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【FPエッセイ】ストレス解消に散財した妻が迎えた意外な結末

昔、人に聞いた話。
その人は長い間専業主婦だった。
夫には家族を養えるだけの稼ぎがあったので、ずっと家にいて、子どもの世話と家事をして暮らしていたそうだ。

「今時、「専業主婦」といっても、パートしてる人ほとんどなのに、完全に働いてないわけでしょう。うらやましい」

私がため息をつくと、彼女は瀟洒なコーヒーカップを手元に引き寄せながら言った。

「そうでもないわよ。ずっと家にいると、それはそれでストレスたまるものなのよ」

子どものこと、学校のこと。
いろんな悩みがあるけれども……

「やっぱり一番ストレスなのがお金よねえ」

彼女は夫から家計一切を任されていて、何を買っても、習い事をしても文句を言われない立場。
それでも大きな買い物をする時は夫に相談する。
その慎重さが家庭円満の秘訣だと私は思った。

その話しぶりから何の不自由もなく生活しているように見える彼女だが、女友達に「パートの給料全部はたいて旅行に行った」とか「コンサートに給料全部使った」と聞かされると、なんとなく胸がざわざわしたそうだ。

ある時、夫と口論した彼女は、初めて「ものすごく役に立たないものに、こっそりお金を使ってやろう」と決心したそうだ。

エステで手入れされた肌や爪。丁寧に巻かれた髪。
どことなく「奥様」の雰囲気が漂う上等なワンピースを着た彼女が、どんなふうに「無駄遣い」するんだろう。

「ブランド物のアクセサリーとか服とか化粧品とかじゃないんですか?」
「それは買えないわけじゃないけど」
「ホテルでゴージャスな食事とか、ちょっとした旅行とか」
「旦那は気づかないかもしれないけど、子どもたちが気づくじゃないの」
「あ、そうか」

「もっと違ったものにお金を。絶対に夫が気がつかない、完全犯罪みたいな使い方」

家族の誰にも気づかれない、くだらないお金の使い方。
しかも完全犯罪のような使い方。
ギャンブルでもなさそうだ。
こうなると、私には見当もつかない。

彼女は声をひそめて言った。

「……インゴットよ」
「金?時々CMでやってる、田中貴金属とか三菱マテリアルとかの?」
「そうよ」
「あの四角いやつですよね。チェーンとかじゃなくて」
「チェーンだったら、家族にバレるじゃないの。小さなインゴットだったら、手帳の間にはさんで置いたらわからないから」

にこにこしながら、彼女はシュガーポットから角砂糖を取り出した。
白い細い指にプラチナの結婚指輪が光っている。

「それが金って意外に高いのよね。1g3,000円もするのよ。勇気がなくって10gしか買えなかったわ」
「3,000円!ということは、その当時30,000円!」
「そうね」

私は驚いた。
この当時で金は1gあたり8,000円だったから、すでに彼女の持っている金地金は価値が上がっている。

読書が趣味の彼女は、推理小説に登場する「金塊」に憧れていたそうだ。
「金塊」はアクセサリーと違って身を飾ることはできないし、自慢するのも嫌味なものだ。
しかし、純金の金貨や10g程度のゴールドバーはコンパクトで隠しやすい。
そして、いざという時には売ってお金に変えることができる。

たまに嫌なことがあった時、彼女はこっそりとゴールドバーをながめる。
特に何かするわけでもなく、ただながめているだけで気が晴れて、満足なのだそうだ。

よいものを安く買った充実感と、家族へのほんの少しのうしろめたさと。

私が思うに、夫はそれほどとがめないのではないか。

三菱マテリアルが2025年2月21日(12:10更新)発表した金の買取価格は、1gあたり15,465 円。
彼女が金地金を購入した価格が、1gあたり3,000円だから、持っているだけで30,000円が154,650円に増えたようなものだ。
ゴールドバーは相続財産としても評価される。
彼女は「くだらないお金の使い方」と自嘲していたが、投資として成功していると思う。

その後、10年以上がたった。
彼女と会っていないので、この話の結末はわからない。
でも、離婚した話も聞かないので、きっとうまくやっているのだろう。


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