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【FPエッセイ】25年放置した実家(前編)そして相続人はいなくなった

その家は濃い緑の生け垣に包まれた古い家だった。
昭和20年代に建てられたという平屋建ての一軒家。
広い庭には樹齢30年はあろうかという大きな柿の木。
青柿がたわわに実っていた。

家の造りは独特だった。
玄関がない。
玄関にあたる場所には吹きさらしの広い土間と台所がある。
大きなかまどと羽根つき釜が鎮座する台所は薄暗くて寒い。
土間を奥のガラス戸を開けて直接家の中に入ると、広い畳敷きの座敷が3つ続いているが家具のたぐいはない。
家にあるのは黒塗りの大きな仏壇と座布団。
法要に訪れるお坊さんにお茶を出すための茶器だけがあった。

その家には夫に先立たれた女性が長く一人で暮らしていた。
家族は娘が4人。
いずれも他家に嫁いでいた。
彼女が70を過ぎて体調を崩すと、実家の近所に住む長女が介護した。

やがて母親が亡くなると、空き家になった実家と仏壇が残った。

「仏壇をどうする」

四姉妹にとって先祖代々の仏壇の処分が問題だった。
それぞれの嫁ぎ先に仏壇があり、親の仏壇を一緒にまつることができない。

「永代供養なんてとんでもない」
「先祖の墓を立て直すお金は誰が払うのか」
「うちには嫁ぎ先の仏壇があるから一緒にまつれない」
「家の買い手もいないし、借地だから更地にして返さんといかん」
「家の取り壊し賃は誰が払うのか」

昭和半ばまで「仏壇を継ぐものが家と財産を継ぐ」とされていた。
今でも田舎ではこの考え方は強い。
中心になれる男性がいれば話がまとまりやすかったのかもしれないが、相続人は全員女性で、いずれも婚家の意向を背負っていた。

四姉妹にはそれぞれ子どもがいた。
しかし、子どもの意見もバラバラで、ますます仏壇の処分は難しくなっていた。

「とりあえず、このままにしておいて、いずれ決めよう」

四姉妹は「現状維持」を選択した。
母親の残した貯金は4等分して自分たちのものにしたが、仏壇と家はそのままにした。
四姉妹の父母の代から月額6,000円の借地代は、契約当初の金額で負担になるほどのものでもない。

その家に仏壇を置いたまま地代を払い続け、交代で仏壇と家を管理した。
経費は4等分して、それぞれが相続した財産の中から出し合った。

土地の持ち主は遠方に住んでいて音信がない。
地代は月に6,000円だったが、値上げの話も出てこなかったので、四姉妹はそのまま地代を現金書留で支払い続けた。

そのまま20年の月日が流れた。

長女が亡くなり、三女が、そして四女が亡くなる。
残された次女は病気がちで、家や仏壇の管理ができなくなっていた。
実家の近くに住む長女の息子が、時折家の様子を見に行っていたが、家と仏壇の問題は棚上げにされていた。
誰もが「仏壇と家の処分」という、面倒でお金のかかる手続きをやりたがらない。

3年後、次女が亡くなり、家と仏壇を直接処分できる相続人は誰もいなくなってしまった。

築年数も古く、風呂場がない不便な家で、家としての価値はない。
取り壊しの費用はどうするのか。
残った子どもたちは、相続争いを恐れて誰も「実家と仏壇」の話をしなかった。
実家を取り壊すわけにもいかないので、やむなく長女の息子が地代を立て替え続けていた。

いつまでこの状態が続くのか。
子どもたちは焦り、疲れ果てていた……

次回に続く。

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この記事はFPこみなみ(AFP認定者)が個人的見解で書いています。
日本FP協会公式の見解ではないことをご容赦ください。
(写真:Yuka Shimamura)

【執筆者】
小南由花(FPこみなみ)
「学びて富み、富みて学ぶ。ライフスキルとして役立つファイナンシャルプランニング」を実践するファイナンシャルプランナー。
AFP(2級ファイナンシャル・プランニング技能士)・終活アドバイザー・福祉住環境コーディネーター・独立行政法人日本学生支援機構認定スカラシップ・アドバイザー(2017年認定)・日本FP協会大阪支部運営委員。

27歳から22年間、義母を介護。
50歳からファイナンシャル・プランニングの勉強をはじめる。
2017年(52歳)でAFP資格を取得し、リスキリング。
現在、宅地建物取引士の資格取得のため勉強中。
朝日新聞出版「デジタル版知恵蔵」や「FP Woman」などで執筆。
日本年金機構「わたしと年金」エッセイにて令和5年度厚生労働大臣賞を受賞。
日本FP協会大阪支部運営委員としてFP相談のキャリアを積んでいる。
ライフプランニングの講師としても活動中。

終活アドバイザー協会会報「ら・し・さ通信」2023年秋号に寄稿したエッセイ「2冊のエンディングノート」
https://shukatsu-ad.com/wp-content/uploads/2023/09/tsushin-42-hp-2023-autumnpdf.pdf
「わたしと年金」エッセイ厚生労働大臣賞受賞作品https://www.nenkin.go.jp/info/torikumi/nenkin-essay/20231130.files/01.pdf

X:https://x.com/fpk2017
note:https://note.com/fpk_2017

日本FP協会公式サイト https://www.jafp.or.jp/


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