Beyonceとアメリカのナショナリズム
そして、この"Cowboy Carter"のヒットが2024年の音楽業界へ与えた影響は大きかった。それまでカントリーとは、だいたいビルボード20位以降にかたまってチャートインしていて(この辺りのカントリーの多くは"カントリーロック")、「アメリカでは一定数の需要があるな」といった印象ではあったが、少なくともここ40年はメインストリームかと言われれば、せいぜいLeAnn LimesやCarry Underwood、デビュー当時のTaylor Swift辺りがトップ10に入るくらいだったかと。しかし、この3人もいわゆる"カントリー"というよりもポップミュージックとしてアップデートさせたカントリーロックを歌ってきたわけだが、"Cowboy Carter"はアンプラグドな楽器で演奏される一種のトラディショナルなカントリーだったことが、大きなインパクトとなった。
このインパクトによって様々なアーティストが、カントリーへのシフトし、2024年はカントリーを主軸とした楽曲がヒットした。元々ジャンルのクロスオーバーを表現してはいたがPost maloneは、カントリーロック"I Had Some Help"をヒットさせた。またEDMのアーティストとして知られるMarshmelloは、カントリーをE四つ打ちダンスミュージックにアップデートさせ"Miles On It"が、グローバルなヒットとなった。さらにLana Del Reyの次作アルバムはカントリーのシフトしたものになると発表されたりと、いかに"Cowboy Carter"が多くのアーティスト及び音楽ビジネス界に影響を与えたかということがよく分かる。
"Cowboy Carter"そのものに目を向けてみると楽曲の多くが、アンプラグドでトラディショナルが構成のカントリーミュージックだ("Spaghettii"は、これまでのBeyonceらしいトラックだし、先述のカントリーロック調の曲もある)。さらにカントリーを代表するアーティストであるDolly Partonの代表曲の一つである"Jolene"をカヴァーしたりとご存知の通り非常にカントリー然とした内容となっている。
では、そもそも"カントリーミュージック"とはアメリカにとって何なのか。以前アメリカに長く住んでいた方から「カントリーがかかると多くのあアメリカ人は踊りだす」という話を聞いたことがある。その方が経験した話によるとSAで休憩していたところにBGMとしてカントリーがかかった途端。その場にいた人たちが大騒ぎし一斉に踊り出したという。これは極端な例だとしても、カントリーとは、アメリカ人にとっての"アイデンティティ"と言っても過言ではないかもしれない。
そもそもヨーロッパやアジア諸国にと比較して歴史の浅いアメリカには、先住民の文化はあったとしても、アメリカ白人固有の文化というものは限られている。その中でもカントリーミュージックとは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、アパラチア山脈地域で生まれた音楽として数少ないアメリカ白人固有の文化として100年以上アメリカに根付いている。つまり、アメリカ人、特にアメリカ白人のアイデンティティ
とすることは十分可能だろう。
カントリーミュージックは、家族、友情、恋愛、失恋、労働、愛国心といった内容について歌われることが多く、またアメリカ社会において地域のフェスティバル、ライブイベントなどで多く演奏され、コミュニティをつなぐ役割を果たしている。
このようにカントリーミュジックとは、アメリカ人にとってアイデンティティであり、感情の共鳴であり、文化的象徴として、非常に
大きな意味を持っているようだ。他に固有の文化が少ないアメリカ人にとってことさらカントリーミュージックは、潜在的により強く意識させられるものなのかもしれない。
話を"Cowboy Carter”に戻すと、このアルバムは内容もさることながらジャケットにも大きな意味を持っている。ジャケットは、各々検索してもらうとして、白馬に腰掛けたBeyonceが星条旗を掲げているというものである。しかも、Beyonce自身は、テンガロンハットをかぶり、星条旗カラーのスーツを身に纏っている。まさにThis is America!!といったようなジャケットだ。
では、このジャケットが意味するところとは何か。まず”白馬”についてだが、白馬とはキリスト教社会において「純粋」「勝利」「正義」「(神の)権威」の象徴とされている。そんな白馬に全身フルアメリカ柄で腰掛けたBeyonceが星条旗を掲げて腰掛けているのだ。Beyonceの意図はどうであれ、多くのアメリカ人にとって間違いなく自己のアイデンティティを刺激されたことは間違い無いだろう。もちろん一部の保守派の白人層からアフリカ系アメリカ人であるBeyonceのこうしたアーチワーク及び楽曲は当初拒絶されたが、大多数は、ポップスの頂点に君臨し誰もが認めるスーパースターであるあのBeyonceからの「純粋」「勝利」「正義」「権威」のメッセージを受け取ったと認識したのではないだろうか。その結果、"Cowboy Carter”は2024年最も成功したアルバムの1枚となったわけだ。
しかし、なぜここまでの成功に至ったのか。もちろんあのBeyonceが発表したカントリーアルバムで且つあの強烈なジャケットという要素もあるが、なぜそれが今アメリカに刺さったのか。それは、2024年に行われたアメリカ大統領選挙に反映されているのではないだろうかと思われる。
先述の通りカントリーミュージックとは、多くのアメリカ人、特に白人にとって非常に重要なものである。そこに「純粋」「勝利」「正義」「権威」を加味された"Cowboy Carter”にアメリカ人のナショナリズムが大いに刺激されたのではないだろうか。白馬が持つ「純粋」「勝利」「正義」「権威」という意味をよく見てみると、ドナルド・トランプが掲げるスローガンと共通する。移民を排除しアメリカ人の為のアメリカを作り上げ、"Keep America Great"とうたい権威的アメリカを取り戻すと叫び、勝利した(勝利してしまった)のだ。
民主党支持者でリベラル派と言われるBeyonceの意図は恐らくそうではなかったとしても、どうしてもドナルド・トランプを肯定するようなメッセージとして受け止められしまったのではないか。その結果、アルバムとの成功と引き換えにアメリカ人のナショナリズムを爆発させたことでドナルド・トランプを再び大統領にしてしまうことになったと考えられる。逆にそもそもアメリカ人の中にナショナリズムうごめいていたからアルバムがヒットしたとも考えられる。もはや「卵が先が、鶏が先か」と言ったような結論にはなってしまうが、いずれにせよ少なからず”Cowboy Carter”が及ぼした影響は、そういう意味で絶大だった考えている。
2025年1月20日以降のアメリカがどうなってしまうのか。このアルバムは正しかったのか、もしくは間違っていたのか。それは4年後に改めて判断したいと思う。