領域展開できるやつが好きだ

呪術廻戦然り、BLEACH然り、ある一定の水準を超えたキャラは必殺技を持つ。

そいつの精神世界の具現化されたもので一定エリアを支配する。

翻って現実にも世界観を強く持った人がいて、そういう人はすべからく傑物である。

世界観という観点からすれば、子供の時は誰しもが独自の世界が全て。
自分の世界の中ではちっこい忍者が電車と並走して家の屋根を走ってるし、ワンコとだって喋れるし、お前のものは俺のものだ。

そこから段々と学校などで外界と折り合いをつける手法を学び、やがて多くの者が自分の世界観を捨て去る。支配者であることを降りる。

再び領域持ちになることは可能か?答えはYes,と僕は思う。

再び社会に出て揉まれる中で価値観が明確化し、閾値を越えた者は再び領域を獲得する。

子供の頃とは違い複雑だ。
自分がこうだというだけでは駄々っ子と変わらない。

反証を見つめ、時にいやそれでもと意を唱え、時に人とぶつかり、折り合いをつけながもやっていく必要がある。

だが、その手間やエネルギーを差し引いても自己の世界観を顕現させ続ける者は本当に強い。

そんなことをほんのりと感じ始めたので、最近は小説や映画、音楽など表現活動に意識的に触れるようになってきた。

上記のようなものは、いわば世界観の表現の粋。
すなわち自分が何に心惹かれ、惹かれぬかを自覚するにはもってこい。

最近はトップガンマーヴェリックに感動したし、ドリアン助川の「あん」なんかジワリときて小説を読んだ直後に映画版もみた。

フィルターバブルに甘んじず心がざわつくものにもあえて触れ、自分の心の黒い部分も同居させようとしている。

そうやって刀のように、叩いて叩いて叩いてまた練り直し、自己の領域展開にトライし続けよう。
僕の場合は文章と思考にあるのかなと思いつつも、表現を恐れずに続けていこうぞ。





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