10年前の自分に伝えたいこと
フランスに移住して2年目の秋。
初めてのパリ・オペラ座バレエ学校の受験に向けて準備をしていた。
倍率約70倍の狭き門。
最難関の受験に万全の体制で臨むためには最高の指導者が必要だった。
ムーラン・ルージュで有名なピガール広場から徒歩5分のところにAcadémie Chaptalというバレエ教室があった。
当時はウェブサイトも電話番号もない、まさに知る人ぞ知るバレエ教室。
この教室を経営していたのはパリ・オペラ座バレエ学校への合格者を数多く出しているA先生。
クリスマス講習会そしてオープンクラスに参加した後、個人レッスンを頼み込んだ。
+++
「グループレッスンに馴染んでいないのに個人レッスンはできません」
「個人レッスンお願いできますか?」と聞いて僅か2秒で帰ってきた回答。
馴染んでいない?やれない?どういうこと?なんで?
レッスンを休んだことはほとんどなかったし、レッスン中にできない技もない、レッスンも全力で集中して受けていた・・・
なのにどうして?頭の中はハテナでいっぱいだった。
しかしよく考えてみると先生は「レッスンについていけていない」とは言ってない。「馴染んでない」と言った。これはどういう意味なのか?
そこで私はあることに気づいた。
私、先生に直接注意されたことない・・・
20人ぐらいの生徒がいる教室で、私はいつも誰かが注意されているのを聞いているだけだった。
どちらかというと自分に自信がなくて引っ込み思案だった私はレッスン中に自分から前に出るということが苦手だった。
そんな生徒が先生の印象に残るわけもなく・・・
ただレッスンに馴染めていない生徒として認識されていただけだった。
ショックだった。
前に出なくても気づいてくれると思っていた。
誰かが気にかけて「前行きな」って声をかけてくれると思っていた。
でもそれが通用したのは自分が子供だった頃だけ。
これからは自分から前に出ていかなければ、その場にいない同然なんだ。
その場にいない同然であれば先生の目に触れることもないし、注意されることもない。これが本当のバレエの世界なんだと初めて実感した。
A先生の個人レッスンを受けるために、私はとにかく目立つしかなかった。
バレエのテクニックよりも前に出て踊る勇気が必要だった。
それはバレエの技術を磨くことよりもずっとずっと難しいことだった。
まず最初の一歩を踏み出すのに時間がかかった。
行け!行け!と心の中で喝を入れているのに体が動かない。
やっと決心して片足を出したのに結局他の子に抜かされてしまう。
そんな日々が続いた。
やっと自分から前に出て踊れるようになったのは3ヶ月後のことだった。
自分から前に出ることができるようになってたくさんの変化があった。
毎日レッスンに行くことが楽しくなった。
初めて教室でバレエの友達ができた。
「バレエ上手だね」って褒めてもらえるようになった。
自分の存在が周りに認知されるようになり、一緒に頑張る仲間も増えた。
先生に認めてもらうんだ!という気持ちはいつのまにか純粋に踊るのが楽しい!という気持ちに変わっていた。
楽しい!という気持ちは周りに伝染していき、レッスンスタジオが笑顔で溢れるようになった。
ほとんど話すことがなかった先生とも笑顔でコミュニケーションが取れるようになった。
+++
「個人レッスンやりましょう」
半年後、A先生から言われた一言。
私はA先生の個人レッスンを無事受けることができた。
自分で自分を認めること、自分から出ていかないと誰も気づいてくれないということ、努力は必ず報われるということ・・・
この体験を通して学んだことは数知れない。