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館山
三月の頭に一週間ほど休暇が取れることになった夫は、一人旅を計画している。
車中泊も厭わず、行けるところまで車で行ってみようとまずは思い立ち、しかしこの冬のドカ雪、車となれば北関東すら危ういだろうから西進の一択で、ならばお伊勢参りで心身清めてから淡路島経由で徳島に入り、祖谷渓あたりの温泉で落武者気分で垢を落としたあとは、高知で海鮮三昧ってのはどうだろうと妄想はとめどもなく膨らんだ。
夫は自動車免許を取ってからまだ十年に満たなかった。伊勢までの道行きがどうにも不安で、YouTubeで東京から伊勢へ車で行くのを記録しただけの動画はないものかと検索すると、なんと、これが、ある。拝見して、往路自体は予想どおり難儀しそうにないが、肝心の伊勢観光の映像のところで、たちまち夫は出鼻をくじかれた。真冬の平日の昼前というのに、老若男女が参道の店々の前で行列を作っているのである。名物などには目もくれないとはいい条、行けば食おうとなるのが人情である。そのようなさもしさを図らずも惹起され、赤の他人と共有せざるを得なくなる事態が、まずもって夫には気ぶっせいだった。いっそ、人里離れた土地に何日と滞在したい心だった。そのくせ、何もありませんでは困る。多少高くついてもいい、見晴らしのいい静かで清潔な宿と、心身に染み入る香高き湯と、新鮮な旨いものは不可欠。Wi-Fiもなくてはならない。日中は観光などやらず、部屋にこもってタブレットで映画三昧なんてのはどうだろう。積読本のあれやこれやを片付けたっていい。酒は極力遠ざける。一人旅ではとかく深酒になりがちで、遠隔地ともなれば人恋しさの募りようといったら狂わんばかり、で、これが万事、躓きのもと。こちとら清らかでありたいのである。映画に本に飽きたら宿周辺を散策する。海辺もよろしい、奥山でもよろしい。自身の踏みしだく足元の枯れ草やら枯れ枝やらの音に耳を澄ましながら、ときならぬ鳥の啼き声に驚かされて、やれヒタキだメジロだヤマガラだと数えていく。あるかなきかの道に導かれてやがて苔むす岩肌を背に打ち捨てられたような祠に出くわし、殊勝らしく手を合わせ、深々とこうべを垂れる。家人らの無病息災を祈る。振り返れば、いましも海に没しようとする夕陽が、西の最果てで腐りかけの蜜柑のように滲んでいる。要は、孤独を侘びしみたいのである。人混みのなかの孤独などは御免こうむる。……というわけで、夫のお初のお伊勢参りはこうして頓挫するに至った。
北進、西進が叶わぬなら、南進もしくは東進ということになる。どうせなら未踏の土地(県)へ行きたいが、南進東進ではそれは叶わないわけだがそれでかまわなかった。いつか夫の心は房総半島の南端に向かった。房総半島といえば、川崎長太郎の富津がある。なんでまた若い時分、川崎長太郎なんぞ貪り読んだものだろう。書店に並んでいるものならほとんど読んだはずだが、何ひとつ覚えていない。あるいはこうして駄文を書き散らす己が文体に、自ずと影を落としているやも知れない。しかしもう、そんなことは知らん知らんで、心は富津を越え、富浦を越え、その先の館山にあった。
館山。
聞いたことならある。
南総里見八犬伝。里見の殿様の館山城。むろん曲亭馬琴のそれをひもといたにあらず、読んだのは山田風太郎の八犬伝、馬琴と北斎のやりとりと八犬伝の中身とが交互にくる構成で、あんな面白く痛快な小説もほかにない。あれを夫に教えたのは金井美恵子。役所広司と内野聖陽で最近映画化されたようだがどうも見る気がしない、しかし評価は高いのらしい。房総半島なんてのは、暴走族と絡めて子どもの時分覚えたものだったが、子どもの時分といえば、地図で見る日本列島の形は青地に浮かび上がる恐竜の化石のようで、北海道は頭部、房総半島は陰部にあたり、以来それはそれとしか思われず、館山は皮被りの突先の余剰の部分に位置して、夫は物心ついてから自分のナニの先にホクロがあるのを見つけて、オレには館山がついているなどとひとり嘯いたものだった。後年、ナニにホクロがあるのは女難の相の現れと何かの本で知って、高校生の時分、面映いような誇らしいような気持ちで友達に打ち明けると、俺にも三個ある、裏筋を含めればあわせて五個、どんな女難が待ってるものだろうとたちまち夢心地になられ、その醜いニキビ面を見るにつけ、すこぶる興醒めだったのを思い出す。
館山といえばそんなところ。未踏の土地といえばそうではある。さっそくYouTubeで下調べをしようと思い立ち、よした。まず距離の近さが、不測の事態に対する不安を掻き立てなかった。そして、南端に身を置くということ、三方を絶海にさらすということの想像が、もうそれだけで夫の孤独の侘びしみを保証するようなもので、三月の頭に観光客で賑わうとは思えないし、仮に賑わうとしても、必ずや身ひとつで自然に対峙する機会はあろうと楽観された。いずれにせよ、ホンモノを目の前にして、写真やら動画やらで形成される先入見と引き比べるような愚は犯すまい。真夜中に海に向かえば、空へ投網をしたような金銀砂子が頭上あまねく覆うだろう。そう、この事前の想像、妄想こそ旅の醍醐味のはずで、お伊勢参りは不意にしたけれども、いまや夫にとって房総半島とはすなわち妄想半島だった。
年季の入った鄙びた旅館を所望していたはずが、それは三方をシームレスのガラスがめぐる内湯で、浴槽も床も天井も黄金に輝く総檜の真新しさ、天井板はぶち抜かれ、剥き出しの梁はいわゆる丸太梁で、濛々と上がる湯気越しに見上げると大蛇もかくやのうねり腹を見せて圧巻の一言と夫はいった。朝か夕かは定かならず、湯口からとめどもなく湯は浴槽へ注がれて、浴槽の縁から飴のように溢れ出る、東を向けばさざなみ立つ海原に浮舟も浮島もなくただただ赤く染まり、涯てから空は赤は赤でも臙脂、蘇芳、海老、真紅、茜、柘榴、紅葉、珊瑚とグラデーションをなし、西を向けば堂々たる赤富士、裾野を長く伸ばして水平線と一になる。目の眩むような高みで湯に浸かりながら、さながら海を統べる神の如くであったと夫は語るのだった。
「お食事は、どうでした」妻が訊く。
「たらふく食った。海の幸を」
「それは、よござんした」
「しかし魚介は、そうたくさん食べられるものでないね」
「お連れの方は」
「連れはもとよりいないが、どういうわけか部屋をひっきりなしに女たちに訪われて、これがなかなか帰ろうとしなかった」
「うんと可愛がって差し上げて」
「そうね。向こうの気の済むまで気を吐いて、やがて腹が膨れ始めると、こちらが泥のように眠る間に、サヨナラも言わずに去っていった。薄情な女たちだった。二十人が二十人ともが」
「いまごろは、ひっそりとどこかで子を産んでるのでしょうね」
「違いない。神とはかくも孤独だから」
月一の茶話会に妻はこの話を土産に持っていって、案の定、女たちからは囂々顰蹙を買った。
「そろそろ子どもたちの顔を拝みに行脚するなんていいだしかねないわね」誰かがいうと、
「もうとっくにいいだしてる」こともなげに妻はいった。
「財産分与の話だったりして」
「あの人に、財産なんて呼べるもの、あるわけないじゃない」
「急にこられても困る。あの人の好みなんて、うち、とうに忘れてしまったし」
「鰻よ、鰻。鰻を出しときゃまちがいない」
「まさか。鰻はむしろきらいだった。白焼きはどうでも、蒲焼みたいな甘辛い味付けは、どうもと。無類の鰻好きは、あの人の父親」
「なにいってるの。あの人、甘党も甘党だったじゃない。お酒は一滴もやらない下戸で」
「まさか」
「そのまさかよ」
やいのやいのとはじまって、女たちは女たちの人数だけ主張があり、銘々が譲らなかった。すると妻がエヘンと咳払い、
「みんなしてそうやってしらばっくれてからに。その膨腹はどう説明すんのさ。もうとうにあの人に間男されてんだろ。あんたたち、還暦過ぎて、みっともないったらありゃしない」
「妻だからって、威張るなよ」
「そうだ、そうだ、威張るな、威張るな」
いいながら、愛おしげに膨らんだ腹をさすり、さすり、さすりながら、誰からともなくエヘエヘエヘエヘ……笑い出し、やがて笑いは右巻きの渦をなしまして、まさに渦中へ妻は呑み込まれてしまわれる。
「ねえ。パパは三月に一人旅、ほんとに行くのかな」次女が訊く。
「YouTubeは」妻が訊き返す。
「最近は熊野古道ばっか」
「ああ。やっぱり、どっか、ちはやぶりたい気分なんだね」
居間のテレビで視聴可能なYouTubeが夫のアカウント経由なので、夫が視聴したものは家族に筒抜けなのである。ここ一週間の動画の履歴は、伊勢参りから始まって早々に館山グルメツアーに移り、昨日今日はもっぱら熊野古道の辺路案内だと次女は教えた。
古道。参詣道。杉木立のなかの山道か。あるいは集落から集落へ、点と点を結ぶ平坦路か。文明の発展。妻はつぶやいてみる。文明の発展。宅地造成。インフラ整備。道路拡張。アスファルトによる舗装。コンクリートによる舗装。剥き出しの土を忌避すること。土から生まれ出る草木は絶え、草木に憩う鳥や虫や獣やは駆逐され、大風に砂塵ひとつ舞わぬ清潔の街に、それでもうっすら浮かびあがる二河白道のような道がある、と。火の河と、水の河との境をなす道が。道をゆくというよりは渡るといった風情の夫の背中が、ふと見えた気がした。
「人はいつか死ぬわ。こんな当たり前のこと、晴れやかに受け入れなければ」
そういって、頬にかかる次女の後れ毛を、指の背でそっと払った。