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2024年、フランス語とわたし

こんにちは!

この記事では、少し早いのですが「フランス語」に関して、わたし自身の今年の振り返りをしようと思います。

とは言っても、今年もまだ3週間ほど残っているので、振り返るには少し早すぎる気がしなくもないのですが…。
思い立ってしまったので、仕方ないです。
物事は「全て前のめりに」という精神で生きておりますので、あまり気にせずやっていきます。

やってきたこと

わたし自身、去年(2023年)は怒涛のチャレンジの年でした。

やれるだけの挑戦をやってやろうと思い、全方向に、かつそれぞれを全力で取り組み駆け抜けたのですが、それが打って変わって2024年。

わたしは、今年はフランス語に集中する、と1月に決めました。

すでに申し込んでいたTOEICを1月に終えると、英会話オンラインレッスンNative Campも休会し、大好きな中国語も片隅に置き、語学はフランス語1本に絞ることにしました。

また、アウトドア方面では頻繁に山登りに行っていたのですが、こちらも余暇の大部分の時間を持っていかれそうだったので、頻度を落とすことに。

買ったばかりのでっかいバイクも、結局それに乗って旅に出る機会はありませんでした。

つまり、あらゆる自分のリソースをフランス語に捧ぐことを決めました。

そして、ひたすらDALF C1をベンチマークにして、フランス語力を高めることにしました。

1月〜6月

この半年間、季節によって違うのですが、遅くても毎朝5時半には勉強を開始していました。
真夏は朝の4時ごろには始めている時もあったと思います。
早寝早起きのため、この時期に寝室のカーテンを捨てました。

何をしていたとしても、わたしにとって起きている時間、その全てがフランス語の勉強時間でした。
寝る直前まで、いや、夢の中でもずっとフランス語のことを考えていました。

わたしは器用に全てをやりこなすタイプではないですし、地頭も良くなく、どちらかというと「脳みそまで筋肉でできている」タイプですので、この期間に一番大切にしていたことは、「合格するんだという執念」です。
(ちなみにこの期間も筋トレはゴリゴリにしていました。)

ありていに言って、「気持ち」です。

社会人になって働きながらDALF合格を目指すなんて、できない理由を探せば無限に出てきます。でも、もう決断するしかないのです。
少しでもやれる理由を拾い上げ、徹底的に磨きあげる。

その執念、もはや執着は、日々の日常生活の中でもあらゆる面で現れます。
朝起きたくない日も、集中力が続かない日ももちろんありましたが、不屈の精神で突破する道しか残していません。
この精神をもし毎日持ち続けれることができれば、最終的に合格につながると思っています。

そんな感じで、ストイックさに定評のあるわたしの人生ですが、その中でもこの期間はとりわけ頑張っていたな、という感じでした。
(まぁなんだかんだ楽しんでいたんですよね)

7月

7月18日、結果の閲覧ができるという旨のメールが届きました。完全に手が震えながら見ましたが、結果しっかりと合格していました。

本当に報われてよかった。

あざす。と心の中で呟きました。

8月

DALF合格に向けて旅を封印していたので、8月は思いっきり旅を楽しみました。

モンゴルとパプアニューギニアに一人旅に行きました。

モンゴルでは、現地の遊牧民から馬を借りて一緒に大草原を駆け抜けたり、老夫婦と一つ屋根の下(厳密には一つ「ゲル」の下です)で過ごし、ひたすら畜産関係の仕事のお手伝いをしたりしました。

数百メートル先の牛を指差して「あれを連れて帰ってこい」とお願いされたり、羊の解体をするから足を持っておけと言われたり(素手です)、パシられっぱなしのいい経験でした。

1週間ほど滞在しましたが、一度もシャワーを浴びれる機会はなく、またトイレもなかったので、帰国するごろにはお尻がかぶれていました。笑

遊牧民の馬と大草原

また、パプアニューギニアでは、少数民族の村を訪れました。

この国ではいろんな少数民族がそれぞれのコミュニティを形成して暮らしているので、一人で旅行する者は殺される可能性がある、というとんでもないことを現地民から言われたので、現地のガイドを手配しました。

飛行機でさらに田舎へと飛び、山をひたすら登り、その村で出会った少数民族との出会いと交流は、わたしの人生の中でも貴重な思い出です。

停電しまくりの空港で、2回便を逃し、3回目の挑戦でやっと飛行機に乗れました。この時、人生で初めて手書きの飛行機搭乗券をもらいました。

少数民族マッドマン

9月

この時点で、2024年の後半の目標はC2にしようか、フランス語コンクールにしようか決めかねていました。

しかし、この段階でDALFへのモチベーションはかなり低下していましたので、コンクールで優勝を目指すことにしました。パプアニューギニアの経験を盛り込んだ原稿を書き上げ、どうにか期限内に提出することができました。

また、この時期からフランス語に関する発信を始めようかなと思い始めました。今までインプット中心だったのですが、誰かの役に立ちたいという感情が生まれていたのです。

普段はSNSを使わないので、訳も分からないまま、Xで自分が知りたかったことをつぶやき始めました。

また、公式LINEを開設してフランス語学習者から無料相談を募集し、彼らの悩みに答えたり、書いたものを添削したり、試験対策に向けたアドバイスをするようになりました。
ここでは金銭は発生していないのですが、かなりみなさんの悩むポイントに徹底的に向き合うという経験ができました。

10月

この頃には、9月に発信活動を頑張る中で、実際に個別で教えてほしいという声をもらうようになりました。

ですので、10月からは実際に生徒さんを数名限定で募集して教え始めることにしました。

これはサラッと書きましたが、自分にとってはとんでもない挑戦で、この時期は毎日膝が震えていました。

しかし、この機会を通して本当に良い出会いに恵まれ、今も満足のいく授業ができています。

趣味としてのフランス語ではなく、ここまで鼻息荒くガッツリとフランス語に向き合う社会人も自分以外にいるんだなと初めて知りました。かなり嬉しかったです。

11月

11月では、実際に始めたレッスンをより本格的なものにするべく体系だったコースを作って募集しました。
これも、ビクビクしながら全てが手探りでした。

これからはどう考えても自分のリソースが足りなくなることは予想できていたので、金額面でハードルを設定し、できるだけ覚悟のできている生徒さんを少数精鋭で集めるようにしました。
(申し訳ないですが、この時は学生さんはおそらく手を出せない金額でした)

今では全コースに関して一通り受講生がいる状態なのですが、改めて考えるとこれだけのハードルを設定してよかったです。
徹底的に一人一人と向き合うことができ、全員の人生を変えるお手伝いをできている自信があります。

あとは、フランス語コンクールもありました。

ここで普段Xを見てくれている人と交流したりができました。また、せっかく東京に来たので、Xでお悩み相談を持つ方を募集したりして、学習者の方と対面で交流することができました。

恥なんか恐れてないでダメもとで全部やってみるって面白いな、と思いました。

12月

12月は、グループレッスンをすることに人生で初めて挑戦しました。

そもそもグループレッスンを受講したことがないのでどんなものかよく分からなかったのですが、自分自身も興味のあるものは積極的に参加しながら、感覚を掴んでいきました。

これにより一通りのプロセスをやってみて、もう一度だけは今年中もやってみようと思いました。

ただ、これには思った以上の労力がかかるということもわかったので、もう来年はしないかもしれないかも、と思っているところです。


以上が、わたしの2024年のフランス語とのあれやこれやです。

今年は決断と行動で、フランス語を使ってどうにか自分の人生を切り拓きました。

そんなわたしの挑戦を応援してやるという方、ラスト1枠余っているので、こちらでお待ちしております。笑

この調子で、2025年も爆速で成長し続けたいと思っています!


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