バックロードホーンに好適なフルレンジ
バックロードに好適なフルレンジとは?
司会 今回のテーマは「バックロードホーンに好適なフルレンジとは?」です。バックロードホーンにはどんなユニットを使ったら良いのか? という問いについてはいかがでしょうか。
炭山 エンクロージャーの設計の仕方によってはどのようなユニットでもバックロードホーンで使うことは可能です。それでもバックロードホーン向きのユニット、そこそこ使えるユニット、あまり向いていないユニットはあります。そういう意味ではマグネットが大きくて、振動板が軽くて、感度の高いフルレンジユニットが良いですね。フォステクスの FE-NV、FE-NS、FE-EΣ の他、時々出てくるバックロードホーン用の限定ユニットということになるでしょうか。
司会 フォステクスのラインナップにはレギュラーの FE シリーズがあるわけですが、バックロードホーン用の限定フルレンジユニットが定番のようになっています。これまでにも色々なものが発売されてきています。
限定モデルの歴史と「スーパースワン」の誕生
乙訓 限定モデル以前のバックロードホーン向け 10cm フルレンジとしては次のようなモデルがあります。
FE103Σ:FE103 をベースにフェライト磁石を2枚重ねに強化したもの
FE106Σ:FE103Σ のフレームがダイキャストに
FE108Σ:フレームが丸型ダイキャストフレームに
乙訓 丸型ダイキャストフレームができたことで、フレームの剛性が向上。バッフル面としっかり密着することの効果もあります。さらに磁石を φ100 まで大型化できることから、ついに巨大マグネットの限定モデルが誕生することになります。そこで1992年6月、登場するのが FE108Super です。
炭山 FMfan 1992年12号 ですね。
乙訓 丸型フレームは2個並べる時に近接配置出来ないので社内でも抵抗がありました。
炭山 20cm フルレンジですが、長岡先生の D-7 (角形フレームの 20cm フルレンジを横に2個並べたバックロードホーン。ユニットを近接配置しているため、そのまま丸型フレームに交換することはできない。)で使えなくなることで多くの方が泣いたと思います。
乙訓 そうなんです。20cm を2個つけた長岡先生のバックロードのシリーズがあるので反対意見もありました。しかしより進歩させるために丸型への変更に踏み切ることになりました。まずは20cm、その流れで10cm も丸形フレームになりました。
丸型フレームの設計当初は、現在と違ったネジ穴のピッチで設計が進んでいたのですが、やはり継続して使って頂けるようにFE103 や FE106Σ と同じ PCD φ115に揃える様に軌道修正しました。
炭山 それで FE103 から FE108系統までネジ穴は互換性が保たれるわけですね。
乙訓 FE106Σ のマグネットは φ80。 当時は磁気回路をダンプする様にゴム製のカバーが付いていたので、これを外せばマグネットをワンランク、φ90までは大きくすることができました。FP103 というモデルがそのサイズのマグネットを使っていましたが、10cm ユニットでマグネット φ90 というのは普通に考えれば限界です。そんなときに FF125(12cm フルレンジ)のマグネットが φ90 から φ100 に変わって人気が急上昇しました。そんな経緯もあって、丸型フレームになった FE108 系統に φ100 のマグネットを搭載する検討を私が担当して行う事になりました。これが FE108Super が誕生するきっかけですね。
この情報は長岡先生のところにも届きまして、先程の FMfan の記事に至るというわけです。
司会「スーパースワン」の誕生ですね。 *長岡鉄男氏が設計した 10cm フルレンジによるバックロードホーン「スワン」の第4世代。自作スピーカーの金字塔。
炭山 長岡先生から当時私のいた編集部に連絡があったんだと思います。当時の長岡先生の担当者が忙しくて、私に「炭山君やらないか?」と。「やります!やります!」ということで私が「スーパースワン」の記事の担当になりました。
乙訓 当時の私は一設計担当者でしたので、スーパースワンができる経緯などは知りませんでした。当時の営業担当者からは「そのサイズで出来るのなら作れ。(長岡先生のところに)持っていってみるから」と言われました。のちに長岡さんの著書で「フォステクスから FE108Super ができるという情報があり、俄然やる気になった」と書いてあるのを見て、自分の担当したモデルが「スーパースワン」ができるきっかけになっていたことを知りました。
司会 スーパースワンと長岡先生を中心として、今この場にいる炭山さんと乙訓さんが一緒に動いていたわけですね。
炭山 全く違うところで同じ頂きに向けて動いてる。
司会 乙訓さんが FE108Super を構想して、その情報によって長岡先生がスーパースワンを作りたいというモードに。その情報が編集部を経由して炭山さんに行き、炭山さんが担当した記事でスーパースワンが世に出たということですね。乙訓さんはその後他の部門を経由して、またフォステクスに戻ってきました。そして今また限定モデルの FE168SS-HP などを設計しているわけです。炭山さんもたくさんのバックロードホーンを発表しておられます。
炭山 今では鳥型バックロードホーンの伝道師のようになってしまいました。
司会 乙訓さんは FE108Super を設計された後はどのようなモデルを手掛けたんですか?
乙訓 限定モデルだと BC10 というモデルがありました。レギュラーモデルだと S100 というモデルも担当しています。どちらも FE108Super と同じ丸型ダイキャストフレームを使った 10cm フルレンジです。S100 は振動板に軽さよりも「剛性」を求めています。FE108Super とは逆の方向ですね。それによって出てくる「正しい音」というコンセプトです。この方向性と FE108Super のような「振動板の軽さと大きな磁気回路」という方向性とをバランスさせているのが近年のモデルという感じです。軽くするためにある程度剛性が犠牲になっている10cm フルレンジの振動板をどう動かすかというアプローチに対して、S100 では硬くてしっかりしてくじけない振動板ならどうするかというアプローチでした。ボイスコイルは FE108Super は φ20mm ですが S100 では φ25mm としています。そうすると低域の急激な信号が入ってきてもくじけることがありません。
炭山 S100 は馬力があるというよりはクールだったイメージでした。
乙訓 10cm ですがピアノの左手の音が強く入力されてもくじけないというところを目指しました。振動板が丈夫だったので、社内便で封筒に入れて送ることができました。(バックロードホーン用フルレンジの振動板の剛性では潰れてしまう)
炭山 BC10 はアルニコの壺型ヨークですごいマグネットでした。
乙訓 BC10 は振動板にバイオダイナを採用したモデルです。バイオダイナにアラミドとマイカも入れています。
炭山 確かにマイカのキラキラした感じはありました。
乙訓 BC10 はフォステクス 20周年の限定モデルとして発売されました。
炭山 FMfan で長岡先生にバックロードホーンを作って頂いたんですが大失敗でした。
乙訓 バックロード向きではないですね。
炭山 そのエンクロージャーに FE103 をつけたらバンバン鳴っちゃって。D-120(ファンファーレ)として発表されたモデルで、指定ユニットは FE103 になってます。(FMfan 1993年 7号)
司会 S100 は振動板がグレーなのでシアター向けということで長岡先生のモデルでは AV の型番でいくつかありますね。
乙訓 アラミド繊維を主体にした振動板ですので、当初は黄色くしたかったのですが、販売店からの評判は良くなかったです。
炭山 その当時もう黄色い振動板のスピーカーはありましたよね?
乙訓 そうなんですが、自作のお店で売れなそうもないものではダメだと考えました。BC10 以降はしばらく限定ユニットには直接関わっていないです。フォスター電機本体でテレビや Hi-Fi など他メーカーのスピーカーを担当して鍛えられました。年の半分くらいは海外出張です。1998年には中国赴任しています。
【その後の限定 10cm バックロードホーン向けフルレンジ(FE108系統)】
1995年12月 6N-FE108S
1998年12月 6N-FE108ES
2001年3月,11月 FE108ESⅡ
2010年3月 FE103En-S
2015年12月 FE108-Sol
乙訓 2005年ころからは赴任先の任務も落ち着いてきて、フォステクスの商品にも少し関わり始めています。この頃に限定発売された T90A-EX は磁気回路の設計は私が行いました。純マグネシウムダイアフラムのホーンツィーターです。その後T250D(25mm 純マグネシウムダイアフラムのツィーター)も設計しました。
炭山 この頃から純マグネシウムが採用され始めていますね。
乙訓 T250D の巨大な磁気回路を設計しました。
炭山 T250D はあのいかつい見た目からは考えられない艶やかで綺麗な音ですよね。
乙訓 その後の10cmフルレンジの限定ユニットは FE103En-S(2010年)、現時点で最新の FE108-Sol(2015年) と発売されます。FE108-Sol はいいところにハマったユニットだと思います。
炭山 FE103En-S は割と優しい音だったんですが、FE108-Sol は本領発揮の音でしたね。
乙訓 FE108-Sol の前に FE103-Sol(FE103 の二層抄紙モデル)が出ていて、バックロードホーン用の「Sol」も欲しいねとなったんです。
司会 FE103-Sol は大ヒットでしたから。
炭山 FE103-Sol は 16Ω バージョンが出たので、MX-1 と MX-10(いずれも長岡氏設計のマトリックススピーカー。ユニットはかつて存在した FE103 の 16Ω バージョンが指定されており、通常の8Ω ユニットではトータルインピーダンスが低くなってしまうことから作るためには 16Ω の FE103 が必要だった。)を雑誌社に作ってもらいました。FE103-Sol は本当にいい音でした。私も「鳥型」バックロードホーンの「カモハクチョウ」を作りました。そこに置いてあります。
乙訓 FE108-Sol では FE103-Sol でやったことの良さを損なわないようにしました。振動板は FE103-Sol と同じものを使っています。FE103-Sol と FE108-Sol はフレームが違いますから、ガスケットなどはそのまま使うことはできません。103 での良さを損なわないようにダイキャストフレームに収めるための工夫がなされています。
炭山 FE108-Sol といえば、ある高名な指揮者の方にオーディオシステムのご相談を受けていた時のエピソードがあります。Fostex GX100(10cm ウーハー搭載の 2way モデル)を聴いて「僕の知っているバイオリンの音がします」と気に入っておられたんですが、「コントラバスの音があまり聴こえない」ということで、二子玉川のフォステクスのショールーム(当時)にサブウーハーを試聴しに行ったんです。CW250B(現行品は CW250D)はそれまでに試聴していた他のモデルよりはいいけれども、やっぱり「僕の知っているコントラバスの音ではない」と。そこでショールームにあったスーパースワン(FE108-Sol 搭載)を聴いて頂いたんです。すぐに「これは作っていただけるんですか?」となりました。
乙訓 FE108-Sol は開発中に普通の(CW型の)バックロードホーンで聴いていて、低音が今ひとつで煮え切らない感じでしたが、ダンパーを変えることによって良くなりました。
炭山 FE108-Sol は歴史に残りましたね。
乙訓 売り切れてしまって、オークションサイトでかなり高価になったりしたようです。
炭山 なんでもっと作ってくれないんだろうと思いました。
司会 5年以上経った今でも「再発されないんですか?」という声を聞くことがあります。
炭山 いつか出るから待ってなさいとしか言えないですよね。
乙訓 形は最初の FE108Super と同じです。振動板の形状も同じなんですが、かなり進化しています。
炭山 そうですね。FE108Super と似た形状のユニットだと 6N-FE108ES(1998年)がありましたが、どちらかと言えばしなやかな振動板だったと思います。FE108-Sol の方が馬力があって FE108Super には近い印象です。
乙訓 6N-FE108ES から FE108ESII になった時に振動板が HP形状になって外観が大幅に変わりました。その後またカーブドコーンの FE103En-S や FE108-Sol が発売されているという流れです。
司会 そんな流れの中で今後「こんなユニットがあったらいい」というのはありますか?
炭山 FE168SS-HP の他の口径があるといいですね。16cm が出たんですから次は 20cm か 10cm なのでは?
司会 そうですね。フォステクスは突如予想と反する商品を出したりすることがあると思います。例えば FE108NS はそれまでのドーム型のセンターキャップが採用されるだろうという予想に反して突然サブコーンをつけてきたりします。そうなると FE168SS-HP の単なる拡大版/縮小版にはならないこともあるかもしれません。その辺の発想を自由にした時に何か期待するようなことはありますか?
炭山 20cmの Sol(FE208-Sol)よりも陰影が深くてコクのある音が 16cm(FE168SS-HP)で出ているんですよ。この特徴を例えば 10cm でそのまま持っていたらそれはとてつもないユニットになると思いますよ。
乙訓 だいぶ無茶言いますね(笑)
炭山 そういう 10cm が出たら FE108-Sol を超える伝説になる可能性があると思います。
司会 長年この世界に携わっていらした炭山さんのご要望ですからマーケットの期待する部分とも合致度も高いのかなという気がします。
炭山 FE168SS-HP の音を聴いたことがない人でもこれの 108 バージョン だったら欲しいという人はたくさんいると思います。FE168SS-HP で私が味わっているこの音の世界を、例えばスーパースワンをお使いの方々に追体験してもらうことができればそれは新しい時代の幕開けになるのではないでしょうか。
乙訓 カーブドコーンと HP形状 にはそれぞれの良さ、それぞれの特長があります。互いに相手の音は出ないんです。優劣をつけてこっちがいいというものではありません。新しいものを作るときは前のものよりも良くしようという気持ちはありますけれども。形の違いは如何ともし難いです。カーブドコーンにサブコーンというもの(FE108NS)から出てくる音響出力は独特のものです。次に「これよりもさらに」となった時にはこの先に何かがあるわけです。FE168SS-HP でやりたかった振動板の剛性の確保、共振の分散、さらにはアップダウンロールタンジェンシャルのエッジとダンパーによる制動性。この3つの武器を使って実現できるフルレンジの音響性能は FE108NS の方向性とは異なるわけです。ですからその異なる方向性(FE168SS-HP で実現した方向性)を極めたいという気持ちはあります。2001年の FE108ESII の次の一歩をこれまで蓄積した技術を発揮して実現したいですね。
炭山 FE108ESII は器が大きすぎた印象があります。スーパースワンにつけると狭っ苦しいところがある鳴りっぷりになっていました。105% サイズのスワン、当時の消費税率から「スワン+消費税」なんてものも作ったことがあります。
できれば普通サイズのスーパースワンにそのままのっけられるものがあると良いなと思います。
司会 ありがとうございます。フルレンジについて盛りだくさんの対談になりました。また機会があれば今回出た内容の各論についてもより掘り下げた内容でお話できると良いですね。本日は長時間にわたりありがとうございました。