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行動ファイナンス理論から導かれる個人投資家が取るべき投資アプローチ(福井強のマクロ経済分析レポート vol.9)

 伝統的なファイナンス(投資)理論は、投資家がどのように行動すべきかに焦点を当てており、いわゆる「合理的に振る舞う経済人」と「効率的市場」という概念に基づいていました。これに対して、行動ファイナンス理論は、投資家が実際にどのように行動しているのかに焦点を当てて、人々が特定のバイアスによって最適ではない(「非合理的で、損な」)意思決定を行ってしまうという「正常で、やってしまいがちな」行動の概念に基づいています。行動ファイナンス理論は「人間は常に合理的に行動するとは限らない」という前提に立って経済のあらゆる現象や金融市場の動きを考え、経済学に心理学を応用した画期的な理論と言えます。21世紀に入って、行動ファイナンス理論は個人が投資で成功するための有益なアプローチとして、経済学の世界でも広範な支持を受けてきており、行動ファイナンス理論の基礎である「プロスペクト理論 (注1)」を展開したプリンストン大学のダニエル・カーネマン博士が2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。

 今回は、この行動ファイナンス理論から導かれる個人投資家が取るべき投資アプローチについて考えてみたいと思います。

 まず行動ファイナンス理論では、「認知エラー」と「感情バイアス」という人間が陥りやすい2つの心理的傾向が原因で、大多数の投資家が投資に失敗すると考えます。

 「認知エラー」として分類される投資家が陥りやすい傾向の背後には、「信念の固執」と「情報処理バイアス」があると考えられています。

 「信念の固執」とは古い信念に固執し、新たに潜在的に不確実な投資情報が提示されたときに勝率を更新しようとしない傾向を意味します。具体例として、以下のような非合理な判断に導くバイアスが投資家の心理にあることが数多くの心理学実験により判明しています:

① 保守性バイアス:投資家がある見解や予想に固執し、新しい情報を考慮しない傾向。

② 確証バイアス:投資家がすでに持っている見解を肯定する情報ばかり探したり、それに固執したりする(そして、それに反する証拠を無視する)傾向。

③ 代表性バイアス:投資家が情報やデータを評価する際に特定の特徴やパターンがほかの要因よりも強調される傾向。(例:投資家が一度「成長株」に分類した株に投資をしたのちに新たな情報が加わり、一般的にはもはや成長株と判断されない状況になっても、成長株の分類を継続してしまう。ステレオタイプな見方に基づく判断をしてしまう)

④ コントロール・バイアス:投資家が結果(すなわち市場を動かす能力)をコントロールできると思い込むときに起こる現象。このバイアスは、自信過剰や知識の錯覚など、感情的なバイアスに伴って生じることが多い。

⑤ 後知恵バイアス:あとになってから過去の出来事が必然的で予測可能であったとみなす傾向。(例:様々な出来事をどれだけ予測できたかを過大評価したり、ファンドマネージャーや株式のパフォーマンスを後知恵に基づいて不当に評価したりする)

投資家が「認知エラー」に陥る2つ目の要因は、伝統的なファイナンス理論が仮定する合理的な意思決定から逸脱した意思決定を引き起こす「情報処理バイアス」が投資家にあるからです。具体例として、以下のようなバイアスがあることがわかっています:

① アンカリング効果と調整バイアス:投資家がある情報に固執したり、盲信したりして、見方を微調整するだけにとどまり、追加的に受け取る情報を客観的に処理することができない傾向。(例:データがもはや投資判断に適切ではないことを示唆する証拠があっても、既存の価格目標や予測に基づく投資判断に固執する)

② メンタル・アカウンティング(心の会計):投資家がポートフォリオ全体を見ないで、部分的にポートフォリオを分離して考えたり、別口座として想定したりするときに起こる。(例:普通預金口座とクレジットカードの負債残高を並行して保有することやボーナス、給与などを別の口座で投資したり、別々に管理したりする。)

③ フレーミング効果:投資の選択や意思決定が、その選択の枠組みや提示の仕方によって影響を受ける傾向。(例:昨日の終値と比べて今日の方が安いからという理由だけで株式の購入を検討する。)

④ 利用可能性バイアス:すぐに入手できる情報や目につきやすい情報に重きを置きすぎて、深く掘り下げて適切な調査を行わない傾向。

以上のようなさまざまな「認知エラー」から個人投資家が自分を守るために、以下のように行動することが必要です:

① 新しい情報を注意深く見て、適切に分析する。

② 自分の見解や意見と矛盾するような情報にも気を配る。

③ 取引の記録を残し、常に振り返って反省・復習する。

④ 自分の予想とその根拠を記録して、定期的にその妥当性をチェックする。

⑤ 最初に受け取った情報を盲信して、それに固執することを避ける。

⑥ ポートフォリオを全体としてとらえ、仕掛けた戦略の相関関係を分析する。

⑦ 個別の戦略やポジションの損益よりも、ポートフォリオ全体のリスク・リターンを重視する。

⑧ 手に入りやすいものに安易に乗らない。代替となる見方を探す。

次に行動ファイナンス理論が主張する投資家が陥りやすい傾向の2つ目の要因とされる「感情バイアス」は、投資家の一時的な感情の状態に起因する不合理な思考を指します。具体例として、以下のようなバイアスが投資家の心理にあることがわかっています:

① 損失回避バイアス:正当化される以上にハイリスクなポジションを保有したり、含み損になっている投資を長く保有しすぎたりする傾向。 近視眼的な損失回避は、長期的な利益に対して短期的な利益を重視することに起因する。この結果、含み益のあるポジションに時期尚早の利食いを入れてしまう。さらに、利食いが早すぎたことを悔いて、再度ポジションを持ったりして、結果的に過剰な取引をしてしまう。

②過信バイアス:優れた知識、能力、情報へのアクセスを自分が持っていると錯覚している多くの投資家に見られる傾向。(例:リスクの過小評価、過剰な取引、リスク分散が不十分なポートフォリオの保有など)。

③ 自制バイアス:自分の意志の強さや自制心を過大評価し、「自分は誘惑に負けない人間だ」と錯覚し、適切な規律を持たない投資家に見られる傾向(一般的には、欲望の充足を先に延ばすことができない人間の弱さに起因する)

④ 現状維持バイアス:最適な投資判断を下すための十分な努力を怠り、むしろ何もしないことを選ぶ投資家に見られる傾向。その結果、現状維持を選好する。

⑤ 賦与効果:ある特定の投資そのものに愛着の感情や価値を見出したり、文字通りポジションと「結婚」したりする投資家に起こる。その資産を所有していない時よりも、所有している時に、その資産をより高く評価する傾向。所有している資産に自分が思っているほど実は価値がないことに気づかない。

⑥ 後悔回避バイアス:投資家が失敗したときの後悔を恐れて行動しない場合に見られる傾向。失敗に終わった投資を必要以上に後悔することは、将来の投資に非合理的な影響を与えることになる。(例:過度に慎重に投資する。自分が慣れ親しんだものにしか投資しない。コンセンサスに従って投資行動をする)。

以上のような「感情バイアス」から個人投資家が自分を守るために、以下のように行動することが必要です:

① 損失回避の罠に陥ることを極力避ける。

② 自分の考えに根拠がある場合にのみ、それを信じる。しかし過信は避ける。

③ 1に規律、2に規律、3に規律! 自分を偽らず、自制心を働かせる。

④ 現状維持を避ける。リスクを取ってお金を稼ぐために投資をしていることを忘れない。

⑤ 「ポジションと結婚」しないこと。

⑥ 失敗を後悔することは精神的に辛いことだが、行動する前に失敗を恐れていては何も始まらない。反省したのちに、過去の失敗は忘れ去ろう!

まとめ

これまでに説明した投資家心理の非合理的な傾向により、金融マーケットは完全に効率的なものではありません(注2)。 重大なミスプライシング(適正価格との乖離)は起こりうるし、それは現実に起こっています。とはいえ、そのような金融マーケットの動きを予測することは依然として困難を極めます。そのため、個人投資家は魅力的な投資状況の到来を忍耐強く待つ必要があります。そして最も魅力的な投資機会は、投資家心理の非合理的な傾向により、市場の予想が極端に偏って大幅なミスプライスが存在し、ほかの投資家との競争が限られているような状況の下で出現することをよく覚えておいてください(注3)

(注1)プロスペクト理論とは、人間は与えられた情報から、客観的な期待値に応じて投資判断を行っているのではなく、状況や条件によって、その期待値を主観的に歪めて判断してしまうという学説。(例として、次の2つの投資を考えてみよう:①50%の確率で1000円損して、50%の確率で800円儲かる。②どんな場合でも100円損する。→①と②は同じ期待値(100円の損)にもかかわらず、大多数が①を選択したという実験結果が判明している。次に別の2つの投資を考えよう:①50%の確率で1000円儲かり、50%の確率で2000円儲かる。②確実に1500円儲かる。→この場合、①と②は同じ期待値(1500円の利益)にもかかわらず、大多数が②を選択したという実験結果が判明している。つまり各選択肢の期待値が同じであるにも関わらず、大多数の被験者は損失をできるだけ回避する可能性がある選択をしたり、少ない利益でもよいから確実に儲かる方を選択したりする「非合理な」傾向があるのです。)

(注2)個人と集団の相場心理については、著者が翻訳した『ザ・トレーディングアレキサンダー・エルダー著)・FPO発行)』の第1章「個人の心理」、第2章「集団の心理」で詳しく解説しています。

(注3) 例えばリーマン・ショックによる株価大暴落後の2009年3月やコロナ・ショック後の2020年3月などの株式相場の大底などが魅力的な投資のチャンスでした。

執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。世界銀行では投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。

※本レポートの内容の完全性、正確性、有用性等に関して一切保証するものではありません。投資によって発生する損益は、すべて投資家の皆様に帰属します。投資に関する最終決定は、ご自身の責任においてご判断ください。当該情報に基づいて被ったいかなる損害についても、情報提供者及び当社は一切の責任を負うことはありませんので、ご了承ください。

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