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✿チャネリング練習・トヨウケビメ✿ 問――「自分を虐げた人間を恨むことなく、生きていくことはできますか?」
*問・親子関係による困難を乗り越えるために必要なことは?*
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豊宇気毘売神(トヨウケビメ*愛称『豊ちゃん』)
「
自立です。特に精神的な自立に重きを置きましょう。
経済的な自立は、年齢や環境、状況によって、すぐには難しい場合がありますから、先ずは心の面から自立することに着目しなさい。
自分以外の人間に対して、
『この人が居なければ生きていけない』と、思い込まないこと。
他者に自分の存在理由を委ねてはいけません。
あなた方の命はあなた方のもの、あなた方の人生はあなた方のものなのです。
他の何者にも明け渡してはなりません。
親が居なくても、あなたは幸せになれます。
同様に、親はあなた方がいなくても幸せにならなければいけないのです。
どんな人間も、
自分の幸せを豊かに耕せるのは、自らの手による
日々の営みという鍬(くわ)だけなのです。
」
*その心に至までに必要なプロセスはありますか?*
「
様々な状況がありますが……。そう、虐待の場合ですね。
危害を加えた者に対して、決して復讐を果たそうとしないことです。
復讐とは必ずしも本人に対する行動を伴うとは限りません。
自分自身が『これはあの人間に対する復讐である』と無意識に認識し、
鎮火することのない加害者への怒りを動力源に
長年に渡り継続される行為も、ここでは『復讐』と呼びます。
エネルギーとしては対象に怒りを送り続けているのですよ。
しかしそれは紛れもないあなた方の生命力の一部であり、
尊い時間、命そのものです。
つまり『復讐』とは、虐待が止んでも猶、加害者からあなた方の人生を奪われ続けることなのです。
そして、その生き方を選び続けているのはあなた方である、ということです。
厳しい言葉かもしれませんね。
しかし、聴いて下さい。
あなた方の人生をこれ以上、誰にも奪われてはならないのです。
大切な時間を怒りで燃やさないで下さい。
命とはもっと耀くもの。愛おしいもの。
あなた方の喜びのために使って下さい。
安らぎで満たして下さい。
やり方が分からなくても、まず、そのように決めなさい。
そうすると意識を向けるものが変わり、自ずと道が拓けてきますから。
」
*そのように怒り続けている状態から、自分のために生きるように心の持ち方を変えるには何が必要ですか?*
「
そうですね。(にっこり。)
一人の人間に対して断ち切ることのできない怒り、恨み、悲しみ、嘆きが、
自分の人生にとって不利益しか生まないことをしっかりと知覚しましょう。
そして、その事実を受け止めることこそが
自分にとって有益であることを、
自らの行動を通して証明し続けていくことです。
難しいですか?
こちらをかえりみてくれない人物に対し、
自分の正しさを主張し続けることほど報われないことはありません。
その人に何かを証明するのはやめなさい。
あなた(親)は間違っていたと、訴え続けることはやめなさい。
自らの大きな間違いを受け容れるか、拒むかは、本人の選択でしかありません。
親は間違っていた。
子である自分に暴力をふるった親は、絶対的に間違えた。
そのことを認めるのは、あなた方なのです。
あなた方が認めればよいことです。
親に対する『分かって欲しい』という気持ちから離れなさい。
悲しいことですが、その想いは報われない確率のほうが高いのです。
しかし、よく聴いて下さい。
親ではない他の誰かが、あなたの心に耳を傾けてくれるでしょう。
命の重み、大切さ、人を慈しむ気持ちを持ちながら生きている人々が、
この世界には大勢いるのです。
いいですか。たった二人の親とは比べものにならない人数の人々が、
小さな命に対し、守り、慈しみ、育てていこうという気持ちを持っています。
多くの傷を負ったあなた方が目指すべきは、そこなのです。
優しさに触れにいきなさい。
信じることがどんなに怖くても。
しかし闇雲に他者を信じるのではなく、人とのあたたかな繋がりを求め、自分にとっての幸せとは何かを模索している、自分自身を信じなさい。
その先にいる人と対話するのです。
重たすぎる荷物を一人で背負うことは、止めるのです。
そういった、怒りに囚われた選択・行動ではない、
自分にとっての幸せや安定を追求して起こした日々の選択・行動が
毎日、少しずつ、あなた方が歩む人生という道の進路を変えていくでしょう。
怒りや悲しみや嘆きから解放されるための一歩を、勇気を持って自分に誓いながら歩むのか、
辛い記憶に囚われつづけながら生きることを選ぶのか。
選べるのです。選びなさい。自分自身を愛する道を。
それは何一つ特別なことではありません。
恨みつらみをふくらませずに生きるのに必要なことは、
日々の心がけと、自分自身を慈しむという
淡々とした日々の繰り返しの中に存在します。
」
*人が、自分を虐げた人に対して怒らず、恨まずに生きていくことは本当に出来るのですか?*
できますよ。(にっこり。)
あなた(この記事のチャネラー)は自分のことを忘れてしまったのですか?
あなた自身もある一定期間、あの人間に対し怒り、自らの人生を嘆き、そこに愚かさを見出して悔やみ、火のような涙を流していましたね。
あれは恨みでした。しかし今はどうですか?
恨んでいませんね。もう、どうでもいいと思っている。
そんなことにこれからの人生を使うまいと。
今、その証明をするためにこの文章を書いているのではありませんか?
(わかな『はい、そうです。』)
いいでしょう。
さて、話を戻しましょう。
また耳が痛いかもしれませんが、人は心次第でどのようにも生きられるということを、人々はもっと知るべきなのです。
感情に流されるままになるのではなく、意思を持ちなさい。
心=魂があなた方に送る感情とは、
人生という道に点在している標識や信号のようなものであって、
道そのものではないのです。
意思と、そこから発生する行動こそがあなたの足です。
感情のままに流されるということは、これまでの生き方の法則通りに点滅する信号に従って、これまでと全く同じ方向へと、ベルトコンベアに乗せられて運ばれていくことと同じです。
理解できますか?
心で感情を受け取り、心から生まれた意思を以て行動する。
それこそが『自分らしく生きる』ということなのです。
もちろん、あなたが思うように、
身体的なダメージによる後遺症や、記憶にすり込まれた恐怖の体験、
ストレスにより反射的に呼び起こされる行動パターンなどは、
一朝一夕に変えられるもの、癒やされるものではないでしょう。
しかし、人は試していくことが出来るのです。
恐怖と怒り、苦しみに支配されずに生きていくために、
どのような選択を積み重ねていけば、自分の心と体を
安全な環境、安全な人たちのもとへと導いていくことが出来るのか。
その方法を導き出すとき、
不安や焦りからではなく、ただただ自分自身を慈しみ、大切に扱うという決定から、人を選び、環境を選びなさい。
何においても、自分自身を守りなさい。
その試行錯誤は、人生をかけた旅路になることでしょう。
一筋縄ではいかないかもしれません。
しかし、自分にはそれだけのことをかける価値があることを思い出し、
信じると決めた瞬間から、
あなた方の魂が、あなた方を安らぎへと導き始めるでしょう。
その声に耳を澄ませなさい。
あなた方の幸せを知っているのは、あなた方だけ。
誰に危害を加えられた過去があっても、あなた方の命の尊さは何一つ変わらない。
そのことを、ここで教えます。
思い出して下さい。
あなた方は虐げられてよい人間だから虐げられたのではありません。
虐げられることを、他人にいいように利用されることを
許さない意思を持ちなさい。
そして、そのことを知っている人々の中へ行きなさい。
あなた方の親は間違えた。
その大いなる間違いに習うことは、もう止めるのです。
」
*人生は自分次第?*
(ここで突然、わたしのハイヤーセルフ・魂とチャネリング)
「
もちろんです。
手助けして、寄り添ってくれる人を見つけるのも、自分の力によるものなのですよ。
人の優しさ、慈しみを求めるのならば、
まずは自分の中にその種を蒔き、育みましょう。
それはどのようにして育むかというと、
人の優しさに触れたとき、それを心からあたたかく感じたときに、
その感覚を噛みしめてご覧なさい。
慈しみを受け取った感覚を、胸の中心で味わいなさい。
親切とは、こいういうもの。
慈しみとは、こういうもの。
ぬくもりを帯びた真の優しさとは、こういうものであると。
それが自分に対するものではなく、例えば本や映画や、見聞きした話でもよいのです。
そういうものがこの世界に存在すると知ったなら、
自分で、自分に対して、それを再現してあげなさい。
何度でも、何度でも。
そして同じように、それを人に手渡せる機会が巡ってきたら、試してみなさい。
自分にとって大変ではない、何気なく出来ることから、
そういうことを日々積み重ねていくのです。
人の縁とはそのようにして繋がっていくもの。
あなた方が自分自身を慈しみ、他者を慈しむ心を知れば、
お互いに手を伸ばし合った人と
助け合えるようになっているものなのです。
」
豊ちゃん
「
ふふ♡ 魂は皆、知っているということね。
わたしたちは協力して歩いてきたのですよ。決して一人ではなかった。
けれど人にはぬくもりが必要です。
手で触れあうことが叶う大切なひとを見つけたのなら、助け合いなさい。
思いやりをもって、その人を尊重して生きなさい。
同じようにあなた方自身を愛しながら。
人生は長い。肉体をもって生きるあなた方にとっては。
その長い道を乗り越えるために、自分のためにも人を傷つけてはならないのです。
慈しみ合い、愛し合いなさい。
先ずは自分から。
世界を変えるのは、自分自身です。
」
・
*終わりに*
わ「豊ちゃん……。あまりにも長くてへとへとです。」
豊「ふふ、そうね。下書きを用意していたとはいえ、わたしと対話しながら加筆修正する作業は初めてだったものね。」
わ「どんなに過酷な状況も自らの力で変えていけるというのは、とても厳しくて大変なことだと思うのだけれど。」
豊「もちろん、そうですよ。そうだったでしょう。けれどね、どのように生きて生きたいか、決めるのも、見つけるのも、いつでも自分自身なのですよ。多くの魂がこの地球に転生してくる中で、それだけは皆が共通して持っている課題なのです。どのようなカルマを持っていても、どのような環境に生まれても、そこに至る道のりすらすべて、自分自身の選択の結果です。」
わ「魂視点で?」
豊「はい。」
わ「人生は修行ですねぇ…(へろへろ)」
豊「あらあら! お疲れ様。(にこにこ)」
・