夜は助言を運ぶ
フランスの諺に「La nuit porte conseil」というのがあります。
nuit(夜)がconseil(アドバイス)をporte (運ぶ)してくれるという意味ですから、素直に訳せばまさに「夜は助言を運ぶ」。
ですが、一般的には「一晩よく考えろ」って意味合いで使われていて、わたしも長らくそう思ってました。
しかし、我が家にある旺文社のプチ・ロワイヤル仏和辞典(仏語初心者必携のベストセラー辞典)を眺めていたら、conseilの項にこの諺が載っていて、「一晩眠ればよい知恵も浮かぶものだ(一夜が忠告をもたらす)」と書いてありました。
うん、やっぱりおかしくね? 絶妙に軸がズレてる。
そんな感じで、ふと疑問に思ってググったら、意外とこの諺が持つニュアンスに対して気にされている方々が多いようで。意味を深掘りされているブログなどがいくつか見つかりました。でも、それらを拝読しても、結論はなおボンヤリしたまま。別の辞典では「重要な決断は一晩よく考えてから」としているものもあるそうです。
だってこれ、似ているようで実は違いますよね。
プチ・ロワイヤルでは、悩ましいことが目の前にあるけれど「ぐっすり眠って、翌朝、頭をクリアにしてから答えを出すといいよ」っていう話になっています。「眠れば」とハッキリ明記されているから、とりあえず寝るのが吉ということです。
一方、私がそれまで正しいと思っていた「一晩よく考えろ」や、別の辞典にあるとされる「重要な決断は一晩よく考えてから」は、「夜に考えるといい案が浮かぶよ〜」的なニュアンスを含みます。あえて極端な言い方をすれば「寝てる暇があったらじっくり考えやがれ。さすれば妙案が浮かぶ」とも取れます。もっといえば「寝ても寝なくてもどっちでもいいから、即断しないでじっくり時間をかけて決めなさい」って捉え方もできますね。
そもそもLa nuit(夜)が助言を運んでくるという擬人化やメタファーが土台にあるので、受け手がどう解釈してもいいっちゃあいいのかもしれません。
こまけーことは気にすんな? ハイ、確かに仰る通りかもしれません。
にわかに答えが導き出せない時、夜は考え事をするのにいいタイミングです。昼間は目の前のあれこれに忙殺されて、さらにいろんな予定が後ろに控えていて、じっくり時間をかけていられないことが多い。その点、夜ならあとは寝るだけ。あれこれ思索して、ゆっくり答えを見つければいい。
でも、夜に考えたことって、なんとなく夜色に染まってしまう気がしています。「夜に書いた手紙は出すな」なんてことも言うじゃないですか。日中に起きたさまざまな出来事に晒されて、感情が昂ぶったりささくれ立ったりしているところに手紙を書くと、余計なことや、辻褄の合わないことまで書いてしまうことがある。徹夜でやった書き仕事なんかもそう。後で見直してみると、だいたい引っかかるのはそういう部分だったりします。うわぁ〜夜色に染まってるわ、この原稿……ってな具合に。
だから、この「夜は助言を運ぶ」という諺は、「ぐっすり眠って、翌朝にもう一度振り返れば、なんとなく別の考えが浮かんでくる」というところにまで間口を広げて語り継がれてきたのかもしれませんね。プチ・ロワイヤルのほうが核心をついているのかも。
なーんてことを綴ってみたのは、このところ周辺で5月病の話題が持ちきりだったから。特にコロナ禍が明けて最初の年だからですかね。環境の変化が激し過ぎて、いつにも増してその傾向が強まっているみたいです。
何事かに思い悩んでいらっしゃる皆さんに一つだけ申し上げたいのは、「なんとかなるさ」ということです。今は胸が締め付けられるほど苦しかろうと、そのうち何かの拍子で目の前に明かりがさしてきて、「あの時は大変だったけど」と笑って思い出せる時がきっときます。あまりご自分ばかりを責めて、思い煩い召されるなということです。
人間、しっかりメシを食って、ぐっすり眠れば、なんとかなります。