カタリ語れば騙るとも
狭い独房で口をぱくぱくと動かす山ン本の姿は滑稽だが、傍らで首を掻きむしっている看守数名の死体があるなら話は別だ。心停止、自傷、出血多量。どれもが顔を青褪めさせ、年甲斐もなく失禁していた。
仲間にハンドサインを送る。銃は最終手段だ。今回はスカウト目的で、殺しじゃない。タブレット上の指示を改めて反芻し、ヤツの正面に立つ。
削ぎ落とした耳が疼いた。“暗殺怪談師”との交渉なら、俺たちが適任だ。壇ノ浦組が本家の赦しを得るには、このシノギを成功させるしかない。
『山ン本五郎か?』
「…………」
俺が入力した文字は合成音声で読み上げられたはずだ。相手は盲目で、剃り上げた頭には火傷痕が痛々しい。俺の言葉に反応せず、あいつは熱の入った“語り”を続けていた。
『仕事を斡旋してやる。〈公演〉だ。報酬は前金で』
「……る」
何かが倒れた気配がした。
「——!?」
舎弟頭のマサが無いはずの耳を抑え、仰け反るように絶叫している。その叫びが聞こえることはないが、痺れるような空気振動だけがあった。
「す……と……」
「——ッ!!」
体格に秀でたノリが血を吐いて頽れる。舌を噛み切り、日に焼けた顔色が死相に近づいていく。
「……そうすると、頭の奥から聞こえるんです。聞きたくもない呪いの言葉が、地獄の底から響く声で。」
何故だ、何故俺たちにまで届く? もう何も聞こえないはずなのに。
俺たちは、
『——俺たちは、耳無しなのに』
交渉決裂だ。即座にマテバの引き金を引く!
虚空に現れた敵は、既に怪談師ではない。影めいて黒い巨体に、垂れ落ちた両眼。
その名を、“塗仏”と云う。
聞こえるはずのない声は、削いだ耳が最期に浴びた言葉を吐く。組長の冷たい失望に、よく似ていた。
『死んでくれ、ヨシカズ』
ふざけるな。
極道は面子が商売だ。怪談師にも、妖怪にも、オヤジにも舐められてたまるか。
合成音声が言葉を吐いた。
「——舐めた奴は、全員殺す」
【続く】