バックロードホーンエンクロージャーのススメ
炭山アキラ氏オリジナル「レス」で
「FE108NS」を聴く
司会 前回はバスレフで FE103NV や FE108NS の質の良さを味わいました。今回は炭山さんオリジナルのバックロードホーン型エンクロージャー「レス*」にFE108NS を入れて、バックロードホーンを聴いてみたいと思います。
*初出『オーディオ超絶音源探検隊』(音楽之友社)P.117〜 ※詳細はそちらの雑誌にてご確認ください
炭山 この「レス」は FE108NS 用に設計したバックロードホーン型スピーカーです。直管の連続で構成されているので作るのもとても簡単です。片チャンネルで板材は 12 枚しか使いません。
司会 板材はサブロク1枚半で2台できるようですね。早速聴いてみましょう。
【炭山アキラさんの試聴曲は次の通り】(前回と同じ)
レスピーギ: ローマ三部作より、「ローマの祭り」
ジョアン・ファレッタ指揮/バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団
ナクソス(ハイレゾ)
https://www.e-onkyo.com/music/album/naxs8574013/
The Best Of Fourplayより、Chant
https://www.e-onkyo.com/music/album/evsa964sd/
ザ・ダイアログより、ダイアログ・ウィズ・バス
https://www.e-onkyo.com/music/album/ovxa00008/
スコット・リー/マングローブのトンネルを抜けてより第8曲
Floating Away
https://www.e-onkyo.com/music/album/nxa690277900112/
井筒香奈江/Another AnswerよりSing, Sing, Sing
JellyfishLB LB053
炭山 井筒かなえさんの声だけ少し胴間声を感じてしまいます。
乙訓 炭山さんはご自身の作品なので批判的な見方をされていますが、バスレフからバックロードに換えると、「やっぱりバックロードいいよね!」と感じますね。それが第一印象です。
炭山 これは私の持論でもあるので色々なところに書いているんですが、磁気回路が強力で振動板が軽くて、適切に設計されたフルレンジは、「ものすごいハイスピードで、切れ味が鋭くて、高解像度で、高域に向けてワイドレンジで、どこまでも伸びやかで、音離れが良くて…ただし低域が出ない。」それにどうにかこうにか何とかしてユニットの後ろの音を使って低域の音を付け加えるためにこんなデッカくて複雑なバックロードホーンを作るんだと。バックロードホーンを知らない方向けにはそのように解説しています。
乙訓 そうですね。どのように伝えるかは大事だと思います。バスレフで使っていても特に不満は感じないわけですし。良い状態のバックロードホーンを聴けば皆さんにその良さがを理解して頂けると思うんですが、ただただ激しい音だとか、あまり調整状態の良くないものなどを聴いてしまうと「バックロードを使ってみよう」とはなりにくいかもしれません。良い状態のものをいかにして聴いて頂くかを考えなければなりません。また不得意な部分がったとしても、それをどうすると良くなるのかというところもお見せしたいですね。
司会 「レス」はこのくらいの簡単さでこれだけの音が出るというのは、入門として素晴らしいですね。
炭山 手前味噌ではありますが我ながら良い入口になるものが出来たと思っています。
乙訓 ちょっと私が持ってきたソフトも聴かせてください。
【フォステクス 乙訓の試聴曲は次の通り】
Level 42/ Level 42 より ”Almost There” ほか
Universal
マリーン/デジャ・ヴー より “DEJA VU”
Sony
Clark Terry/Portraits より “Autumn Leaves” ほか
Chesky Records
炭山 いっぺんに帯域バランスが整うんですよね。
乙訓 「バスレフでは低域がもっと欲しかったね。」ということがバックロードホーンを聴くことによって感じます。バスレフでも良かったのですが、ちゃんと低域が出るのって良いよね、と。何をこれ以上望む?という帯域まで再生できています。もちろんこれ以上が無いわけではありませんが、これは 10cm フルレンジですから。
炭山 10cm のフルレンジ1個で 50Hz くらいまでは楽に再生できています。バックロードホーンに向いたユニットでないとこの大きさのバックロードホーンに入れてしまうとモゴモゴ/ポコポコいってしまいます。FE108NS では結構良いバランスで鳴ってくれていると思います。作った時はこんなに小さくて大丈夫なのか? とも思ったんですが。(外径寸法 w160 × h900 × d 275)
乙訓 結構大きいですが(笑) バックロードホーンとしては小さいのですが、一般家庭で使うには大きいと思います。
炭山 10cm フルレンジ1個にこの大きさの箱というのはバックロードホーン以外ではあまり無いですね。
乙訓 スタンドを使うことを考えると実は占有面積は小型ブックシェルフとそれほど変わりませんが、家の中に大きいものがある、という圧迫感が無いわけではありませんが。
炭山 威圧感はどうしても「スタンド+ブックシェルフ」よりはありますね。
乙訓 先ほど炭山さんは特定の歌声で鳴るとおっしゃっていました。今はエンクロージャーにドライバーを取り付けただけで吸音材などは使用されていないと思いますが、お使いになる方はご自身で調整して問題だと感じる点に対処することもできると思います。
炭山 ほんのわずか吸音材を入れるだけでガラっと変わってしまう可能性もあると思います。
乙訓 そうですね。長いホーンの共鳴による低域のクセのある音はあまり聴こえなかったです。これは環境の影響も受けるのですが、よく言われるような「バックロードホーンってホーンクサいんじゃない?」というような低域のクサさはあまり感じませんでした。ドライバーが原因でモゴモゴしていると、バックロードホーンでは使えないということもあります。バックロードホーン用ドライバーというのは「強力無比」ということ以外に、バックロードホーンに乗せた時に、大きな共鳴によってボンボンいわない特性であることも必要です。Q も大事ですけれども Qだけでもないんです。
炭山 Q だけでもないという部分については私でも良くわかっていないです。
乙訓 Q は測定の結果です。インピーダンスカーブの形から算出され、ピークの尖り具合で決まります。またQの計算には含まれないインピーダンスカーブの裾野部分の挙動が音響性能に現れることがあるわけです。バックロードホーンに入れて「低域がホーンくさいな」という場合は支持系の設計が影響していることがあると思います。それと中高域以上の音の出方もあります。全てが影響しあって、そう感じてしまうような状態になります。
炭山 日曜大工設計者としては、音道に一定の長さの折り返しが続かないよう出来るだけ長さを変えるようにしています。同じ長さを繰り返すと、特定の気柱共振の音が乗ってくることがあります。
乙訓 そこはまさにその通りですね。同じ長さの管だとその長さの共振周波数ばかりが強調されてしまいます。違う長さになっていた方が分散されます。
司会 「レス」はバックロードとしてはシンプルですけども、入門者向けにバックロードホーンの利点はなんですか?と問われた場合、先ほど利点としてあげていただいたこと以外に付け加えるようなことはありますか?
炭山 一般的なバスレフの箱よりも制作の難易度は上がってしまうと思います。その分達成感という意味ではバスレフよりも絶対にあると思います。
乙訓 バックロードホーンは大掛かりですけれどもバスレフではここの境地までは達せないですね。かと言って難しいので上手くいかないということはあるかもしれません。そのような方へのサポートはメーカーとしても必要ですね。
司会 バスレフの場合はパラメーターからある程度は「最適値」のようなものが出てしまいます。作例もはっきりとこの容積で、この共振周波数でというように数値が明確です。自分でアレンジしてもそこまで大幅に変化するようなことは少ない気がします。
炭山「かんすぴ」なんて内容積から共振周波数まで全て公開していますね。
バックロードホーンはどうやって設計する?
司会 バスレフの場合は自分で考えても作りやすいですし、既にあるものを応用するのも比較的簡単にできると思います。一方でバックロードホーンを作ろうと思った場合、最初は公開されて実績のあるものを作れば良いわけですが、自分でオリジナルのバックロードホーンを作ってみようと思った時はどうすればよいのでしょう?
炭山 私が初心者だったころにどのようにバックロードホーンを設計したかといえば、長岡先生の著書を参考にしました。当初は『続・オーディオ日曜大工』(音楽之友社)でしたね。
乙訓 私は NHK出版の本だったかな?そこに掲載されていたスパイラルホーン(中央から外側に向かって渦巻き状にホーンが展開されていくバックロードホーン。長岡鉄男氏が「スパイラルホーン」と名付けた)の記事を見て参考にしました。
司会 ちなみに私の場合は『こんなスピーカー見たことない』(音楽之友社)です。みんな長岡先生の著書がスタートなんですね。(笑) そうなると今の人たちはどうすればいいんでしょうか…
炭山 『続・オーディオ日曜大工』が復刊されれば一番良いのでしょうが、それを言ってしまうと身も蓋もありませんね。
乙訓 今いる我々が準備するしかないのでしょうね。
炭山 ホーンの開口率のようなものは Excel で簡単に計算することができます。その点は昔よりも便利です。
乙訓 私は方眼紙に書いていました。
司会 方眼紙に綺麗なホーンを手書きしてそこから数字を割り出していく方法でも意外とうまくいくと聞いたことがあります。
炭山 そうですね。はっきり言ってしまえば、ちょっとやそっとズレていても問題ありません。私の作例に対して熱心な読者から理想的なホーンとのズレについてご指摘を受けるようなこともあります。
司会 若い方ほど「こんな感じでいいんだよ」という部分が受け入れられにくい気がします。そういう意味ではある程度は明確に示すことも必要なのかもしれません。ただ、正確に理論通りに作ってしまうと、実際あまり良く無いものができてしまったり…
炭山 最後はヤマカンだったりすることもあったりします。以前この箱でこうだったからバックキャビティはこのくらいで良いだろうとか、開口率とかスロートはこのくらいだろうとか。
司会 そこが初心者にも分かりやすいようにベテランの方のノウハウを上手く伝えられれば良いですね。過度に感覚的にならないように、かつあまりにも理論とかけ離れないように、塩梅の良い伝え方ができると良いですね。
炭山 ではごく大まかに計算できる部分を紹介したいと思います。
バックキャビティ(空気室) 密閉箱の設計で Q0c が 1.0 を超えないようにする。(0.7 とかである必要はない)
スロートの断面積 バックロードホーン用のユニット(NS シリーズや EΣ シリーズ)の場合は振動板面積の 70%~90%。80%くらいが多い。
ホーン長 できれば 1.5m 以上。1m で切ってサブウーハー(長岡式 DRW など)を加えた方が良い場合もある。
開口面積 バックロードホーン用ユニットの場合スロート断面積の 10 倍くらい
炭山 だいたいこんなところでしょうか。
乙訓 こういう指針があると全然違うと思いますよ。「エクスポネンシャルホーンの計算をしてください」ということではなくて、実際に実践してこられた方じゃないと出てこない数字だと思います。
炭山 バックロードホーン向きとは言えないようなユニットを使ってバックロードホーンを作ることもあります。その場合は自ずとバックキャビティが大きくなります。スロート断面積は振動板面積の 30%〜50%、開口面積は振動板面積の2倍程度にしてしまうこともあります。
司会 そのような指針は本当に助かると思います。バックロードホーンは理論通りにやるとものすごい大きさになってしまうので結局は途中で切って使うことになります。そうするとその時点で理論からは外れてしまうことになります。ホーンの開口に近いところは少し拡がり率を上げてみようとか、そういう感覚はたくさん作った人でないとなかなかわからない部分だと思います。
炭山 途中でホーンの拡がり率が変わっても大丈夫なわけです。メーカー製でもカスケードホーンというのがあるわけですし。一番ダメなのは「これじゃあダメじゃないか?」と手が止まってしまうこと。作ってみればいいんです。
司会 長岡先生も結構自己流の目安があったりします。スロートの絞り率を求める独自の式もあったりしました。あの通りやると結構良いものができます。
乙訓 「筆者は公式も自作するのである」とあった気がします。そこは実績を積んだ上で導かれた式ですから確かなものでしょう。
司会 フォステクスも f0 などのスペックからホーン長やスロートの絞り率を導き出す式を『クラフトハンドブック』(かつてフォステクスが発行していた小冊子)に掲載していました。長岡先生の式、炭山さんの式、フォステクスの式、いろいろ試して自分に合ったものを見つけるというのも良いのかもしれません。
炭山 いろんなものを試していったところに自分の結論が出てくるのだと思います。
吸音材をどう使う?
乙訓 エンクロージャーができ上がって、最初に鳴らした時はまず良い音はしません。組み終わった直後はまだエンクロージャーが落ち着いていない状態です。それはメーカーが作ったエンクロージャーも同じです。そこでガッカリせずにしばらく様子をみて欲しいと思います。だんだんまともな音になっていくはずです。落ち着いてきたら調整を始めます。自分の好み(使用環境や聴く曲等も含む)に吸音材等を用いて合わせていくのが「調整」です。もちろん吸音材は一切使わないというやり方もあります。自分が欲しいのがどのような音かを明確にして、そのような音を作る。それこそ、フォステクスがかつて掲げていた “My Original Sound” ということになります。同じドライバーを買ってきても自分が好きなようにできるということです。大変かもしれませんし工夫もいるのですが。
炭山 吸音材と言えば、メーカー製のスピーカーシステムにはほぼ 100% 吸音材は使われています。使うのが当たり前、さらには「使わなければいけない」と考えている人も多いと思います。
乙訓 「使わなければいけない」ではなく、使った方が良くなる時は使います。
炭山 使った方がいい場合があるよということですね。
乙訓 そうです。使わずに済ませる良さもあります。自作の場合使った方が自分の好みに合うときは使えば良いと思います。私の場合、フォステクスの G シリーズや GX シリーズを開発したときは使わない状態よりも使った状態の方がお客様に満足いただけると考えたから使ったわけです。それでも使う量は必要最低限です。いかに少なく効率的に効かせるかということです。入れ過ぎてしまえばどんどんつまらない音になっていきます。
炭山 そうですね。
乙訓 「吸音材」というくらいですから。量感が減って、質感が落ちて、単調になる方向です。
炭山 結構腕利きの自作ファンの方にも、吸音材はスピーカーの裏側(エンクロージャーの中)に使うものだから表から出てくる音には影響しないとお考えの方がいらっしゃるようです。
乙訓 ドライバーがついているエンクロージャーで最も弱いのは振動板ですから振動板を通過してくるエンクロージャー内部の音は大きいですよ。振動板は前と後ろで同じ大きさの音を発しているので、エンクロージャー内部の音はかなり大きいんです。それが薄い振動板を通して聴こえないはずはありません。
炭山 エッジも薄いですしね。
乙訓 エンクロージャーの中のかなり大きな音を聴いているわけですから、その中の音が吸音材によってどうなるかということは再生音に大きく影響します。漏れ聴こえる音が問題なければそのまま聴けばよいです。そこに自身が求めている音との差異があるのであれば調整すれば良いと思います。吸音材は絶対に必要ということではないですが、使った方が良い結果が得られるのであれば、使えば良いと思います。
入れ過ぎてつまらなくなるというのは主観の問題ですから、それぞれが判断すれば良いと思います。「ドン!」という音が好きな人もいれば「ドォン」という音が好きな方もいるわけです。
炭山 ロックのセットドラムの中に大量に吸音材が入っていることもありますね。
乙訓 完成品のスピーカーシステムを開発するときは最大公約数を目指します。できるだけ多くの人が聴いて「いいね」となる状態です。自作の場合は自身が良ければそれで良いわけですからそこに特化したチューニングをすれば良いわけです。吸音材によるチューニングについてはまた別の機会に説明したいと思います。
司会 炭山さんはご自身で設計されたバックロードホーンを作ることが多いので吸音材が無い状態でご自身が良しとする状態のものを設計出来てしまいそうです。
炭山 吸音材を使ったバックロードホーンを作ったことがないですね。
乙訓 吸音材を使って何かを失うよりはそのまま出してしまおうというスタンスだと思います。ユニット設計者としては吸音材を入れて何とかしたくなるようなことのないドライバーを開発したいですね。
炭山 現時点でもそうなっていますよ。
乙訓 それでも先程の試聴では1曲だけ気になる点が出てきてしまっているわけです。それすらも何とかしたい。
炭山 あれは空気室の容積を少し大きくすれば解決するような気がしますが?
乙訓 FE108NS の限界もあると思います。ナマクラな音にすることは絶対にありませんが、ドライバーが余計な音を発するような部分は何とかしたいと思います。
炭山 吸音材は全く無しの状態でも良ければそれでも良いですし、必要に応じて少しずつ試していけば良いということですね。FE108NS は 20cm フルレンジと比べれば圧倒的に軽いので調整の度に外してもそれほど苦にはなりません。
司会 吸音材についてはお話が尽きませんね。ひとまず吸音材についてはここまでとして、次回はフルレンジをグレードアップする手段の定番、スーパーツィーターについて語っていただきたいと思います。
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