【ライフスタイル】失われた30年とはどのようなことかを解説する
こんにちは。FPひろきです。
「失われた30年」という言葉をよく耳にします。
これは具体的に、何を表しどのような実態を指し示す言葉なのでしょうか。
耳にしたことはあるけど漠然としてよくわからない、という人も多くいらっしゃるはずです。
本日はこの「失われた30年」について解説するとともに、それに関する私見を述べてまいります。
船瀬俊介氏の叫び
まずは船瀬俊介氏のXのポストをご覧いただきたい。
皆さま、これを見てどう思いましたでしょうか。
なんと言いますか…、開いた口が塞がりません。
私は仕事柄、当然このような現状は把握できていたわけですが、皆さまにおかれましては把握できていたという方はほんのひと握りだと思われます。
30年前から平均収入は減り続け、税金や社会保障費は軒並み上がり続けてきました。
ここに来て物価上昇が追い打ちをかけ、畳みかけるかのように可処分所得を減少させています。
これでは国内経済が拡大するわけがありません。
これは日本政府が取る経済政策はもちろんのこと、財務省、日銀の金融政策が招いた結果ではないでしょうか。
これはX(旧Twitter)でとても有名なツイートですが、その中でカナダのある教授は以下のように言っておられたようです。
そうです、これは単なる日本政府による政策ミスだった…というわけです。
マスコミの誘導に乗るだけで思考停止に陥り、政治に無関心の日本の有権者にも責任があるので、ここはあえて自業自得と言っておきましょう。
30年前に当たり前だったこと
画像30年前に当たり前だったことが今ではすっかり懐かしいものになりました。
その懐かしさを感じるものを少し挙げていってみます。
就職するとすぐに若者が車を買った
CR-X、欲しかったです…。
当時は中古でも100万円程度だったと記憶しています。
このような感じで、多くの若い男性は車に興味があり、どうしたら購入できるかまでシミュレーションしたものです。
そして就職するのを待つかのように、ほとんどの若い男性はローンを組んで愛車を購入したのです。
ところがいまはどうでしょうか。
都内に住む若い男性は必要性を感じないことから、車を購入する人は稀になりました。
なかには奨学金の返済に追われているという人もいることでしょう。
これもやはり経済的余裕の無さからくるものなので仕方がありません。
スキー・スノボーなどお金がかかる趣味を満喫した
苗場スキー場、神立高原スキー場、安比高原スキー場など、きらびやかなスキー場がたくさんありました。
神立高原スキー場にいたっては、「神立ギャル」と呼ばれる若い女性スタッフがいたことを思い出されます。
あの空前のスキーブームは、映画「私をスキーに連れてって」の大ヒットが、さらにブームに拍車をかけたのは良く知られたところです。
今ではスキーやスノボーはお金がかかるレジャーとなり、多くの若者はゲレンデに近付くことすら無くなったことは、ただただ物悲しい限りです。
彼氏彼女は普通にいた
当時の私の肌感覚からしますと、若者の半分は異性とお付き合いをしていたのではないでしょうか。
クリスマスイブには浮かれたカップルがきらびやかな街に溢れかえっていたのを懐かしく思います。
ところがいまではどうでしょうか。
かつてほど街でカップルを見かけなくなったと感じるのは私だけでしょうか。
お付き合いするということもお金がかかることという位置づけとなり、カップルが減っているとすれば、それはなんとも悲しい現実と言わざるを得ません。
そのような事情でないことを祈るばかりです。
ルイ・ヴィトンなどの高級輸入バッグを女子高生が持っていた
当時は円高も手伝い、輸入ブランドバッグが今よりも割安で購入できました。それもあって多くの女子高生が、高級ブランドバッグを持ち歩いていた時代があったことがいまでは信じられません。
いまでは輸入ブランドバッグは円安で高価なものとなり果てたことに加え、日本人の所得が下がり続けたことでなかなか購入できない要因となってしまったようにも見えますがいかがでしょうか。
いまでは逆に外国人が日本に訪れ、安いブランドバッグを大量に買い込んでいく姿が当たり前の光景となりました。
この30年間で日本人と外国人の立場は180度入れ替わったと言えるでしょう。
ことある度に海外旅行に出向き散財した
「アメリカ横断ウルトラクイズ」放映当時は、まだまだ円安時代ということで、アメリカに行くこと自体は憧れの時代ではありました。この時期は「失われた30年」の前の良い時代だったと言えます。
多くの日本人が海をいとも簡単に渡れるようになり、幾度となく海外旅行に行けるようになりました。
年末年始には大きなサーフボードを抱えて成田空港に現れ、元気いっぱいの日本人サーファーたちはハワイのノースショアの波に乗りにいったものです。
一方多くの若い日本人女性はブランドショップの聖地のパリに赴き、円高を武器にブランドショップを買い込んでいました。
現地のフランス人は、そんな日本人女性を白い目で見ていたそうです。
そしてその後です…。
円高とバブル経済が到来しその事情が一変。
日本人が海外を満喫する余裕がなくなったことは、ただただ寂しい限りです。
会社のために働いた代わりに経済的余裕を得た時代
愛社精神という言葉すらも、いまでは懐かしく聞こえます。
当時は会社のために一所懸命働き、それが豊かさとなって還ってきた時代です。
そのような日本人の頑張りもあり、日本の大企業が世界を席巻し、GDP世界第2位の経済立国としての地位を確固たるものにしたのです。
上記のXポストをした方は本質をわかっていると思います。
30年前の世界時価総額ランキングに日本の企業がこんなにも入っていたことを、いまの若い人は知らないのかもしれません。
現在は米国のビッグテックが世界を席巻しています。
ところが30年前は日本の大企業が世界を震え上がらせていたのです。
なぜここまで日本の大企業は衰退してしまったのでしょうか。
それは前述したとおり、通商政策などの経済戦に敗れたことなどの政策ミスや外圧に屈したことなどが響いていることが要因として挙げられます。
いまの日本人は貧乏に慣れきってしまった
いまの日本人は、貧しさに慣れてしまったというのが私見です。
いえ、そうではありません。
厳密にいうと、いまの若い日本人が…と言った方が適切でしょうか。
それではこの「失われた30年」から脱却するにはどうしたらいいのでしょうか。
これは再三申し上げたように、政府がしっかりとした経済対策と減税政策を打つ以外にないと思うのです。
可処分所得を上げ、お金を使って国内経済を回す…。
これは内需拡大を促すことで結果的に国内企業が潤い、それが賃上げという形で還ってくると考えれば理想的と考えます。
それが廻り廻って税収が上がるのであれば、国としてもこんなに素晴らしいことは無いと考えますがいかがでしょうか。
インボイス制度開始、消費税の引き上げ議論そして扶養控除の見直しなど、とても庶民のためになるとは思えない政策を次から次へと繰り出す日本政府と財務省は一体何を考えているのでしょうか。
もはや日本人の敵と言わざるを得ません。