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投資における運とスキルの見分け方について(福井強のマクロ経済分析レポート vol.10)

 株式、商品先物、F Xなどの投資において、100%確実に儲かるものは存在しません。このように不確実性を伴う投資のリターンが、実際に運によってもたらされたものなのか、あるいは何らかのスキル(専門知識)によってもたらされたものなのかを明確に識別することは困難です。効率市場仮説を信奉するファイナンス経済学会では、長期にわたってベンチマーク・リターンを上回る運用成績を残せる投資スキルを有する人は存在しないか、いたとしてもごくわずかであるという見解(ランダムウォーク理論と呼ばれています)から、個人投資家は手数料も安くて済む株式インデックス・ファンドに長期投資することを推奨してきました。

 反対に、アクティブ・ファンドマネージャーは、自分が運用するファンドのパフォーマンスは自分の見識と投資スキルによるものだと主張するのが常です。投資家がこの主張を信じれば、彼らは自分の運用報酬を増やしたり、投資家から高額な運用手数料を請求したりすることができます。

 しかし、現実にはファンドのパフォーマンスはファンドマネージャーの見識やスキルだけに依存するわけではありません。ここで問題になるのは、政府の政策や国内外の市場環境の変化が、アクティブ・ファンドマネージャーが運用するファンドのパフォーマンスに影響を及ぼすことがよくあるということです。たとえば、政府が国内総生産(GDP)の拡大を目指して、政府が推進したい製品の国内の生産者に補助金を提供する政策を導入するとします。そうすると、関連企業の予想利益が高まり、それらの企業の株式が買われて、その株を保有するファンドの価格が上昇し、ファンドの投資家がキャピタルゲインを得ることができます。同様に、中央銀行が金融緩和政策を実施し、それによって国債の利回りが低下し、株式の相対的な利回りが上昇すると仮定します。その結果、株式が買われて、株価が上昇し、株式投資家にキャピタルゲインがもたらされる可能性があります。また、外国政府の政策や市場環境の変化が、国内のファンドの収益率に影響を与える可能性もあります。したがって、株式ファンドのパフォーマンスが優れているのは、ファンドマネージャーの卓抜した見識や投資スキルによるものではなく、単にファンドマネージャーの能力を超えた外生的要因によるものであり、これは運(幸運)による可能性が高いと言えます。このように、投資家がインデックス・ファンドに投資するのではなく、アクティブ・ファンドに投資する場合、そのパフォーマンスがファンドマネージャーの見識や投資スキルによるものなのか、それとも単に彼らの能力を超えた外生的要因(運またはノイズ)によるものなのかを識別することが必要になってきます。

 この問題に関して、1990年代以降、ファイナンス理論の研究者たちによって多くの実証分析がなされてきましたが、それらの研究結果を踏まえると、結論としては、どちらかといえば、ファンドのパフォーマンスはスキルではなく運によって影響されることが多いと考えられています。それゆえ、個人投資家はアクティブ・ファンドに投資するのではなく、手数料が低いパッシブなインデックス・ファンドに長期投資することが一般的には望ましいということになります。

 ところで、個別のアクティブ運用パフォーマンスが「ファンドマネージャーのスキルによるものである」と確証できるためには、月次、四半期、年次といった短期データではなく、より長期にわたる運用結果から判断する必要であることが理論的にわかっています。このことを理論的に証明した興味深い学術論文(注1)があり、それによれば、アクティブ運用によるベンチマーク・インデックスを上回るリスク調整済みリターンの尺度として有名なシャープ・レシオ(注2)を用いて実際の好パフォーマンスが運によるものなのか、スキルによるものなのかを見分けるために必要な年数を算出できるとされています。

 例えば、ファンドマネージャーがベンチマークを3%上回り、ベンチマークと高い相関(0.9)でそれを達成したと仮定します。ただし、ポートフォリオ・リターンのボラティリティ(標準偏差)が年率25%で、ベンチマーク・リターンのボラティリティが15%だった場合、ファンドマネージャーにスキルがあるという84%の統計上の信頼度を得るためは、なんと175年もの年月が必要になるそうです!しかし、このファンドマネージャーのボラティリティをベンチマークのボラティリティ(15%)まで下げると、スキルに対する同じ信頼度を得るのにかかる年数が今度は5年に短縮されます。一方、信頼度を84%から95%に引き上げると、必要とされるデータの年数は13年に増加します。さらに、信頼度95%でファンドマネージャーとベンチマークのリターンのボラティリティーが共に25%である場合、判定に必要な年数は38年に増えてしまいます。以上のような計算例から、伝統的な株式資産クラスでベンチマークを上回ろうとする典型的なアクティブ資産運用会社には、四半期ごとのアウトパフォーマンスがスキルによるものであるという確信がほとんど得られないため、彼らに四半期ごとに成功報酬を支払うべきではないことが明らかであるといえます(注3)。

 最後に、これらの研究結果を踏まえて、個人投資家も、これまでの自分の好調な運用成績を振り返って、それが果たして本当に投資スキルによるものなのか、ただ単に運が良かったのかを慢心せず、冷静に評価する必要があると言えるでしょう。

(注1)The Sharpe Ratio revisited – What it really tells us (『シャープ・レシオの再考: それは実際に何を示しているのか』) Arun Muralidhar著
(注2)シャープ・レシオは、投資の効率性を測る指標で、リスク(標準偏差)1単位あたりの超過リターン(無リスク金利を上回った超過収益)を測る。1966年にアメリカのファイナンス経済学者ウィリアム・シャープが提唱した。シャープ・レシオが高いほどリスクを取ったことによって得られた超過リターンが高いことを意味する。シャープ・レシオは、リスク調整後のリターンを測るものとして、投資信託の運用実績の評価などにも利用されている。
(注3)株式以外のアセットクラスである通貨証拠金取引(F X)の場合、通常、通貨フォワードが使われるため、実際に資金が投入されておらず、またベンチマークが無リスク金利であるため、ベンチマークのボラティリティは比較的低く、スキルの抽出に必要な期間は比較的短くなる。これらの戦略では、ベンチマークとのボラティリティーの乖離幅(トラッキング・エラー)も2%と低く、したがって超過リターンが0.8% (すなわち情報レシオが0.45) であっても、84%の信頼度を得るには4.5年で済む (なお95%の信頼度を得るには12年分のデータが必要)。 情報レシオはベンチマークを上回った収益率 (超過収益率 = アクティブ・リターン) の平均を、アクティブ・リターンの標準偏差で割って得られる数値のこと。

執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。世界銀行では投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。

※本レポートの内容の完全性、正確性、有用性等に関して一切保証するものではありません。投資によって発生する損益は、すべて投資家の皆様に帰属します。投資に関する最終決定は、ご自身の責任においてご判断ください。当該情報に基づいて被ったいかなる損害についても、情報提供者及び当社は一切の責任を負うことはありませんので、ご了承ください。

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