高知の一番長い夜/高知遠征十ニ日目
高知・第6レース・未勝利戦
「ハルウララおかわり記念」
右回り・1400m
10人立て
『個人協賛競争に二度も名を重ね、変わらず人気絶好調のハルウララだが、今回それ以上に注目されているのは、そのセコンドに付いたシンボリルドルフの存在である。』
『「視察以外の目的で、私自身地方会場のレースに関わるのは初めての事だが、この機会を大変嬉しく思っている」とコメント。加えて「今回のハーフタイムショーの構成は私が企画させて頂いた。それについても是非楽しんでもらいたい。皆の声援の中でウララは成長してきた。ライブの勢いを消さぬまま、ウララはゴールを目指すだろう」と、後輩の成長にはかなりの期待があるようだ』
『事実、前回のハルウララの走りはこれまでのファンの度肝を抜いたと言ってもいい。日程中盤のレースとは思えない程の大熱戦となった前回、その雰囲気を作り出したのは間違いなくハルウララである。中央での確かなレベルアップをまざまざと見せつけた彼女は、今や伏兵どころか台風の目と呼ぶに相応しい』
『ハルウララが連敗の殻を破る日は明らかに近いだろうが、今回それを許そうとしないのがスタートライトビート、ミニミニメイフェアの2名だろう。この三巴の争いに、期待の転校生であるギガレンジャーがどう絡んでくるのか。いずれにしても、目が離せないレースになりそうだ』
某スポーツ新聞掲載記事
〜「明日のレース」〜
その地方枠『高知編』より
「これはまた、ずいぶんとハードルを上げてくれたもんだ。なあ、ルドルフ?」
2戦目を明日に控えた夜。
私たちは食堂へは向かわず、ルドルフの個室にて「暑気払い」と称した鍋料理を囲んでいた。部屋にあった防災備品の中にカセットコンロが入っていたのをウララが見つけたのが、そのきっかけだった。
水炊き。
モツ鍋。
すき焼き。
カレー鍋。
「カレー鍋ぇ?」
だったら中身を決めようじゃないか。そうなった時、今聞いた言葉を繰り返し、語尾を上げながら首を傾げる3人を前にしつつも、私はカレー鍋を推した。
「私の父さん直伝のカレー鍋よ。お店が開けるくらい美味しいんだから」
「だけど、ここの商店街で材料は揃うのか?あまり奇抜な料理となると.....」
「心配はご無用」
私は3人の前に、カセットコンロと一緒に見つけた「ある物」を取り出して見せた。レトルトパックのカレーである。特別な材料は一切必要ない。手順を守って丁寧に作る必要はあるが、これさえあればもはや九割、完成したようなものなのだ。
「わたし、カレー大好き!」
私の説明を聞いても尚、難色を示す2人ではあったが、ウララが放った一声と、滞在中にあと3回鍋を囲めばいいじゃないかと私が提案した事で、2人はようやく納得した。
夕刻になり、4人で商店街への買い物ツアーを済ませた私たちは、食堂で借りてきた包丁とまな板を部屋の座卓に配置すると、早速料理に取り掛かった。食堂から殆どの調味料を分けて貰えたので、買い物も大分少なくて済んだのもラッキーだったと言える。
「これは──美味しい!」
そうして出来上がったカレー鍋だったが、第一陣はたちまちのうちに3人の胃袋に姿を消した。普段口にするカレーの味から、付かず離れず変化したその味の面白さが、大分気に入ったようだった。
「中シメにはうどん、本シメに追い飯の用意ががあるからね」
急いで第二陣の用意をしていた私が、手を動かしながら3人に向かってそう言うと、3人は同時に、まるで剣客が日本刀をそうするかのように箸を構え直した。これにはつい笑ってしまったのだが、今においても思い出し笑いのいいタネになっている。
二陣もあらかた片付き、中シメのうどんが鍋に入った時、ルドルフが思い出したかのようにスポーツ紙を取り出すと、作戦会議はようやく始まった。
「今、連中はウララを相手に強烈なプレッシャーを感じているに違いない。それは何故だか分かるかな?」
するとウララが、鍋の中にしゃぶしゃぶ用の豚肉を泳がせながら、ルドルフに質問を返した。
「それってなぞなぞ?」
私は首を振り、ウララの代わりに答えた。
「やはり、前回の走りの影響でしょうね」
ルドルフは頷いた。
「イブキライズアップがウララと秘密特訓をしていたという事も含めてになるが、ウララの走りが高知時代とは別物に仕上がっていた事が、彼らにとっては驚異的だったのさ。末脚を武器にした走りを、ウララは高知時代から見せてはいたが、内容はもはや別物だ」
それを聞いたテイオーが、ウララの頭を撫でながら言った。
「大したもんだろう?」
しかしルドルフは、顎の下に手を組むと私とテイオーを見やり、深刻な表情を作ってから言った。
「しかし今回はそうもいかなくなった。練習相手は抑えられ、おまけにライブの参加要請が来ている。初日からすると時間も経過しているから、ウララの特訓も目立ち始めている」
ルドルフは一度そこで区切ると、菜箸を使って中のうどん玉をほぐし始めた。
「1戦目に比べると我々は今、圧倒的に不利なのは明らかだ。だが我々は、この逆境を利用する」
箸の動きが少し重い。うどんの茹で上がりはもう暫くと見える。
私は言った。
「裏の裏、という訳ですね」
ルドルフは箸の動きを続けながら頷いた。その後をテイオーが続けた。
「唯の裏じゃないぞ。その斜め上を行く『大裏の大裏』ってことさ」
ルドルフは、一瞬表情を緩め、テイオーが言ったその奇妙な強調を笑うと、納得したかのように頷いた。
「今、レースに参加してくる連中はウララに対してかなりナーバスになっている筈だ。あのフットワーク。あの差し足。気が気ではないだろう。奴らはもう二度と、ウララを舐めた目では見てこない。しかし同時に、ウララに対して本気以上の力を出さねばならないという非日常的な選択肢に、甚だ疑問を感じているだろうとも思う。要するに、迷っているのだ。その迷いをさらに大きく広げ、絶対に払拭させないようにする事が、この2戦目の狙いだよ──おっと、そろそろ頃合いだな」
私はトングとお玉を使ってルドルフとウララにカレーうどんを給仕し、テイオーにはスポーツ紙を回した。
「今回は明確な逃げ馬がいないのよ。先行がペースを作るのは間違いないと思う。逆に今回の差しは1人だけね。ギガレンジャーは追い込みらしいわ」
「追い込みで高知デビューとはまた粋だねぇ」
刻みの小ネギ散らし、早速うどんを啜りながら、ルドルフが考察に参加した。
「ミニミニメイフェアも近走は上り調子だな。時計もいいし、トレーナーからの評価も高い──すまないがトレーナー、七味はあるかな?」
「なるほどな......ああ、コイツが差しなのか」
「ビートちゃんがいる!この娘は強いよ!コーナーが上手いし!雨さえ降らなければ一番強いんじゃないかな?」
ウララと顔を並べながら、テイオーはスポーツ紙を読み進めていたが、卓上の椀にあるうどんを箸で器用に手繰ると、口の中に吸い込んだ。
「おい、なんだコレ!めちゃくちゃ美味いぞ!」
そうだろう。そうだろうとも。
私は思わずほくそ笑んだ。
我が家に伝わるカレー鍋には、コツが無いようでコツがある。この中シメのカレーうどん一つとってもそうだ。あえて半生タイプの乱切り麺を使って長時間煮込むことで、味をしっかり馴染ませる事が出来るのだ。もちろん出し汁をあらかじめ足しておく必要はある。肉や野菜からの旨みが染み込んだスープはそのままでも間違いなく美味いが、それが更に煮詰まってくると、カレー雑炊に最適な味と濃度へと変化する。台所にある材料が尽きるまで食べていられることから、我が家では無限鍋とも呼ばれていた程だ。
「トレーナー!わたし、もうご飯入れたい!」
「はいどうぞ。とろけるチーズもあるけど使う?」
「なにチーズだと?そういう事は早く言え!」
椀にご飯。チーズ。椀に麺。チーズ。椀に麺......。
まるで競うように、見事な食べっぷりを披露しているウララとテイオーを相手に私が忙しなく給仕を繰り返していると、一足先にうどんをひと段落させたルドルフが不意に、ただ笑った。
「どうかしましたか?」
「いやぁ、その......なんだか君たちを見ているとまるで家族のようだなと思ってしまってね。つい、笑ってしまったんだよ」
すると、ウララが箸でルドルフを指しながら言った。
「私たちが家族だったら、ルドルフさんは親戚のお姉ちゃんかな?優しくて頭も良いけど、たまにしか来ないもん!」
「おやおや、ウララ?お行儀が良くないぞ?」
「あーっ、今の言い方だと、お姉ちゃんじゃなくておじいちゃんみたい!」
シンボリルドルフ=お爺ちゃん。
その妙に説得力のある図式に、私たちは部屋が揺れる程笑った。
[newpage]
高評価となったカレー鍋がすっかり姿を消すと、私たちは会議を再開した。疲れと満腹が睡魔を誘ったのか、ウララは座布団の上で船を漕いでいるが、変な話、話の内容が内容だけに、私としてはその方が都合が良かった。
「中一週間という短い間でウララは急成長を遂げたわ。だけど、それはおそらく相手も同じ。ウララの攻略法はかなり詰められてしまっていると思って間違いないわね。各々が、別々の方法でウララの走りに対策してくる。それをどうクリアするかという問題については......先に相談した通りで、変更は無いわね?」
2人が頷いたので、私は続けた。
「ウララは、逃げの一手で行く」
テイオーは私の声に深く頷きながら、各日のトレーニング記録を記したノートをめくり、言った。
「スタビライザーの一件を境に、ウララが見せるハナの3ハロンは、今では見違える程に速くなった。しかしフォームの改善についてとなると、正直な話まだ甘さがある」
「そこは数字を信じるの。甘いフォームでもこれだけ走れる今、この手を使わない目は無いわ」
「この一番でしか使えない、必中必殺の大技、か」
ルドルフがもう一度スポーツ紙を広げ、食い入るようにそれを見た。
「走る10人中、差しが1人、追い込みが1人。他は先行で、逃げはウララだけ──このままだと、ペースはウララが握ることになるな」
「ウララが見せる、初めての明確な逃げよ。ウララに追走するレーサーがいると思う?スタミナ切れを想定して、ペースを控える先行もいるだろうし、追走したらしたで、絶対に潰れる。追い込みは気になりはするけれど、差しは敵じゃないわ」
私の言葉が途切れるのを待っていたのか、ルドルフが言った。
「今の時点で、相手レーサー達が注目しているのはウララのフットワークだ。だが、ウララが逃げてしまえば──」
「対策が使えなくなった相手は間違いなく迷うわ」
「──当然そうなる。対策が十分だと思い込んでいる相手こそ、アテが外れた時の反動は大きいだろうからな」
「つまり、賭けだな」
「賭けだ」
沈黙が訪れた。
この選択は確かに大きな賭けだ。逃げて逃げて逃げまくるとは決めておきながら、それが決定打になりきれていないからだ。必然、自分の力を押し付けて技量争いを仕掛けるのではなく、ブラフを仕掛けまくって相手を引き摺り下ろすという勝負スタイルになる。その点ではウララはハスラーだと言ってもいい。ミスを誘い、そのミスにとことんつけ込んで走るのだ。相手の力を出来る限り弱体化させ、ベストのパフォーマンスを発揮させない。その手段として選んだのが、この大逃げなのだ。
「なあ、一つ確認したい事があるんだが、いいか?」
テイオーが、考え込んだように目を閉じたまま言った。
私は掌を上に向け、テイオーに差し出した。
「言って頂戴」
「アタシたちは今、ウララの3戦目を考えながら、この2戦目に取り組んでいる──その目線で間違いないよな?それでいいんだよな?」
私は数秒、逡巡してから頷いた。
ルドルフが、私をフォローするように口を開いた。
「テイオー、君も分かっているだろう。何しろ、中一週間というレースサイクルだ。スタビライザーが引き出したウララの爆発力は、本来ならばそのままフットワークに繋げるべきで、そうしたいとは私も思う。しかし、その路線でもし2戦目を逃し、続く3戦目までの期間もその路線を継続するというのは、間違いなく悪手なんだ」
ルドルフの視線を受けて、私は頷いた。
「2戦目と、3戦目の間は2週間もある。どんなにウララが成長したとしても、その時はもう逃げ場はない。ウララは必ず攻略される」
「だから、この2戦目を犠牲にしてでも、3戦目まで相手の対策を安定させない必要があるんだ」
「......」
テイオーは目を開けたが、私たちを見ようとはしなかった。ついに床に身体を伏せ、寝入ってしまったウララの寝顔を見ていた。
「いつかきっと、いい思い出になる──か」
テイオーはウララの髪を静かに撫でながら言った。よほど深く眠っているのか、ウララは耳さえ動かさず、テイオーの指を受け入れていた。
「──わかった」
暫くの後、テイオーがはっきりとそう言ったのが聞こえて、私は安堵した。
「心配するな。別にアタシだって迷っている訳じゃない。ウララだって路線の切り替え、その後再度の切り替えにも納得している。ただ──」
私はテイオーにそっと近づき、その肩に手を置いた。
「──罪は背負うわ。トレーナーだもの」
「──コイツは、恨み節なんか言わないぜ」
テイオーは、タン、と膝頭を掌で打つと顔を上げた。
「よし分かった。そこまで言うなら、尚更勝とうぜ」
「だからテイオー......」
私の呟きに、テイオーは被りを振った。
「違う。そうじゃない。ギリギリのギリギリ、最後のハナ差1センチまで勝ちを狙うんだ。それだって十分なブラフになるし、それが無ければ全てのブラフが成立しないだろう」
私はルドルフを見た。ルドルフが身を乗り出した。
「ここに来て、新しい作戦があるんだな?そうなのか」
テイオーは頷いた。
「あるよ。負け戦なら尚更ド派手にやろぜ。これこそ裏の裏、その大裏。このアキツテイオー、一世一代の大博打さ」
テイオーが深夜の室内というにも関わらず、私たちの耳に囁くようにして、その作戦を話し始めた。
[newpage]
"──それでは第5レース、勝ちましたのはネイビーグロリア選手です。今期初挑戦の2勝クラスを豪快に差し切りましての見事な勝利でした!おめでとうございます!"
選手控え室にあるテレビの中では、インタビュアーが、グロリアにマイクを向ける映像が流れている。未だに肩を大きく上下させつつも、勝者グロリアの表情は晴れやかだ。矢継ぎ早に繰り出される質問にも、時に笑みを浮かべながら返し、『お父さん!お盆には帰るからね!』と、元気なピースサインをカメラに向けながら、インタビューを締め括った。
「いい顔してるな」
そのテレビを見ていたテイオーが、衣装となったウェアの袖回りを確認しながら、何か嬉しそうにそう呟いた。隣にいるウララの表情もまた、明るかった。
「中央さん、クルマの用意が出来ました。そろそろスタンバイお願いします」
その時ドアがノックされ、そんな声と共にライブスタッフであろう生徒が顔を覗かせた。
「あっ!ミウラ先輩だ!お久しぶりです!」
ウララが生徒の名を呼び、ペコリと頭を下げる。生徒は部屋に入ってこようとはしないが、ウララに向かって小さく手を振った。
「ウララ、今日は盛り上げてよ!お客さんも久しぶりに満員だし!期待してるんだから!」
「任せといてください!」
ミウラはウララの自信満々の笑顔を見るや、安心したかのように一つ、息を吐いた。そして今自分が1人でいることを確認するかのように後ろを振り返った後、声のトーンを少し落としつつ、再びウララに言った。
「ウララ、今日は強いよ、レースの相手。特にギガレンジャーはヤバい。アイツ、ここを叩き台にしたらそのうち他所に行くつもりだよ、きっと」
それはどういう意味だろう?私は少し気になった。わざわざ探して迎え入れた転校生なのだから、高知競馬場の新しいヒロインとして育てていけば良いのではないか。
私がそのようにミウラに尋ねると、ミウラは何か仕方のないものを見るかのような表情で私を見た。
「まあ、中央さんにはわかんない話かもしれないよね。ギガレンジャーは『転戦屋』だよ。言い方悪いけどね」
「先輩、転戦屋ってなあに?」
「あれ?ウララも見たことあるでしょう?トレセンを渡り歩いて、レーサーとしての格を上げていく輩のことだよ。まあ、よっぽど素質に恵まれてないと無理な芸当だけどね。ここは奴らにとって、ただの餌場ってこと」
その説明を聞いて、ようやく私はピンときた。
「『地方喰い』──か」
それは私が現役の頃にも、それ以前の世代の中にも存在した、一種の鬼子の名称である。素質に恵まれながらも、切磋琢磨することを嫌い、地方でのレースに甘んじては、戦績を綺麗に纏めたがるレーサーたちがいる。ウマ娘競技の歴史の中、彼らは常に一定数の割合で存在するが、「弱い者いじめ」であるとか、「点数稼ぎ」であるとか、何かと悪評を立てられやすいのがその特徴だ。
ルドルフに目を向けてみると、過去にそうしたレーサーと合間見えた覚えがあるのだろう。目を閉じ、眉間に深い皺を寄せ、胸の前で組んだ両腕の中を覗き込むかのように首を垂れていた。
「最終的には実業団チームを足掛かりに、大手企業への就職でも狙っているんだろう。その道を辿るならそれが定石ではあるけれど......そうか、今の高知は奴らにとって格好の場になっているというわけか」
そんな、独り言のようなルドルフの言葉が耳に届いたのだろう。ミウラはルドルフだけに限らず、私たち全員にこう言った。
「まあ、ギガレンジャーはまだいい方なんだよ。だってここでデビューするんだもん。タチが悪いのは、最後の仕上げにここにやって来る奴ら。アレにはもう目も当てられないよ」
それはミウラの言う通りだろう。私はそう思った。彼らはそうした風評にも悪びれることもなければ、ためらいもない。いずれその場を離れると思うからか、ユニットも組まず、ライブにも出ない。その他のファンサービスなどについても一切念頭におかず、白星を文字通り食い荒らしては、ある日突然姿を消す。そしてまた、別の場所で同じことを繰り返すのだ。運営側からしても頭痛の種と見られるのは当然と言えるだろう。
「今更だけど、ギガレンジャーが
転戦屋っていうのは本当なの?」
私が念を押すと、ミウラは躊躇いもなく頷いた。
「アイツ、実は双子なんだよ。アイツが姉。妹の方は去年の4月に一般入試で高知トレセンに入ってるのに、アイツはそうしなかった。わざわざ一年以上も時間をかけてまで、デビュー前の下地を作ってたってワケ。OK?」
私は頷いた。それを見たミウラはドアを閉じ、持ち場へと戻っていった。
「今のは......もっと早く知りたかった情報だったわ」
私がそう独り言ちると、テイオーが今度は肩を大きく動かしながら、私に言った。どうやら彼女は、ウェアのサイズが少々気になっているらしかった。
「仕方ないさ。それに、どんな奴が相手だろうと、今はぶつかって行くしかないだろう?」
「これも、ステップの罠なのかしら」
「それを考えるのはもうよしなよ。仮に、そうだったとしてもさ」
私とテイオーがそんな会話を終えるのを待っていたかのように、ルドルフはパンと手を打ち合わせると私たちの意識を引き寄せた。
「さあ、そろそろ行こう。全ては打ち合わせ通りに。これはもう、ただのミニライブじゃないぞ。私たちのレースは今から始まるんだ」
ルドルフはウララに右手を差し出した。
「ウララ、全ては打ち合わせ通りに。頼んだぞ」
それに応えて、ウララもその右手に自らの右手を重ねた。
「はい、頑張ります!」
そして2人は同時に私とテイオーを見た。その晴々とした表情に誘われて、私たちもまた同じように右手を重ね合わせた。
「さあ、ぶちかまそうぜ!」
テイオーが叫ぶ。
「逆境なら私たちの独壇場よ!そこで一番輝けるのは私たちだけ!」
私もそう続けた。
最後、ルドルフが叫んだ。
「繰り返しになるが、今回のレースは賭けだ。しかし我々はウララに全ベットする!それだけの事はやってきた!いいか──全員──躊躇うな!」
──応!
気合い一発。重ねた右手が大きく上げられると、私たちの掛け声が室内にこだました。各々が揃いの上着やバンダナを手に取り、ドアに向かい歩き出す。
「トレーナー!」
私がドアノブに手をかけた時、ウララが突然私を呼び止めた。部屋の中央に立ち、何か物言いたげに私を見ていた。
「どうしたの?今になって何か心配事でもあるの?」
そうなのであればいくらでも話を聞こうと、目線を合わせ、腰を屈めながら私がそう尋ねると、ウララは私の脚の方を指差しながら、キョトンとした顔で言った。
「どうしたのはトレーナーの方だよ?ジャージのズボン、履いたままだもん」
──ギクリ。
それはまさに私の身を震わせる一言だった。どこからか、私の顔面目掛けてブルマが飛んできた。テイオーの仕業だろうか。私は足元に落ちたソレを指で摘み見つめながら、その場にいる誰の目も見ないまま、ただ言った。
「やっぱり、履かなきゃダメ?」
私の声は、きっと、震えていたと思う。
「ダメ」
「当たり前だ」
「躊躇うな」
私の最後の抵抗は、けんもほろろにかき消された。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?