の特徴:どのように歩くかは、個人の自由。歩きたいように歩こう。それが、あなたの歩く道。
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人生で一番おいしかったサンドイッチ
その後も、ヴァレリーさんとソレンさんと、会話しながら一緒に歩いていきました。
ちょうどお昼ご飯になったので、原っぱに座って一緒に食事をすることになりました。
左が、 養蜂家のヴァレリーさん。
右が、家庭科(料理)の先生、ソレンさんです。
ヴァレリーさんは、自然に関して、本当に様々なことを知っていました。
例えば、道端に生えてる草を「これはなになによ。これは、なになによ」と説明してくれました。とにかく、植物にすごく詳しいんです。
養蜂家ですから、ミツバチがどの花から蜜を取るかとか、そういう知識は職業的にも必要なのかもしれません。
僕とソレンさんが草原に座って、サンドイッチを作り、昼食の準備をしていると、ヴァレリーは周辺の地面を見渡して、いくつかの草を摘んできました。
「これはタイムだからサンドイッチの中に入れると美味しいわよ。あなたも摘んできて入れてみるといいわ」
言われた通り、野生しているタイムをちぎって、サンドイッチに入れて食べてみたら、そのおいしさにびっくり!
外側がカリッと焼け、中がもちっとしたフランスパンに、ちょうどいい具合に熟成したコンテチーズとハム。
さらに、フレッシュな摘みたてハーブを入れているのですから、おいしくないはずがない!
ほぼ、日の出とともに歩き始め、たっぷり運動した空腹時に食べる最高のランチです。
どんなに有名レストランで、高いお金を出しても、このサンドイッチと同じ美味しさを出すことはできないでしょう。
値段じゃ買うことができない、サンジャックの道を歩く巡礼者がたべることのできる至福のご馳走です。
この日以来、道の途上でサンドイッチを食べるときは、必ずタイムを摘んで中に入れるようになりました。
そこで気が付いたのは、歩いている道の、いたるところに、タイムがびっちりと生えていることでした。
今まで全く気にかけず、雑草だとしか思っていなかったもの。その中には、実は、さまざまな香草がまじっていたのです。
まったく別様の世界が見えた瞬間でした。
私は一体何をいままでみていたのだろう?
知識がなければ、何にも見えない。
知識があれば、見えなかったものが見えてくる。
より知識があれば、雑草のなかにも、もっといろいろな草花が見てくるのでしょう。
本当の知識、知恵というのは、見えている世界をガラッと変えてしまうほどの力がある、と深く感動したのを覚えています。
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一緒に昼食を食べて、 話をしているうちに、二人とどんどん意気投合していきました。
今日はどこに泊まるの?という話になって、特に決めていない、という話をしたら彼女たちは、この先数km先にある、モンボネに泊まるというので、私もそこに泊まることにしました。
私も体力の限界だったので、ちょうどよかった。
そして、運よく宿舎も空いていました。
宿泊先を予約していないと、こういう風に柔軟に行程を変えることができます。
予約を決めないメリットです。
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コンクまでずっと同じ場所に泊まることに!
2日目、モンボネの宿泊先を出発し、午前中をしばらく一緒に歩き、お昼ご飯を食べてる時だと思います。
あなた今後どういうとこに泊まるの、
とソレンさんは私に聞きました。
「実は、一切予約していません、どうしようかと困っていて、、、」
「じゃあ私たちとコンクまで一緒に行きましょうよ、よかったら、私たちの予約している宿舎に全部連絡してあげるわよ。」
彼女たちは2名で予約していたんですが、全部それを3名にかえてくれたんですね。
今だったら旅行業で、ホテルやレストランの予約っていうのもルーティーン仕事のうちのひとつで慣れていますけど、当時は電話で予約するっていうことに抵抗ありまして。。。
本当に助かりました。
ちなみに、彼女たちと個室をシェアするのではなく、彼女たちも男女ごちゃまぜの共同部屋で寝ますから、女性2人のなかに、見知らぬ男性1人が追加されても、特に変なことにはならないのです。
こうやって、文章を書きながら振り返ってみると、本当に私は、自分がないと言うか、人に流されっぱなしという感じがすごいします。。。
まあ、そういう人生なのかもしれません。
あるいは、この人、本当に頼りないから、助けてあげなきゃ、とソレンさんに思われたのかもしれません。
今でもそうですが、本当に周りの方々に助けられっぱなしで…皆さま、ありがとう!って誰に言っているか、って感じですが。
こんな風に、この二人とはすごい仲良くなって、彼女たちの目的地のコンクまでずっと同じ場所に泊まり続けることになりました。
もし私が二人とか三人の複数人のグループで歩いていたら、こういう風にはならなかったかもしれません。
しかし、一人で歩ってると、どんどん、いろんな人が話しかけてくるんですね、本当にいろんな人と出会います。
そして、出会った人と話をし、仲良くなり、ともに道を歩くようになる。
これが、サンジャックの道の魅力の一つです。
私の場合は、たまたまでしょ、と思ったら大間違い!
3,4人で歩いている仲良しグループと話していたら、なんと皆、サンジャックの道の途上で知り合って、それから一緒に歩いて仲良くなった人達だった、なんてことが本当によくあります。
僕が経験し、今このように紹介している物語は、実はサンジャックの道では、いたるところで起こっていることだとおもうのです。
そんな経験からいうと、サンジャックの道では、やっぱり言葉ができたほうが面白い。
もちろん、フランス語ができれば最高。
でも、英語でも、OK。
流暢に話す必要はありません。片言でも全然OK。
巡礼している人達は、自分と全く違う人の話を聞きたいと思っています。
言葉も、文化も、世代も異なる、いろんな人とコミュニケーション取るのは本当に刺激的で面白いです。
フランス語を学習している方には、本当におすすめの余暇の過ごし方だと思います。
サンジャックの道の特徴:道の途上は、出会いにあふれている。あなたが、孤独であればあるほど、人と出会う機会は増えるでしょう。
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2日目は、先述したように、モンボネからモニストロル・ダリエ(Monistrol d’Allier) の 13.5kmを歩く行程でした。
昼過ぎに着いたモニストロル・ダリエ(Monistrol d’Allier)という村は、とっても素敵なところです。
エッフェル塔を作ったギュスターヴ・エッフェル設計による、 エッフェル橋なるものが、アリエ川にかかっています。
この橋をわたったすぐのところに宿舎がありました。
宿舎で一休みしていると、そこの窓から川がみえ、その川で泳いでいる子供たちが見えました。
そう!アリエ川では、泳ぐことができるんです。
私は東京出身で、川で泳いだことなんてありませんでした。
家の近くに、井の頭公園があって、それは神田川の源泉になっているはずですけども、残念ながら、泳げるようなところではありません。
この日は、あまり歩いていませんし、体力もまだあったので、水着に着替えて、泳ぎに行きました。
水がとても冷たく、本当に気持ちよかった。
川で泳ぐのって、最高ですね。
この体験も、私のサンジャックの思い出の中に強烈に残っています。
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3日目:ヴァレリーさんに、悩みを聞いてもらう
モニストロル・ダリエからシャゾーのトレーラーハウスまで 25.8kmを歩く
この日も、ヴァレリーさんとソレンさんと歩きます。
歩きながら、色々な話をするのですが、何でこの道を歩こうと思ったのっていう話になりました。
Qu'est-ce qui t'amène au chemin ?
何が、あなたをこの道に連れて来たの?
これが直訳なんですけど、ここに来るに至ったきっかけを聞いているわけです。
「もの」が主語になっているところがフランス語の面白いところです。
あなたが自分の意志で来たのではなく、何かに導かれてきたのを前提としているような言い方なんですよね。
一番初めにこの質問に答えたのは、ユースホステル出会った若い先生でした。
その次にこの質問に答えたのは、ヴァレリーさんでした。
フランスの田舎が好きだからとか、歩くのが好きだからって、別に適当なこと言ってもよかったのですが、私は、ちょっとした悩みをかかえて、この道を歩いていましたので、気の許せる人には、自分の気持ちをちゃんと言いたいなとおもっていました。
ユースホステル出会った若い先生にも、ヴァレリーにも、ある程度真剣に、
自分の生きてきた生い立ちだとか、
哲学の論文がかけなかったこととか、
ガイドを目指して、方向変えて美術史を勉強し始めたとか、
それでも3年っていう期間がかかるからどうしようか迷ってるだとか、
そんな悩みを話しました。
この巡礼の旅のブログ「その1」でしたような話をかいつまんで。
私のつたないフランス語を、うんうんとうなづきながら、ヴァレリーさんは一通り聞いた後、ガイド資格が自分に向いてるかどうかわからないと不安に思っている私に対して、こう聞きました。
「あなたは美術史や歴史を勉強するの好き?」
「とても好きです」
「自分の学んだことを人に話すのが好き?」
「大好きです」
「じゃあ、何も問題ないじゃない?」
「しかし、私はもう30歳を迎えようとしている。
定職もない。
自分には時間がなく、とても焦っている。
ガイド資格を取るために、3年もかけていいのだろうか?」
「私が、養蜂家に転職したのは、40代近かったわよ。あなた、いくつ?」
「29歳。もう一年で30歳になってしまう。」
ヴァレリーはほほえみながら、首をよこにふり、
「じゅんじ、あなたには、時間がたっぷりあるわ。全く心配ない。」
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このような問答をしたのはヴァレリーさんだけはありませんでした。
フィーリングってありますよね。
サンジャックの道をあるっていると、不思議とこの人には、何か話したいって思うような人に出会います。
そういう人には、こういったプライベートな話も打ち明けてしまうものです。
とても体が大きく、歩くのがすごい早いおじさんがいました。
3ヶ月かけて、スペインの端、サンジャックドゥコンポステルまで行くと言っていました。
彼は数日前に会社を定年退職して、ずっと歩きたかったこの道にやってきたのだそうです。
彼とは一度も同じ宿になっていないのですが、道を歩いてると、なぜかその人に会い、歩きながら話すようになりました。
巡礼している期間、ほぼ毎日会いました。
その人にも同じような悩みを打ち明けたところ、
「人生に遅すぎるということは何もない。たとえ君が50歳だったとしても、ガイドを目指すべきだ」
と言いました。
サンジャックの道を歩いてる人は、みんな励ましてくれるんです。
はっきり言って、僕の青春の悩みなんて、くだらない悩みなんですけども、
そんな悩みでも、馬鹿にする人なんて一人もいなくて、みんな優しい声をかけてくれました。
歩いている人は、みんないろんな辛い経験をしたり、 苦労した経験をした人がいっぱいいるから、何かをやろうとして迷ってる人がいたら、皆優しく背中を押してくれます。
「大丈夫だよ」って言ってくれました。
中には自分の人生で、やりたいことをチャレンジせずに、 後悔したっていう人もいたかもしれません。
そんな人はなおさら優しく僕を励ましてくれたように思います。
サンジャックの道の特徴: 巡礼を共にする友人は、励まし、背中をそっと押してくれる
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3日目も歩き切り、もうすぐ宿舎だというのに、一向に村が見えてきません。
実は、ソレンさんが予約していたのは、宿舎ではなく、トレーラーハウスだったのです!
そのすぐ隣が、持ち主さんの家になっており、その家で、シャワーを浴びたり、夕食、翌日の朝食をとったりすることができます。
トレーラーハウスに寝る経験も、なかなか面白いものでした。
さて、朝6時頃になると、「ブー」と音がなりました。
最初、私の携帯のバイブがなっているのかと思いましたが、着信も、メッセージもないので、私の携帯ではなさそうです。
それでも、またしばらくすると、「ブー」となるのです。
トレーラーハウスの別の部屋には、ヴァレリーさんとソレンさんが出発の身支度を始めていました。そこで、また「ブー」となります。
誰かの携帯が鳴っていますよ、と私はいいました。
私たちの携帯じゃないわ。
じゅんじの携帯だと思っていたけど。
いや、僕の携帯でもないんだ。さっきからひっきりなしに聞こえるけど、一体なんだろう?
「ブー」
もしかして、外から聞こえる?
ソレンさんが、カーテンを明けてみると、そこには、牛が!
なんと、牛の鳴き声が、携帯の着信バイブ音に聞こえていたのです!
我々はなんて、文明に毒されているのだろうか!
三人で大笑いして、ヴァレリーさんは、さっそくその牛を写真でパチリ。
そんな写真を撮っているヴァレリーさんを、私がパチリ。
愉快な珍道中はつづきます。
つづく