人工生命と人工知能は、何が違うのか? 第2話:東京大学広域システム科学系教授|人工生命研究者・池上高志教授
文/吉田真緒、写真/荻原美津雄、取材・編集/FOUND編集部
第1話では、私たちにとって、これまであまり馴染みのなかった「人工生命」の基本について教えてもらいました。
その基本をごくごく簡単に言うと、人工生命とは、「生命という概念を更新し続けながら研究するもの」「生命に近いもの」「生命の進化の過程はどうふるまわれてきたか、あるいはふるまわれるかを研究するもの」ということが、わかりました。
抽象的かつ哲学的に感じられる概念も、ビジュアルと一緒に説明してもらうと、少しずつ手触り感が増していきます。
しかし、この人工生命という難解な研究は、社会にどのようなビジョンをもたらすものなのでしょうか? 人工知能とは、何が違うのか? 池上先生が話を進めてくれます。
アンドロイドが指揮者!? アートとしての人工生命
池上:
人工生命の研究をしていると、いくつかの性質に関しては論文になるけれど、論文にならないものもたくさん出てくる。
論文は再現性を求められるので、極端な話、1万回やって9999回同じものが出てきたら再現性があって研究になるけど、1回しか出てこないものはダメなんです。
でも、1回しか起こらない面白い現象は、実はいっぱいあるんですよ。そういうことに関しては、アートで発表しちゃうこともありかなと考えているんです。
【マリア、人工生命、膜、魚】
池上先生とアーティスト植田工氏とのインスタレーション作品。NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)にて2019年3月10日まで展示されている。
アート活動では音楽家の渋谷慶一郎さんと10年以上の付き合いがあって、最近ではアンドロイド・オルタを指揮者にする試みをしました。
アンドロイド・オペラ 「Scary Beauty」の動画はコチラへ
【機械人間オルタ(Alter)】
池上先生とヒューマノイド研究の第一人者であり大阪大学教授の石黒浩氏が共同で開発したアンドロイド。2016年日本科学未来館にて一週間展示された。また、2018年には「オルタ2」がオーケストラを指揮してオペラを歌う公演「Scary Beauty」をアーティストの渋谷慶一郎氏とともに行った。
指揮をさせることが難しかった。複雑なメトロノームのような機械的な動きでは奏者は見ない。予測不可能な生命的なふるまいがあると見てくれる。
上下の呼吸のような運動が見かけの生命性を助長する。やがて奏者はアンドロイドを見て演奏するようになり、アンドロイドは指揮者になる。
指揮者のアルゴリズムはアンドロイドだけで完結するのではなく、人間との相互作用において初めて完成するものでした。
ぼくは人工生命の研究をサイエンスだけで伝えようとは考えていないんです。研究発表や表現は、もっとなんというか個人的な欲求や、人とのつながりから生まれているんです。
渋谷さんとも、「面白いじゃん」とか、いろいろ話して考えていくうちにプロジェクトが進んでいきました。
・人工知能はトップダウンによる自動化
・人工生命はボトムアップによる自律化
編集長:
人工生命は、人工知能よりずっと先を行っているように感じます。人工知能も、自律を目指していますよね。
池上:
人工知能は自律性を目指していないんじゃないですか? 自動的に早く計算してくれるような“道具”をつくるものだから。
その点、人工生命は、自律性の研究から始まっている。こっちが求めても人間と相互作用しなかったり、人間が制御できなかったりする可能性があるものです。
編集長:
目的に合わせて知能を活用しようとするのが人工知能で、現象から読み解いていくのが人工生命?
池上:
そうですね。人の知性や言語を再現しようとする人工知能はトップダウン的なアプローチで、人工生命はボトムアップ的なアプローチだと僕らは言っています。
人工生命は生命と関係のある現象について理解を進めようとしていて、何か具体的な特定のものを説明しようとしてるわけではない。
編集長:
人工知能は、先生から見てどうですか?
池上:
自律化と自動化は違って、人工知能はやるべきことを自動的にやっている。
例えば地下鉄や飛行機は、自動的だけど自律的じゃない。自律的だと機械が意志決定をするようになり、人間が制御できない。
いまこれだけ複雑なシステムを自動化して動かしている世の中も、人工知能もすごいものです。逆に人類は犬と遊んだり、馬に乗ったりしてきた。その犬や馬の自律的な機械化なら人工生命というわけです。
人工生命は、次の世の中について考えている。人類史においてこれから大事になってくるのは、自律的、生命的なものだと思います。
編集長:
ちなみに、ドラえもんとか、鉄腕アトムは自律的なロボットと言えますか?
池上:
マンガだし、言えると思います(笑)。いうなれば、ドラえもんのポケットのなかにあるのは人工知能である器具です。
それらをどうのび太に渡そうか、自分で考えて動くのがドラえもんで、人工生命に近いものがありますね。
なるほど! 非常にわかりやすい説明です。ここで少しそれぞれの概念についてを整理してみましょう。
・人工生命:生命の研究/ボトムアップ/自律的
・人工知能:知能の研究/トップダウン/目的ありきの機能的、自動的
人間がボトルネックになっている
池上:
人工知能の世界をつきつめると、人間がボトルネックになっていることに気がつきます。
データの流れがあったとき、人間はそれを言葉や方程式にしたり、あるいはプログラムで形にしたり、さまざまな方法で可視化しないとわからない。
その点、コンピューターには“目”もないし可視化せずに直接データのやりとりができる。その分、新しい現象や定理を早く発見できたりする。
昔、量子力学が生まれたときに、波でも粒子でもない状態というのを人間は理解できなかった。だから、新たにQuantum量子という言葉をつくったわけです。
最初多くの人は、量子を波と粒子2つを合わせもったものとして理解しようとした。そうじゃなくて3番目の状態があるんだと言っても、それを受け入れられない。
そういうのもボトルネックで、AIだったら自然と新しい概念をつくって理解したりできるかもしれない。
コンピューターから出てくる数学の方が、人間がわかるメタファーでつくりあげる複雑な理論よりも、ストレートなんじゃないか。そこから人間が学ぶことは多いと思います。
廣瀬:
最初に見せてもらったチューリング・パターンのような現象があり、人間はそれが何なのか語れないからこそ、新しい言語をつくることを考えなきゃいけない。
池上:
まさにそうです。あるいは人工生命と人間が一緒になってつくっていく言語体系もあるかもしれない。そういうのは面白いと思います。
編集長:
僕らは人間ありきの言葉の世界にいるけれど、言葉自体も進化していく。それを人工生命と一緒につくっていけたらいですね。
言葉が生まれると、心のあり方が変わる
編集長:
人工生命が普及した社会はきっとこうなる、というビジョンはありますか?
池上:
よく聞かれるんですけど、僕もわからないです。いまの価値観と全然違っちゃうかもしれないですね。
能楽師・安田登さんが面白いことを言っていて、心という概念が生まれたのは、シュメール語に心という言葉が登場したからだ、と。それまでは心に関する記述はなかったというのです。
人工生命が、僕らがまだ気づいていない新たな「心のありようみたいなもの」を見せてくれればいいなと思っています。
人工知能は、時間と空間に対するスケールを、人間の知覚のスケールよりもずっと大きく拡張しましたよね。
人工生命はどこを変えていくのか考えてみると、いまある言葉では回収できないものがいっぱいある。つまり何かしらつくられるべき言葉がある。
いままで記述されなかったものが生まれて、みんながそれを使って話すようになることはあってもいいかな。
そうなると、ユートピアというか、理想の人生といったものも更新される可能性があります。
少なくとも、いま多くの日本人が抱く典型的な理想の人生、いい大学に入って稼げる職業に就き、何歳かで結婚して家庭を持って・・・というのは永続的ではない。
あえて言わなくても、社会はどんどん変わり始めているけど、人工生命が社会に増えたらもっと人間の考え方も変わり、幸せとかユートピアという考え方自体がシフトする。
「人工生命が普及した社会」というものが現実のものとなった場合、その状態を、今ある言葉では表現できないのかもしれない。池上先生のお話は、私たちにそんなことを示唆してくれます。
つづく
東京大学広域システム科学系教授
人工生命研究者・池上高志教授インタビュー
第1話 人工知能の先の世界をいく人工生命とは何か? Beyond AI
第2話 人工生命と人工知能は、何が違うのか?
第3話 企業が見るべき、人工知能の先にあること
第4話 人工生命がつくる、ほんとうのユートピア
吉田真緒
ライター、編集者。早稲田大学第二文学部卒業。編集制作会社勤務を経て2012年に独立。まちづくりやコミュニティ、美容・健康、ITなど幅広いテーマで取材、執筆をし、多数の媒体づくりに携わる。共著に『東川スタイル』(産学社)がある。
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