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短編小説 コードブラック ~生命保険契約の闇~
保険代理店のコンプライアンス室長である高橋直樹は、机の上に置かれた保険金請求書をじっと見つめていた。被保険者の死亡を受け、契約者である鈴木美智子から1億円の生命保険金の請求があがっている。しかし、署名欄に記された名前に違和感があった。
「鈴木 あや」――これが本名なら何の問題もない。だが、戸籍上の名前は「紗彩」だ。通常、契約書は本人が正確に自署する必要がある。このズレが直樹の警戒心を刺激した。
「何かがおかしい……」
直樹は社内データベースで募集人の名前を確認した。記されていたのは「近藤 英寿」。業績成績優秀で知られる営業マンだ。契約は1年前に結ばれていた。被保険者は死亡からわずか2週間前に病院で軽い風邪と診断されたばかりだという。
「健康な30代女性が突然の心不全……」
直樹は近藤に話を聞くことにした。
近藤との対峙
「いやあ、室長。美智子さんは慎重な方でしたからね。娘さんに何かあったときのために備えたいと熱心に相談されまして。」
直樹は近藤の笑顔を観察した。余裕のある口調とは裏腹に、指がペンを細かく回している。
「被保険者ご本人は契約について何か言ってましたか?」
「いや、契約時には美智子さんと『あや』さんも一緒におみえになって、
サインをもらいました。ちゃんと説明しましたよ。」
「そうですか。では防犯カメラの映像を確認させてもらえますか?」
その瞬間、近藤の表情がわずかにこわばった。
真相への道
映像を確認した結果、契約当日に来店していたのは美智子ひとりだった。被保険者である「あや」は映っていなかった。直樹は背筋に冷たいものを感じながら、警察に通報した。
警察の捜査の結果、美智子が娘の知らぬ間に契約を結んだのだが、その際に美智子は「紗彩(さあや)」と言っていたのだが、近藤が「あや」と聞き違えていて契約書類を作成し、自署欄に代筆していたようだ。
その後睡眠薬と毒物を混ぜた飲み物で娘を殺害したことが発覚。
動機は多額の借金だった。
近藤は営業成績に執着しすぎたあげく、大事な部分を聞き間違えてしまい、結果、そのことが足元をすくうことになったのだ。
結末
事件は全国ニュースで報じられた。直樹は自室の窓から夜空を見上げ、深いため息をついた。
「命を金に換えるなんて……」
社内には事件後、新たなルールが設けられた。その名は「コードブラック」。契約時には必ず被保険者本人の意思確認を映像で残すことが義務付けられた。
直樹は再び机に視線を落とし、新たな書類に目を向けた。そこには別の名前が記されていた。
「生命保険金請求書――被保険者:田中翔」
彼の心に再び警鐘が鳴り響いた。
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