フルレンジスピーカーのススメ
「スピーカーの部品を買ってスピーカーを自作したい!」「スピーカーの種類が色々あるけど、何を買って始めたら良いか分からない!」という方に、フォステクスの商品を通して、分かりやすく解説します。
もっと早くにお届けするはずが、遅くなりました。
初心者の方から、マニアの方まで、興味を持っていただけるような連載にしていきますのでご期待ください!
第一回:フルレンジスピーカーのススメ
第二回:バックロードホーンエンクロージャーのススメ
第三回:スーパーツイーターのススメ
第四回:バックロードホーンに好適なフルレンジ
を順次お送りします。
第一回は「フルレンジスピーカーのススメ」をテーマに評論家の炭山アキラさんと対談させて頂きました。
司会 本日は、炭山アキラさんのお宅を、フォステクスの営業担当と、スピーカーユニット設計担当の乙訓とで訪問させていただきました。よろしくお願いします。
炭山/乙訓 よろしくお願いします。
司会 今日訪問させていただいたのは「フルレンジスピーカーのススメ」と題して、その道の第一人者でもある炭山さんにお話しをお聞きすることが目的です。フォステクスからは近年、色々なフルレンジのモデルが発売されていいます。以前とは少し考え方が変わってきている部分もありますのでそうした話も設計者に聞きながらお話しができればと思います。
フルレンジとは?
司会 フォステクスのクラフト向けスピーカーにはFE-NV, FE-NS, FE-EΣ, FF, P などいろいろなシリーズがあります。どのモデルも元気な音がする印象ですが、こんなにラインナップが多いとユーザーにはそれぞれにどのような特徴があるのか分かりにくいですね。
炭山 少し慣れるとそれぞれに際立った特徴があることが分かるようになると思います。
司会 そうですね。使う前から特徴についての情報が見られるようになると良いですね。ところでフルレンジというのはどのような特徴があるものなのでしょうか。
乙訓 フルレンジは一つのドライバー(ユニット)で低音から高音まで全ての帯域の音を出す方式で、スピーカーの原点と言えます。フルレンジで不満が無い限りはフルレンジを使うのがいいのですが、そのうち「1個では足りない」となって、帯域を分割してそれぞれ専用のドライバーで分業するようになり、マルチウェイが生まれます。一つのドライバーで全ての帯域を担当させる自然さと、それによって生じる不都合。それぞれの帯域に特化したドライバーを各帯域で使うことによる利点とそれによって生じる問題点、それのどちらを優先していくかということになりますね。
司会 炭山さんにとってフルレンジとはどのようなものですか?
炭山 とにかく「音離れの良さと生々しさ」でしょうか。小学生の頃から吹奏楽を続けているのですが、普段の練習で聴いている生の音に一番近い音を出せるのはフルレンジだと思っています。「自作スピーカー」という観点から言えば工作のしやすさもありますね。クロスオーバーネットワークを作らなくても良いので作りやすいです。
司会 そのような点はユーザーにとっては優しいですね。音離れや生々しさ。フルレンジ愛好家ならではのご意見です。
炭山 オーディオ業界でフルレンジをリファレンスにしているのは私だけだと思います。
司会 乙訓さんの視点でフルレンジだと「不満だな」という点を敢えてあげるとすればどのようなことがありますか?
乙訓 フルレンジか?マルチウェイか?どちらが良いということはありません。カテゴリごとに得意な部分と不得意な部分があるだけです。ただ低音専用のウーハー、高音専用のツィーターと比較すれば、それぞれの帯域においてフルレンジは及ばない部分はあります。そういう部分があったとしてもなお「良さ」があるわけですから、エンジニアとしてはそういう良い部分を活かしたものを設計することになります。良いところはより伸ばし、悪いところはなるべく悪さをしないように、フルレンジの特長を活かしながらより使いやすいようにします。
司会 不満というよりもウーハーやツィーターと比べたら敵わない部分もある。良い部分活かしながら敵わない部分をどう解決していくかという設計者としての視点ですね。
乙訓 周波数が高くなっていくと、フルレンジは必要以上に大きな振動板で中高域を再生することになります。どうしてもこのような物理的な制約が出てくるわけです。エンジニアとしてはそういうことがあったとしてもフルレンジの特長を活かして「使いたい」と思っていただけるようなものを作りたいと常々考えています。25mm口径のツィーターの方が出しやすい周波数帯域であっても、フルレンジならば低域も考慮した振動板でカバーしますから、当然専業の振動板には敵わないのですが、だからといって諦めることはしません。
炭山 フルレンジといえば、私たちの世代にとっては神様のような存在とも言える長岡鉄男先生がいらっしゃいました。長岡先生は生涯フルレンジをお使いでしたが、あの当時のフルレンジよりも今のフルレンジの方が全体域において極めて自然な音が出ていると感じます。長岡先生に聴いていただきたいなと思ってしまいます。それはおそらく、エンジニアさんが20年かけて積み上げてこられたものの成果ですね。
司会 愛好家の炭山さんにあえてお尋ねするのですが、炭山さんがフルレンジに対して不満をお感じのことはあるのでしょうか?
炭山 原理的なことなので仕方ないのですが、ボイスコイル径が小さくなってしまうことでしょうか。高域までを綺麗に再生するためにウーハーのような大きなボイスコイルを望むことはできないのですが、おかげで大きな音を「バチン」と出した時にウーハーと比べると抑えが効かないようなことがあると思います。特に 16cm 口径のフルレンジはツィーターなしで使える最大の口径という前提で設計されたユニットが多いせいか、ボイスコイル径がどうしても小さめになっていると感じます。20cm とは大きな音が出た時の安定感の違いが口径差以上に出てしまうように感じています。そこが最大の問題点ではあると思いますが、昔と比べればだいぶ違います。
乙訓 以前のものは大きな音ではくじけてしまいました。ついていけない感じです。
炭山 そうですね。
乙訓 そこは少しずつ進化している点だと思います。
炭山 最新の(限定モデル) FE168SS-HP はぜんぜんへこたれません。凄いです。
司会 16cmフルレンジやウーハーで使うボイスコイルは径だけでもたくさんあると思いますがフルレンジの FE168SS-HP のボイスコイル径はどのくらいですか?
乙訓 FE168SS-HP(フルレンジ)のボイスコイル径は直径 30mm です。ウーハーはそれぞれ W160A-HR が 40mm、FW168-HR が 35mm、FW168HS が 50mm となっています。
炭山 FW168HS は Φ50mm もあるんですね。
乙訓 ボイスコイル径の選び方は、そのモデルにどのような特徴を持たせるかによって決まります。ボイスコイルを特定の径に決めれば、それによって良いところと悪いところが混在することになります。良いところが増えるにはどの径を選択すれば良いのかを考えて決めることになります。実際に作ってみて決めることもあります。
炭山 それができるのはフォステクスをはじめとするごく少数のメーカーに限られますね。普通はドライバーを外部から購入してシステムを組むわけですから。フォステクスがどれだけ費用をかけ、どれだけ実験をして開発しているのかということは常々思っています。
司会 ボイスコイルの話は 6.5” 2way Project の中でも扱われました。W160A-HR は FW168HRよりもボイスコイル径が大きくなったわけですが、それによって良くなった点と問題となった点を公開プロジェクトに集まったユーザーの方々にも体験していただきました。
乙訓 BL と Mms は密接な関係にあります。線を一杯巻けば駆動力は上がりますが、その分重くなってしまうのでフルレンジには向きません。また Mms も軽ければ軽いほど良いということもなく、適正値があります。とにかく軽くするだけであれば線を少ししか巻かなければ軽くなるのですが、それでは力が無くなってしまいます。これもバランスが重要で、ユニットの口径、ボイスコイル径、ボイスコイルの線径等のバランスになります。ある程度目指すサイズはあるわけですが、それに近いサイズのものを試してみることもあります。
炭山 そのようなことができる環境がまず素晴らしいですね。
司会 話し始めるとボイスコイルだけで終わってしまいますね。ボイスコイル径だけでなく、線そのものの径もあります。
炭山 材質もありますね。
司会 同じフルレンジの中と言ってもラインナップごとに性格があります。フォステクスにもいくつかのシリーズがありますが、全てのシリーズに共通してラインナップされている口径が 10cm です。
乙訓 もっとも歴史のあるモデルです。コンパクトながら十分な再生帯域を得られますし、対応するエンクロージャー方式も多く、組み合わせの応用範囲が広いです。使い勝手が良く、満足度も高いのが10cmフルレンジだと思います。
炭山 そもそもフォステクスといいうブランドの礎、フォステクスブランドが立ち上がるより前に発売された FE103の存在が大きいのではないでしょうか。
司会 そうですね。ということでフルレンジの中でも中心的な存在となっている 10cm に注目して話を進めたいと思います。
フォステクス伝統のフルレンジ FE103
「初期のFE103。1968年のフォスター電機のカタログより引用」
司会 初心者の方がまず目を付けるのは価格の点からすると P1000K でしょうか。
乙訓 あのモデルが 2,000円台というのは驚きの価格だと思います。
炭山 あればびっくりですね。
司会 せっかく炭山さんのお宅にお邪魔しておきながら 「P1000K を深掘り!」というのはもったいない気がしますので、今回は先ほど炭山さんのお話にも出ました FE103 の現行モデル FE103NV についてお話を聞きたいと思います。
乙訓 代を重ねること4代目になります。
炭山 FE103 → FE103E → FE103En → FE103NV ですね。途中マイナーチェンジもあります。
1964年:FE103 , 2001年発売:FE103E , 2009年発売: FE103En , 2019年発売:FE103NV
限定は、1985年:FE103GL , 1995年:6N-FE103 , 2000年;FE103M , 2014年:FE103-Sol
司会 FE103NV の特長はどのようなところでしょうか?
乙訓 FE103NV の特長は新開発の振動板、ハトメレス、ポケットネックダンパーなどです。振動板は主パルプにケナフ(アオイ科の一年草)を用いて副材料にマニラ麻、ケブラー、マイカ、バイオダイナなどを配合しています。構造上の変化としてはやはりハトメレスが最も大きいですね。フレームも新開発です。
炭山 ハトメを上にするのと下にするのとでは音も違いますね。私は下にするのが好きだったのですが、上にするのがお好みな方もいらしたようです。
司会 それではここでその FE103NV をバスレフボックスに入れて聴いてみましょう。このあと FE108NS を同じボックスで聴いて比較する都合上、ボックスはベストでないことを承知で 12cm フルレンジ用の BK125WB2 を使います。FE108NS は 10cm 用の BK105WB2 には収まらないのです。
FE103NV を聴く
【炭山アキラさんの試聴曲は次の通り】
レスピーギ: ローマ三部作より、「ローマの祭り」
ジョアン・ファレッタ指揮/バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団
ナクソス(ハイレゾ)
https://www.e-onkyo.com/music/album/naxs8574013/
The Best Of Fourplayより、Chant
https://www.e-onkyo.com/music/album/evsa964sd/
ザ・ダイアログより、ダイアログ・ウィズ・バス
https://www.e-onkyo.com/music/album/ovxa00008/
スコット・リー/マングローブのトンネルを抜けてより第8曲
Floating Away
https://www.e-onkyo.com/music/album/nxa690277900112/
井筒香奈江/Another AnswerよりSing, Sing, Sing
JellyfishLB LB053
司会 聴いてみていかがでしたか?
炭山 最後の2オクターブ弱くらいが足りないだけで、本当に器の大きいスピーカーユニットですね。とにかくハイスピード。巷にあまたあるマルチウェイのスピーカーでこのスピード感はなかなか出ないと思います。
炭山 私はフルレンジをリファレンスにしてライター活動をしているのですが、私が普段、吹奏楽の練習をしていると、すぐ横でものすごい音で演奏しているドラムがいるわけです。そのドラムの音に一番近い音を出すスピーカーを何十年も求めていてやっと辿り着いたのが目の前にあるこの FE208-Sol(20cm フルレンジ) に T925A(ホーンツィーター)を乗せた「鳥型」バックロードホーン(幅54cm×奥行56cm×高さ120cm)になったわけです。
フルレンジならではの音。他のスピーカーではあのようなドラムの音はしませんが、この1本7,480円(税込)からはその音が出るわけです。
司会 乙訓さんあらためて聴いていかがでしょうか? 前のモデル(FE103En)やそれ以前のモデルと比較していかがですか?
乙訓 FE103NV で大きく進化しているのは大振幅に対する耐性の向上でしょうか。初代 FE103 の時代には今聴いたような急峻な低域を出すソースが少なかったと思います。アナログレコードを試聴ソースとして設計した頃のスピーカーで今のようなソースを聴くと、私からすると低域が少し危なっかしく感じると思います。
炭山 今のお話にはものすごく大きな例外がありまして、長岡先生のアナログのソースは結構急峻な低域を出すソースもあったんです。そんな長岡先生を驚天動地させたのが(当時の 20cm フルレンジ)FE203 でした。生産完了寸前だったであろう FE203 を4本、苦労して自宅に持ち帰り、当時使っていたスピーカーと交換。巨大なフライパンで頭を引っ叩かれたような音が出て驚き、すぐにフォスター電機に「すぐに聴きに来い」と電話したそうです。あの FE203 を二発つけた初期のバックロードホーンがどれだけ画期的な音を出していたか。当時のその音を直接聴くことはなかったのですが、聴いてみたかったなぁと思います。
乙訓 聴いたときに伝わってくる「生々しさ」を感じさせるようにするには、振幅に対する耐性を持った振動板の作り方に工夫があります。FE108Super(1992年発売の限定バックロードホーン用フルレンジ) を作った時と今の時代とでは視点が違います。当時は「フルレンジだから中域は良いけどあとは我慢しよう」という部分があったと思います。かつてアンプの出力が小さかった時代にスピーカーに求められていたのは能率でした。少ない電力でちゃんと音声を届けるというフルレンジの使命がありました。AM ラジオで全ての帯域がハイファイで出てきくると聴きにくいんです。ノイズも全て聴こえてしまいます。フォスター電機はフルレンジ屋でしたのでそういう狭い帯域に特化したスピーカーを作るところに得意分野があったと思います。時代が経過して、セットメーカーが使う Hi-Fi スピーカーを作るようになると、そこから出てくる音楽に対応するためにはナローレンジではいけません。そうなると色々な工夫が必要になってきます。演奏している状態を思い浮かべられるようにするということが開発目標の一つとしてあります。「生音」とはニュアンスが少し違うかもしれませんが「いかに再現するか」という思いは同じです。
炭山 ものすごく緻密なチューニングをして自分の音を作っている方もいらっしゃいます。一度その方に我が家の音をお聴かせしたところ、あまりお気に召さないということがありました。その方も普段から演奏したり指揮したりして生の音に接しておられるわけです。私も生の演奏はしているわけですから両者とも生の音を目指してはいるのですが、到達点は違うのかなと感じた出来事でした。
乙訓 それはその通りだと思います。それぞれの個性が現れて、だからこそ面白いということはあると思います。ただこうしたことが文字になってしまうと「〇〇さんが××さんの音を聴いてダメだと言った」というようなことだけが面白おかしく伝わってしまいますね。ユーザーの方々には是非、「自分は何が好きで、どう聴きたいのか」というものを探して頂きたいと思います。これはなかなか難しいことなのですが。年を重ねてから「自分はこんな音が好きだったのか」とお気づきになられる方もいらっしゃいます。そのような体験談を直接伺う事はとても興味深かったのですが、最近ではそのような機会は減ってしまいました。
エンジニアがあらためて聴く FE103NV
司会 それでは乙訓さんのソースでも聴いてみましょう。
乙訓 今日は 厳選したCD を持ってきました。先ずは2000年以前の音作りで使っていたソースです。
【フォステクス 乙訓の試聴曲は次の通り】
Level 42/ Level 42 より ”Turn It On"
Universal
マリーン/デジャ・ヴー より ZANZIBAR NIGHT ほか
Sony
Clark Terry/Portraits より Finger Filibuster ほか
Chesky Records
乙訓 今日はイベントなどではあまり使わない音源です。大人数で S/N の悪い場所で聴くと弱音部の音場感が出ずにただボケているように聴こえてしまって面白くありません。
炭山 あまりボリュームを上げて聴くような音源ではなさそうですね。
乙訓 そうですね。静かなところで大人しく聴くような音源なのでデモ効果は少ないです。
司会 ここであらためて FE103NV で聴いてみていかがでしたか?
乙訓 NV にはすごい進化を感じます。これを聴いた時に思ったのは音場感という概念です。これまでフルレンジを作るときの方向は、スピーカーの前方に音が攻めてくるというものでした。フルレンジは前に音が出てこそ良いという価値観です。それはフルレンジスピーカーが他社のものと比較されたとき、「前に出てきて元気が良い」という肯定的な評価になります。そのような価値観は一般的にも多かったと思います。ただそのことに特化し過ぎると、スピーカーの周囲に漂う音場が作られるような音場系のソースが苦手になってしまいます。前に出るばかりで後ろが居らず、バランスが悪くなってしまいます。音場と音像のバランスを取ることが心地良く音楽鑑賞できるようにするためには必要で、NV ではある程度それが実現できていると感じます。パルシブな音に反応した後にきれいに収束し、尾を引かずに程よく収まってくれます。
炭山 いわゆる立ち下がりですね。
乙訓 反応を鈍くしたわけではありません。かつてのものは「ビチッ!」と信号が来たあとに収束しないのでそれが強く感じてしまう原因になっていました。FE103NV は前のモデルから磁力も変えていませんし、ボイスコイルもほぼ同等、振動系質量もほぼ同等です。その中で質を上げようとすると、振動板の材質を工夫することになります。出た音がうまく響き、きれいに収束していくようにすることに注力しました。
炭山 これも二層抄紙でしたっけ?
乙訓 これは違います。この後聴いていただく NS シリーズは二層抄紙です。NV は二層ではないので、それを前提として主材料と副材料を工夫しています。パルプにケナフ(アオイ科の一年草)を用いて副材料にマニラ麻、ケブラー、マイカ、バイオダイナなどを配合しています。
炭山 すごいですね。それだけコストをかけているのですか…
乙訓 こうした点はフォスター電機であることの強みと言えますね。フォスター電機が推しているバイオダイナですから他では使えないですし。振動系部品の開発と内製ができるというのは弊社の強みだと思います。
炭山 開発と内製ができるメーカーなんてほとんどないんじゃないでしょうか。
司会 二層抄紙にしない中で主材料や副材料の工夫でこの状態に仕上がっているということなのですね。
乙訓 質量のバランス、材料のバランス、磁気回路の駆動力に対する振動系のバランスもあります。振動板はこのままで磁石だけを強力にしてしまうとバランスが崩れてしまいます。そこで崩れたバランスを整えていくと一段階レベルが上がることになりますが、すると今度は相対的にフレームが弱いということになります。そこでフレームを強化すると FE-NS シリーズ(フレームがダイキャストでできている)になるわけです。
ダイキャストフレームの威力
炭山 昔の FE103Σ(マグネットは強力だったがフレームは決して強いとは言えないプレスフレームだった)がもう一つ盛り上がらなかったのはそういうことが原因だったのかもしれませんね。
乙訓 そういうことはあると思います。振動板やフレームが駆動力に負けているのが分かってしまうわけです。
炭山 そこで登場するのが FE106Σ (強力な磁気回路とダイキャストフレーム)ということなのでしょうか。
乙訓 実は FE106Σ は、振動板は ほぼFE103 の状態のままなんです。ただあれでかなり懐が深くなったんです。フレームがいかに大切かということがわかります。Σ の場合は磁気回路にゴムのカバーを付けた効果もあったのですが、やはりダイキャストフレームの効果が大きかったです。
炭山 圧倒的な差がありました。
乙訓 質が急に上がりました。
炭山 その FE106Σ による長岡鉄男先生第1号の作例が「スワン」でした。もともと FE106Σ は良いユニットでしたが、「スワン」が発表されたことで伝説化しました。
気になる近年のユニットのスペック
炭山 お話を FE103NV に戻しますが、FE103En から FE103NV になって、少し語弊があるかもしれませんが、スペックが「常識的」数値に近づいてきていますね。振動板も変わって、数値の変化も見ると「FE って変わっちゃったのかな?」と。でも聴いてみるとやっぱり FE の音でした。これはシリーズの連続性という意味でも素晴らしいですね。
司会 スペックの数値についてはフォステクス内でもよく話が出ます。例えば限定のバックロードホーン用フルレンジで Qts(Q0)が 0.4 となっていたら、「おや?」とネガティブに捉えるユーザーもいるのではないかと。
乙訓 そうした数値は狙うものではありません。あらゆる音響的な調整の結果、測定値として出るものですから。「Qts(Q0)が低いから良いだろう」といった考え方は分かりやすいので、どうしてもそうなってしまいます。振動系質量が下がって、磁力が強いと Qts は下がります。それはその通りなのですが、それによって得られるものと失われるもののバランスを見極めなければなりません。決して得られるものばかりではないわけです。振動板を軽くするとどうしても弱くなります。弱くなると変形しやすくなります。変形してしまうと変な音がしてしまいます。変な音がするものをお好みですか?と。音楽を聴く道具としてはそれはよくありません。振動板が軽かったり、薄かったりしても剛性がしっかりとれていて振動板として成り立っていれば問題ありません。しかし剛性が不足していれば、それなりの音になってしまいます。先ほどの炭山さんの音源をならしたら一発でクシャッっとなってしまいそうです。
炭山 フルレンジで Q0 が 0.2 を下回るようなものがあると「凄い」と思ってしまいます。
乙訓 開発する側からするとそれに対する思いは特にないですね。音造りでは音響性能の向上を第一に考えています。
どの様な音響性能にするのか、それは口径、タイプ、用途によって様々です。条件の中で最良と成り得る方向を見付けて伸ばしていきます。
F0や Q0 が気になるお気持ちは分かるのですが。例えば 16cm クラスのユニットで F0 を 30Hz にすると、30Hz で動き過ぎてしまって、止まらなくて「ダメ」ということになりがちです。単にf0は低ければ良いのではなく、聴いて心地良い
適正値が有りますので、ここはかなりの時間をかけて聴き込んで、仕様を決めて行きます。
測定値、数値を作るのではなく、いろいろな音楽を聴き込んで、落ち着いたところで測定する、と言うプロセスです。
6.5” 2way Project では 16cm ウーハーで f0 30Hz くらいの試作機を作ってみました。これはやはりただ動くばかりで全くダメでした。動くばかりで音にならないのは歪みの原因になるだけで、それでは使えません。
司会 Project の時は f0 30Hz と聞いて「オー!」となったお客様が実際の音を聴いて「あー…」となりました。
上位モデルの貫禄 FE108NS を聴く
司会 今度は FE108NS を BK125WB2 に入れて聴いてみましょう
(先ほどと同じ曲目を試聴)
炭山 ポップスだと低音が足りて聴こえます。これは不思議です。
乙訓 たぶんそう聴こえるだけで、実際は不足しているとは思いますが…
炭山 足りているわけはないと思うのですが。
乙訓 確かに曲によっては「これで聴けるじゃん」となりますね。
炭山 NV と比べると全方位にわたって音の品位が上がって、スピード感がさらに上がって、音がパッと立ち上がってスッと消えるようになります。
乙訓 まさに上位モデルですね。
炭山 完全に上位モデルですね。
乙訓 ここが NS シリーズのポジションなわけです。NV を聴いて「いいな」と思って頂いて、もう少し上に行きたい時にちゃんと NS で上に行くことができると思います。EΣ(NSと同じようにバックロードホーン用のラインアップの別シリーズ)だと少し変化球的なポジションですが NS は素直に NV の上位モデルとして、同じ方向性のまま良くなっている感じが分かりやすいと思います。
炭山 EΣシリーズも見た目ほど変わった音ではないと思いますが。特に FE168EΣ (EΣ シリーズの 16cm フルレンジ)の振動板形状の彫りの深さは独特なものがあります。
乙訓 出始めのときは違和感がありました。
司会 NSシリーズの技術的な特徴はどのようなものですか?
乙訓 振動板は製法が特別です。先ほども話にでた二層抄紙という独自技術で製造しています。基層は長繊維パルプを主材に十分な厚みを確保して剛性と内部損失のバランスを取り、表層には短繊維パルプを配合して緻密で表面伝搬速度が高い状態を作っています。振動板材料は、ケナフ、マニラ麻、三椏、バイオダイナです。この振動板をダイキャストフレームと大型磁気回路のボディに搭載して、高いクオリティーを実現しています。
炭山 振動板材料の構成自体は NV シリーズとあまり変わらなくて、その比率が違うということでしょうか?
乙訓 そうですね。同じケナフをベースにしています。副材として三椏が使われているのは NV と違う点です。三椏は1万円札に使われている材料です。スピーカーの振動板ではお札のように薄くはしませんが。
炭山 三椏は粘り気が強いから混ぜるのが大変なのではないですか? それが出来るのがまたフォスター電機やフォステクスの凄いところだと思います。
乙訓 お札は叩解度(パルプを細かく加工する度合い)が高いです。振動板の場合はお札のようにピチピチ、パツパツの薄い紙ではなく、ある程度量(かさ)があって剛性がある必要があります。お札とか辞書の紙のようなものは叩解度をあげて薄く緻密に作っていきます。
炭山 お札はかなりのハードプレスですね。
乙訓 お札は薄く、丈夫にということですね。振動板とは違います。密度を上げることによって伝搬速度は上がるのですが、薄いと剛性が不足してしまいます。そこで二層抄紙です。密度が高く伝搬速度の高い層と十分に厚みがある剛性の高い層があって両方の物性を併せ持つことができるわけです。
司会 聴いた感じ NS では 「ピシッ!」「パシッ!」「ドン!」という音が入力されても全く破綻がなく、余裕のある感じがしました。NV では少し「おや?」と感じるところが所々にあったような気がします。
乙訓 NV では頑張っているけど「ここは入力過多だな」というところがあったように思います。
炭山 ちょっとだけ悲鳴をあげている部分があったように思います。私があんな大きな音を出したからというのもありますが。(笑)
司会 ただ、やはり NS ではバスレフでも聴ける「けど...」となりますね。バランスを聴いたときに。
炭山 少し低音は寂しくなるでしょうか。なまじ中高音が綺麗に張り出して、ここまで奥行感がきっちり出ているのに… となりますね。ここに良い低域が加わったらものすごくいいものになるような気がします。
乙訓 低域を欲さずに聴く時であればこれで問題なく楽しむことができます。バスレフは箱が小さいので場所を取らないですし、それなりの良さはありますね。FE108NS はバックロード用として売り出していますがバスレフでも十分に使うことができます。あれもこれも使えますという売り方だと焦点がぼやけてしまいますからバックロードホーン用として売られていますけどバスレフでも十分お楽しみいただけると思います。
炭山 バックロードホーン用というとフォステクスのカタログでは推奨内容積が書かれなくなってしまいますね。
乙訓 バックロードホーン用と書いてありますがバスレフでは使えないのですか?と尋ねられれば「使えます」とお答えするのですが、その辺のメーカーとしての打ち出し方は難しいですね。少し前に FE88-Sol という 8cm 口径のバックロードホーン用フルレンジがありました。そのユニットも低域のレンジを欲張らなければバスレフでもすごく質の高い音が楽しめました。
司会 FE88-Sol は専用のバスレフボックスもありました。FE108NS もバスレフでこれだけ鳴るのであれば専用のバスレフボックスがあっても良いかもしれませんね。FE108NS は(限定品ではなく)レギュラー品ですし、FE108EΣも入れることができます。
乙訓 作りたくなってしまいますね。
炭山 長岡先生は「どんなユニットでもバックロードホーンで使うことができる」とおっしゃっていました。P1000K(フォステクスのかんすぴシリーズのユニットでフォステクスで最も安価な 10cm フルレンジ。標準エンクロージャーはバスレフ型)の純正キャビネットとして P1000-BH (バックロードホーン型)があるわけですから FE108NS に標準のバスレフボックスがあってもおかしくなんじゃないですか。
司会 FE108NS をバスレフで聴いていただきましたが、本領を発揮するにはやはりバックロードホーンで聴いてみたくなりますね。
乙訓 では次はバックロードホーンで聴いてみましょう