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次に訪れる世界的景気後退と株式市場大暴落に備えて(福井強のマクロ経済分析レポート vol.12)
2025年が幕開けて、1月もあと余すところ数日になりました。この間、最大のイベントは米国でトランプ第2次政権が発足したことに尽きると思います。これからトランプ大統領が実施する内政・経済・外交面における広範な政策変更が世界経済に重大なインパクトを与えることは疑いありません。
その結果、最悪のケースとして世界経済にネガティブなインパクトが加えられ、世界的な景気後退が訪れ、株式市場が大暴落するリスクに備える必要があります。もちろん、そのような懸念が杞憂に終われば良いのですが、ダウンサイド・リスクをあらかじめ認識し、リスク・シナリオが現実化した場合の心の準備が投資家には必要になります。
投資に関するダウンサイド・リスクを取りたくないのであれば、全資産を銀行預金に移管すべきでしょう。しかし銀行預金だけでは低金利に甘んじなければならず、さらには将来のインフレによる実質購買力が大きく毀損される危険があります。そもそも投資家の目的は、生涯という長期間にわたる充分な消費・購買力を維持することであり、そのためのリターンを生むだけの投資を行う必要があるということです。ここで投資に関して留意すべき最も重要な言葉は、「ノー・リスク、ノー・リターン」です。つまり、ある程度の許容可能な投資リスクを取っていかなければ、目標とする投資リターンは得られないという厳然たる事実があります。(注1)
そのために投資リスクを取っていく上で、ほぼ10年周期で発生する下落率50%を超える株式市場の大暴落があることを大前提にして投資していく覚悟が必要になります。ここでは、いわゆるバイ・アンド・ホールド(長期保有)戦略を採用する場合について考えてみたいと思います。
この場合、まず株式投資の第一のリスク・ヘッジ手段は分散投資をすることです。これは株式というアセットクラス内における分散投資と株式以外のアセットクラスにも資産を分散化する分散投資、さらには株式買い入れのタイミングを分散させる時間面での分散投資(いわゆるドルコスト平均法)や通貨分散を伴う国際分散投資などが考えられます。
株式というアセットクラス内の分散投資を考えると、分散の度合いが低いアクティブ投資であっても、最低でも相関の低い5〜7銘柄くらいを保有することが必要となるでしょう。また株式のパッシブ投資をするのであれば、いわゆるインデックスファンド(E T F)に投資するので、さらにその分散効果は増します。とはいえ、株式だけに100%投資資金を振り向けることは株式市場全体のマーケットリスクを抱えることになるため、通常、株式と負の相関を持つ債券や相関ゼロの預金、さらにはゴールドなどのコモディティー、仮想通貨、不動産にまでアセットクラスの分散投資が可能です。もちろん、アセットクラス間の分散は、資産規模が大きいほど、実行しやすくなるわけですが、NISAなどの少額による積立投資の場合でも、オルカン(MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックスに連動する投資成果をめざして運用を行うインデックスファンド)や国内・海外債券投資信託に分散投資することが可能です。(注2)
そして、株式投資における最大の問題は、株価暴落の局面で、投資家がパニック状態に陥り、底値で保有する株式を叩き売りしてしまうという行動心理学上の問題です。この事態は、人間に元来備わっている心理的な性向によるもの(プロスペクト理論)であることが学術的に立証されていますので、誰にでも起こりうる深刻な事態なのです。したがって、そうならないためには、まず前述した様々な分散投資戦略を用いて、パニックにならないようにするフェイル・セーフ機能を投資戦略に組み込むことが必須です。そうしなければ、必然的に底値売りで投資の解消、その後の相場の戻りを目にしても指を咥えて眺めているだけ、さらなる相場上昇を見て今度は慌てて高値掴みするという悪循環に陥ってしまうのがよくある投資家の行動パターンです。かくして、相場の世界でいわゆる「80対20の法則(注3)」が現実化し、限られた投資家だけが長期的に高いリターンを享受して老後の資産形成に成功し、それ以外の大多数の投資家は目標に達することが叶わないという悲しい結果になるのです。(注4)
ですから昨年からNISAを始めた多くの投資家の方々は、そうならないために分散投資と相場暴落でもパニックに陥らない心の準備が必須になります。実際、昨年7月末に発生した日本株式の一時的な暴落や急激な円高局面を目にして、パニック売りした投資家が散見されたようですので、「80対20の法則」を一部の準備不足の投資家たちは早々と実体験したのだと言えるでしょう。
相場暴落の際に持つべき具体的な心理的態度は以下のように要約されます:「株式市場が大暴落したが、資本主義経済は今後も永続するのだから、時が経てば、やがて再び株式市場全体は回復し、高値を更新していくはずだ。だからパニックにならず、ここは静観すべきときなのだ。さらに、余裕資金が許す限りの範囲で大幅に下落した水準で株へのアロケーションを増やすことにしよう」このように、大半の投資家が恐怖に慄いているときに、株式へのアロケーションを増やせる投資家はごく限られています。しかし、もしそれが可能なら、その投資家は「80対20の法則」の勝ち組に入ることができるのです。たとえそれができなくても、いわゆる「ほったらかし投資」のスタンスで踏みとどまって、粛々とドルコスト平均法で買い続けられれば、その投資家は充分に成功する長期投資を実践していると言えるのです。
以上のように、それがいつなのかわかりませんが、将来、必ずやってくる世界的な景気後退と株式大暴落の際に、賢明な投資家としてパニックにならずに冷静に投資行動ができるかどうかが、皆さんの長期的な成功のカギを握っていることになります。投資家の皆さん、シートベルトをしっかり締めて、ダウンサイドに備えましょう。
(注1)具体的なリターン目標は、そのリターンから全ての生活費を賄っても、なお余剰が生じる水準です。これにより持続可能な引退生活が終生可能になります。この状態を「エターニティー」と呼ぶ方もいらっしゃいます。
(注2)例えば、株と債券のアセットアロケーションは、20代、30代の若い投資家の場合、投資期間が長期にわたるため、リスク許容度によって株式の組入比率を60%~70%にまで引き上げることが可能です。反対に、投資期間がより短くなる40代以降はリスク許容度が低くなるため、株式の組入比率を徐々に50%未満に下げていく方が安全です。
(注3)「投資にも当てはまるパレートの法則(80:20の法則)について」(福井強のマクロ経済分析レポート vol.8)参照。
(注4)有名ファンドマネージャーのピーター・リンチが運用した米国フィデリティー・インベストメンツ社のマゼランファンドは1977年から1990年の間に平均29.2%の年間リターンを達成し、対S&P 500株価指数で一貫して2倍以上のアウトパフォームを達成して世界最高の投資信託ファンドと言われましたが、そのマゼランファンドに実際に投資した個人投資家全体の運用パフォーマンスは、なんとマイナスだったことが、その後の調査で判明しています。その主な理由は、投資家全体で見た場合、ファンドのパーフォーマンスが下落したときに損切りし、再び上昇したところで遅れて再投資に踏み切り、その後の下落局面でまた損切りするというような投資行動を繰り返していたためと言われています。
執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。世界銀行では投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。
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