【おうち時間】旅に行きたいけど行かないほうが幸せかも、というパラドックス

 旅に出る前、憧れを抱いてあれこれ夢想しているほうが無限で、実際に旅に行くとその旅先が有限になってしまう…。そんな経験がある。

 シャルル・ボードレール先生も「旅(Le Voyage)」という長い詩(『悪の華』126。原文はこちら)の冒頭でこう詠っている。

地図や版画が大好きな子供にとって、
世界は好奇心と同じくらい広大だ。
ああ! ランプに照らされた世界のなんと大きなこと!
思い出の目で見た世界のなんと小さなこと!

Pour l'enfant, amoureux de cartes et d'estampes,
L'univers est égal à son vaste appétit.
Ah! que le monde est grand à la clarté des lampes!
Aux yeux du souvenir que le monde est petit!

 確かに子供は世界に出たことがないのに夢中で本を読んでいる。大人になると生半可な知識が空想を遮り、無関心や諦観が好奇心をしぼませる。

 そうなるとどこにも行かないほうがいい、ということになる。旅に行く前、ポストカードやガイド本を読んで空想を膨らませているほうがいい、と。だがボードレール先生は旅人についてこうも言っている。

だが真の旅人とは出発するために出発する人々のみ。
その心は気球のように軽く、
彼らは決して己の運命と離れることなく、
理由も分からぬままいつもこう言うのだ、「行こう!」と。

Mais les vrais voyageurs sont ceux-là seuls qui partent
Pour partir; coeurs légers, semblables aux ballons,
De leur fatalité jamais ils ne s'écartent,
Et, sans savoir pourquoi, disent toujours: Allons!

 真の旅人とは「行ったほうがいい」「行かないほうがいい」などと逡巡せず、損得勘定に関係なく、気づいたら旅に出ている者のことだ、ということらしい。

 でも行けば行くほど世界は有限に思えてくる。年も取っていく。結局どっちがいいだろう。積極的に夢想する。積極的に旅する。両方大切にしていくしかないのではないか。今はコロナ禍で夢想するしかないけど。

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