コーヒーは人と人をつなぐ|タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太 後編
コーヒーに関するお話を、タリーズ・ジャパン創業者の松田公太さんにお聞きしているこの連載も、最終回となりました。
今回はコーヒービジネスで大切なことを中心に、お話をうかがいたいと思います。
松田 公太(まつだ・こうた)
前参議院議員 タリーズコーヒージャパン創業者
1968年生まれ。5歳から17歳までの大半を海外で過ごす。
90年筑波大学卒業後、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)を経て、97年にタリーズコーヒー日本1号店を創業。翌年タリーズコーヒージャパン(株)設立。2001年株式上場を果たす(04年MBOにより非上場化)。300店舗超のチェーン店に育て上げ、07年同社社長を退任。同年、世界経済フォーラム(ダボス会議)にて「Young Global Leaders」の1人に選出される。
08年、シンガポールへ拠点を移し、飲食事業を中心に数々のビジネスを手掛ける。09年 Eggs 'n Things (エッグスンシングス)の世界展開権(米国除く)を取得し、EGGS 'N THINGS INTERNATIONAL HOLDINGS PTE. LTDをシンガポールに設立。日本では10年に原宿1号店をOPENさせ、「パンケーキブーム」の火付け役となった。同年、参議院議員選挙で初当選(東京選挙区)。16年の議員任期満了後は、飲食事業の海外展開や自然エネルギーの事業など精力的に活動中。主な著書に「愚か者(講談社)」、「仕事は5年でやめなさい。(サンマーク出版)」、「すべては一杯のコーヒーから(新潮社)」などがある。
大切なのはブランド・ビルディング
――コーヒービジネスで一番大切なことは何ですか?
松田:
「ブランド・ビルディングでしょう。いろいろな意味を込めたブランドをしっかり造り、それを強固なものにしていく作業を怠らないことです。
なぜなら、一度、ダメージを被ると、それを払拭するのはとてもむずかしいからです。
『タリーズ』でもそこに一番気をつかいました。
たとえば、うちの店はいかにすばらしいコーヒー豆を使っているかということを常にアピールしました。
それが定着したからこそ、創業以来21年が過ぎても、変わらずにみなさんにお使いいただいているんだと思います」
――「スターバックス」は、日本でのブランドの構築を意識して、銀座に1号店を設けたと聞きました。
松田:
「スターバックスの1号店は、3階建ての建物を一棟借りていました。すごい家賃だったと思います。
思い切ったことをやったものだと当時は驚きました」
――あれだけの規模だと、話のタネに一度行ってみようかという気になります。
松田:
「今回の『スターバックス リザーブ ロースタリー』も同じ発想ではないでしょうか?
『一度行ってみようか』も国内の1億2000万人と外国人観光客の3000万人を合わせれば、たいへんな人数になります。
しかし『スターバックス』というブランドがなければ、わざわざ足を運ぼうという気にはならないと思います。
ブランドイメージというのはそれほど重要なのです」
「スターバックス」の逆を行く手法
――「タリーズ」時代は、どんなブランド・ビルディングの戦略を立てたのでしょうか?
松田:
「『スターバックス』と違い、『タリーズ』1号店は、同じ銀座でも雑居ビルの1階と地下の小さなスペースでした。
それに『スターバックス』は当時すでに世界で1000店舗以上、こちらはようやく4店舗です。
まともに戦っても勝てません。そこでスターバックスとは逆の戦略を立てました」
――具体的には?
松田:
「2号店は、ほとんど人通りのない立地を選んだんです。当時『外食産業不毛の地』と言われていた港区神谷町(現在の虎ノ門5丁目付近)です。
調べてみると、通行人は少なく、ほとんどがビジネスマンやOLでした。近隣に中・小型のオフィスビル群があったからです。
そこで彼らをリピーターとして取り込めば成功すると考えました。ところが神谷町は知名度がなく、周囲は大反対でした」
――決断には勇気が必要だったでしょう?
松田:
「しかし、私は何でも逆をやってみるのが好きなんです。
政治の世界でもそうだったのですが、両サイドから見てみないとわからないといつも考えています。そこで出店を決断しました。
結果は大成功でした。
中でもテイクアウトが多く、すぐに銀座店と変わらない売上になりました。
目論見通り、ビジネスマンやOLがリピーターになってくれたんですね。
そこで、次はテイクアウトだけの店を造ろうと考えました。
だから、3号店は三井物産の本社ビル内でした。ロビーフロアにたった5坪の店です。
誰もが失敗すると思っていたはずです。このような店舗は日本になかったからです。
ところが1日1000人が訪れる繁盛店になりました。館内人口が4000人でしたから4人に1人がコーヒーを買った計算になります。
この成功から、ドイツ銀行内、日産本社内やボルボのショールーム内とか、マツダ本社、楽天本社などに、同じ形態の店舗を次々と造っていきました」
――3号店で成功したビジネスモデルをいろいろな場所で展開したというわけですね?
松田:
「そうです。当時は事業を始めたばかりで元手が少なかった。しかし、このモデルなら小さな初期投資で済みます。そして利益率が高い。
スターバックスは好立地に大きな店舗をガンガン造っていましたが、私は正反対を行ったというわけです。
しかし計算ばかりではありません。カフェというのは元々、小さなコミュニティのリピーターで成り立っているものです。
大きな店舗など要らないはずだという思いがあったのです。
実際、私たちの成功を見て、今ではいろいろなコーヒーショップが進出しています。隠れた需要があったんだと思います。
そして思わぬところにコーヒーショップができたことで、みなさんがちょっとずつ幸せになった。そちらのほうがうれしかった」
病院をコーヒーショップで明るく!
――出店先は企業内のようなところが多かったんですか?
松田:
「いえ、それだけではありません。病院にも進出しました。病院にカフェなんて誰も考えない時代です。
内部は古い付き合いを優先する世界だったので、交渉も大変でした。
しかし2004年に文京区の東大病院に出店することができました。『タリーズ好仁会東大病院店』です。
その成功を受けて、いろいろな病院からオファーを頂戴しました。現在では『スターバックス』も『ドトール』も病院施設へ進出しています」
――「待ち時間がある場所」はねらい目なんですね。でもなぜ「病院」だったのでしょうか?
松田:
「銀行勤めをしていた頃、弟を病院で亡くしました。また母も病院で看取った経験があります。
当時の病院はお世辞にも雰囲気がいいと言えなかった。売店も食堂も楽しくなかったんです。
そんなところに入院させられている二人が、かわいそうでならなかった。
だから、外出の許されない入院患者の人たちに、少しでも気持ちのやわらぐ場所を提供したかった。
私たちの試みが成功した後、病院にはコンビニエンスストアも進出してきました。
それまでの病院には、おばちゃんが一人で新聞や包帯や菓子パンを売るような店しかありませんでした。一般社会と隔絶された世界だったわけです。
しかしコンビニエンスストアは、入院患者と外の世界を心理的につないでくれた。ほっとするんですね。
そんな事業の先鞭をつけることができたのは、大きな喜びです」
――コーヒーショップは、ただコーヒーを提供するだけでなく、快適な生活のために不可欠な存在にもなりうるわけですね。
松田:
「そうです。私は少しずつ日本人のライフスタイルを変えてゆきたいと考えています。
今までが悪いと言っているのではありません。選択肢を増やしてあげたいのです。最初に話した『朝食』も同じです。
今までは家で食べる、コンビニで買う、牛丼屋で朝定食を食べるか、朝マックか、だった。
そこにパンケーキなどの新しい朝食メニューを加えてあげたい。
タリーズの時はフェロー(仲間)に『自分たちはコーヒー屋ではないんだ。新しい価値を創造していこう』と言っていました。
今も同じです。『うちはパンケーキ屋じゃないからね』と」
――そのモチベーションの源泉は?
松田:
「海外で育ったからでしょう。『日本のいいものを海外に紹介したい』とか『現地のいいものを日本に紹介したい』とか、考えるというより、痛切に感じていたからです。
だから、いいものを紹介し合って互いに豊かになろうという意識が強いんです。
若い頃は、その延長線上に『戦争をなくす』という思いがありました。
先日、ニュージーランドで悲惨な事件(2019年3月15日、ニュージーランド・クライストチャーチで起きた銃乱射事件のこと)が起きてしまいましたが、互いの習慣、互いの宗教を認め合えば、ああいうことは起こらないのではないでしょうか。
もしかしたら食文化は、このような相互理解の一部を担うことができるのではないかと思っています。
そういう思いが、実は店づくりの底に流れていますし、みなさんがお店や企業を選ぶ際には、そうした思いがあるかに注目してほしいと思います」
コーヒーは文化だと言われます。今日のインタビューも、最後は文化論で締めくくることになりました。
貴重なご意見ありがとうございました。
(おわり)
・サードウェーブのルーツは「喫茶店文化」?|タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太 前編
・日本におけるコーヒー文化の進化|タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太 中編
・コーヒーは人と人をつなぐ|タリーズコーヒージャパン創業者 松田公太 後編
取材・文/鈴木俊之、写真/荻原美津雄、取材・編集/設楽幸生(FOUND編集部)
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