コーヒーと呼吸とおキヨさん/高知遠征18日目の記憶②



以降、レースは続いた。

リベンジの意を込めた御前と私との走りは、クラウチングスタートを互いに封じた上での勝負となったが、やはり分は御前にあるようで、私は常に御前の後塵を拝する形になってしまった。とはいえ、タイム差自体はかなり拮抗したものとなり、私は新たな自信に目覚めつつあった。
2走目の5本を全て走り終えた今となっては、木陰で御前と2人、仲良く保水ボトルを口に運びながら、ウララとルビーの試合準備を眺めていた。第二走は、これが最後の組み合わせだった。

太陽は既に沈みかけ、真横から照らす日差しが私たちの影を長く作り出していた。

「ところで、ウララとアタシの走りはどうでしたか?」

ウララを抜いた瞬間の記憶に乏しい私は、ボトルを口から離すと、何か気になるところはなかったかと、御前に聞いてみることにした。
「どうして?勝ったのは貴女なのに」
「実はですね、抜いた瞬間の事を覚えてないんですよ」
少々の決まり悪さを感じながら私がそう言うと、御前は何かを思い出すように視線を上に向けた後、ああ、と何かに気づいたように言った。
「貴女だけを早送りで見ているような気分になったわ。まるで別次元のスピード。別世界の代物。そんな感じだわ」
早送り。
そのイメージを頭の中に作り上げようとして、私は少し首を傾げる。
「そんな事って、あるんですかね?」
「ええ。それくらい強烈だったわよ──それよりもね」
御前は私の方に顔を向けると、人差し指を上に立てながら言った。
「貴女、何も覚えてないって言ったけど、まるっきりってわけじゃないんでしょう?」
「は?」
「覚えてない代わりに、何かがあったんじゃない?たとえば──何かを見たとか」
給水ボトルを口に運ぶ私の手が止まる。あの安田記念の光景が蘇ってくる。
(どうして......?)
どうしてそれを御前が知っているのだろう?いや、おそらく御前はそう見当をつけただけなのだろうが、そもそも、その発想にどうやって辿り着けたんだ?
「実はですね──」
私は思い切って御前に言った。ウララと走っている最中、突如安田記念での記憶が蘇った事。単に記憶だけに留まらず、周囲の風景まで変化していた事。この事例は初めてではなく、エアグルーヴとルドルフが既に体験済みだという事も。
御前は私の話を頷きながら聞いていたが、なるほど、と一拍置きつつ、微笑みながら言った。

「二つ話をしましょう」

炸裂音が響く。
ウララとルビーが猛然と走り出す光景を見ながら、私は御前の話を聞く心の準備を整えた。

御前は言った。
「貴女はウララとのレースでずいぶんと不思議な体験をしたようだけれども、それよりも前の事は覚えてるかしら?」
「前......と、言いますと?」
「ウララが言った、確か『さっきのオペちゃんと今のオペちゃんとじゃ〜』的な?あのくだり。あれよ」
私は驚き、眉を上げた。
「え──御前、まさか聞いてたんですか?」
すると御前は愉快そうに笑い、言った。
「そりゃ聞いてたわよ。だってあんなに面白いことを、あんなに大きな声で喋ってるんだもの」

......。

頼むから勘弁してくれ。顔から火が出るとはこの事だ。どうやら、私が披露したあの『叙任式』の一幕。その観客はルビーだけではなかった、ということらしい。
御前は続けて言った。
「まあ、思うところはいろいろあるようだけど、それはさておき、あなたも驚いたんじゃない?あの娘が突然、レーサーの『諸行無常』を語りだすなんて。ねぇ?」

そうなのだ。

私があのクソ恥ずかしい格好をしながらオペラオーに話しかける一瞬前、私はあの台詞をウララから聞いた時に、酷く驚かされたのだ。ルビーも聞いていたのだとしたら、彼女も同じくそう考えているに違いない。

あれこそがレースの本質であり、トレーニングの真髄なのだ。

努力し、熟考を重ね、積み木のように組み合わせたトレーニングという山があるとするならば、レースというものは、その頂きにある。登るべき山の頂点。辿り着くべき場所──殆どのウマ娘がそう思っていることだろう。若いウマ娘ならば、尚更そう思って当然である。
しかし、後になってみれば分かることなのだが、そこにあるレースとは、ただの通過点でしかない。そのレースをどのような形で終えようと、それは変わらない。振り返ればば夥しく広がる苦難の歴史のそれぞれと、全く同じなのだ。より強く、より速く自分を成長させる為の通過点。これはかなり極端な表現ではあるが、真実のところ、レースというものはそれ以上でもそれ以下でもない。
練習についても同様だ。トレーニング計画を立ててその過程にいる時、殆どのウマ娘は自分自身の成長を見失いがちになる。私自身にも覚えはあるが、その計画が終了するまでは一切の成長がない、と考えてしまいがちだ。実際には、1日を終えれば1日分の、1時間が過ぎればその時間なりの成長はあるはずなのだが、それに気付く事が非常に難しい所為で、ほんの僅かな成長を意識することを無視し、結果でしか物事を見なくなってしまうからだ。

「テイオー」
「はい」
「もしウララが、レースについてさっき口にしていたような気持ちで取り組んでいるのだとしたら、これはかなり凄いことよ」
その言葉に、私も大きく頷いた。
「私もそう思います」
「彼女は信じているのよ。あらゆる事柄に纏わる全ての可能性について。きっと、明確なトレーニングに限った話じゃないわ」
「あらゆる事柄、というと?」
「それはもう、言葉の通りよ。ウララを取り巻くあらゆる全て。食事、睡眠、遊び、人と話すこと出会うこと──彼女の走りには、それら全部が影響するんだわ」
そんなことがあり得るのだろうか。私がそう思った時、御前が言葉を繋いだ。
「ウララがもし本当にそう考えて生活しているのだとしたら、ウララは真の意味で行住坐臥、レースの中に身を置いていることになるわね」
まさか。
ウララは未勝利のウマ娘だ。
競馬場での公式戦に限らず、小学生の運動会でさえ勝った事のない、生涯の未勝利。勝ちたいという想いだけが人一倍強く、その想いだけで走っているようなウマ娘なのだ。荒業苦行を積み重ねた修験道者のような、そんな高みにウララがいるとは、私には到底思えなかった。
「テイオー」
「はい」
「勝ちたいという想いだけなら──ウララは誰よりも強いわよね?」
私の顔から、強い疑問符を感じ取ったのだろう。御前は私に、諭すようにそう言った。そしてその言葉を聞いて、私はかつてウララに伝えたある言葉を思い出す。

『勝ちたいという気持ちがあるのなら、それだけで立派なウマ娘だ』
『その根性を忘れるなよ』

(いや、まさかな......)

だが、私の心の奥底は微かに動いた。
その気持ちを、ウララが練り上げているとしたら?
今の今まで温め続け、爆発寸前の状態で日々過ごしているとしたら?
あり得る、のかもしれない。
不器用なウララが、自分に出来る全てを注ぎ込めるものが何かといえば、それはもうメンタル作りくらいしかないじゃないか。その一本の道を、ただひたすらに、愚直に歩いてきていたとしたら?

「恐ろしい......」

思わずそんな言葉が口を吐く。とてもじゃないが信じられない。あのシンボリルドルフでさえ如何に、というような話である。しかし、そんな王者を軽々と凌駕するような、鋼の魂をウララが持ち合わせていたとしたら?それがウララの、唯一のアイデンティティなのだとしたら──
「え?恐ろしい?何が?」
御前にそう尋ねられ、私は続けた。
「おそらくウララにとって、レースの事を考えるということは、訓練だとか、勉強だとか、もうそういう領域にはないんですよ。きっと息をするのと同じくらいの、そんなレベルなんじゃないでしょうか。勝ちたいという気持ちを24時間、MAXの状態でキープし続け、尚も積み重ねる。それがウララのアイデンティティなんです。そんなウマ娘が、過去にいたと思いますか?」
「......」
今度は御前が黙った。

当たり前だ。
いるわけがないのだ。

いつの間にか、ルビーとウララがゴールしていた。勝ったのはやはりルビーらしいが、ウララにも目を見張る成長があったのだろう。2人は抱き合い、ハイタッチを繰り返している。第二走は、これで全員が走破した事になった。

しかしそれでも、私たちの間の沈黙はなかなか解けなかった。

[newpage]


ゴールから、ウララとルビーが戻りつつある。ここで一区切りと見たのか、ギャラリーたちもゾロゾロと引き上げてきた。そしてそれらを、シュヴァリエとオペラオーが仲良く出迎えていた。

まてよ──

それを見ながら、私はある事に気づいた。
そんなウララだからこそ、クラウチングスタートを成功させることが出来たのではないだろうか。運動神経については決して良いとは言えず、脚力も未だ途上にあるウララがあの未知のスターティングポジションをモノにする事が出来たのは、ウララの秘められた素質云々よりも、レースと、トレーニングに対する姿勢そのものに要因があったんじゃないのか。筋肉や運動センスの介在しない、想像を超えた方面から──

(まてよ、筋肉や運動センスの介在しない、だと?)

そこまで考えた私は、ついにある一つの閃きを得る。

それでも私は、恐る恐る言った。

「御前、思い切ってお伺いしますが」

私は、今から口に出す言葉の重さを噛み締めながら言った。

「御前の目から見た場合、ウララは既に呼吸を支配していると、そう思われますか?」

御前は静かに、しかし大きく頷いた。
私の心は途端に浮き立った。

「も、もしかして、オペラオーもそうなんじゃないですか!?勝ちたいという気持ちや、自分が自分であり続けようとする、そんな姿勢が呼吸を産む。そういう事なんじないですか!?」

やはり御前は頷いた。

そうか──

そういうことだったのか。

とたんに私は腑に落ちた。

私たち以外の全員が、いつの間にかうどんのあった屋台の方へと集まっていた。
その中から、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきて、私の鼻腔を突いた。

私はそんな光景を眺めながら、ついに確信する。
やはり、あのルドルフの言葉はウララではなく、ルビーに、そして私に向けられていたのだ。しかも、それに気づいて新たに身に備えよというのではなく、既に身につけていることに気づけ、という事だったとは。

ウララが手にしているという呼吸。ウララが私に先行出来た理由はコレなんだ。だからウララのゼロヨンのタイムは走る度に良化する。たとえレースの最中であろうが、ほんの一瞬の出来事であろうが、ウララはそれらを吸収し、自分の力へと還元しているのに違いない。
いや、今日だけの話ではない。高知の2戦目で見せたギガレンジャーとの死闘。レコードにまで迫ったあのタイムを作ったのも、間違いなくウララの呼吸なのだろう。イブキライズアップと仕掛けたゼネラルエムシーとの1戦目、東京競馬場での中央デビュー戦、ツインターボと繰り広げた10,000メートルマラソンだって──

私の目の前で、それまで散らばっていたウララという名の歯車が、次々と強烈に合致していく。『土壇場に強い』という、ウララの強みの理由は、つまりそういう事なんだ。私の胸は高鳴った。
オペラオーもまた同じだ。彼女の場合はあの演技を介して、呼吸を手にしているに違いない。なりたい自分になろうとする、あの強烈な姿勢。それも一つの鍵なのだろう。

「さあ、私も、そろそろ行きましょうか」

御前はそう言いながら、屋台の方へと歩を進めた。
「え」
虚を突かれるようにそう促され、私はハッと我に返った。
「コーヒーよ」
「え......ここでコーヒー、ですか?」
確かに先程から、美味そうな香りが漂ってはいるが、このタイミングでコーヒーブレイクというのは少々意外に思えた。
私は、昔からコーヒーはかなり好きな方だったが、練習の合間に飲んだ事はない。レース前となれば、カフェインの過剰な接種はドーピングの判定に繋がる可能性もあり得るので、3日前から控えるようにしている。そもそも御前とルドルフは紅茶党だった筈だから、余計に意外と感じたのかもしれない。
「まあ、疲れを消す方法もいろいろあるってことよ。何しろ、総当たりを同じ日に3回。長丁場だもんね」
御前は、昼間にうどんの用意がしてあった屋台の方へと私を誘導した。いつの間に用意していたのか、そこには本格的なドリップマシンと、大量のコーヒーカップが用意されていた。他のメンバーも、既にコーヒーカップを手にしながら笑いあっている。

屋台の中に、それをサーブする人影があった。

え、と思う程にそれは大きかった。

「あら、ようやく来たわね」

いかにも優しそうな、年配の女性の声がした。
先にカップを受け取った御前が言った。

「ありがとう、お義母さん」

おかあさん?
ということは──

うどんのお母さんだ。
恥ずかしがり屋のばんば娘だ。
私もコーヒーカップに手を伸ばしながら、屋台の中を覗き込んだ。

たしかに大きい。
骨格からして違う。

身長はヒシアケボノより頭一つ高いくらいだろう。驚いたのはその肩幅だ。首の後ろから続く僧帽筋が、両肩の三角筋が見せる存在感と相まって、さながら富士山のようにその裾野を広げている。腕組みをした二の腕からは恐ろしく発達した上腕三頭筋が厚みを見せ、横に張った肘がまるでプロテクターのように突き出していた。
そして脚。
太いなんてもんじゃない。
腰骨よりも大きく広がった太腿の所為なのだろう。履いているのはジーンズだったが、そのシルエットには一切見覚えはなく、サイドステッチが編み上げになっていた。レスラーでもない、ボディビルダーとも違う、どんなアスリートと比較しても重複しないばんば娘独特のシルエットは、たとえエプロン姿でケトルを手にしていても、霧散することはないらしい。私はその時、そう認識した。

その『大いなる母』は静かに言った。
「あなた、今、私のことを『デカい』とか思ったでしょう?」
当たり前だが図星である。
私が狼狽えていると、その『大いなる母』は、やはり悪戯っぽい微笑みを浮かべ、私に言った。
「これでも小さくなったのよ」
──本当かよ。
私はそう言う代わりに、名を名乗りながら頭を下げた。

「こちらが、私の旦那のお母さん。ばんば娘のキヨヒメさんよ」
「おキヨさんって呼んでね」

簡単な自己紹介の後、岩のような拳が迫ってきて、私の掌を包み込んだ。こんなものはもう握手とは呼べない。世界一簡単な、ハグだ。

「さあ、テイオーさんもコレをどうぞ。気分転換にはね、コーヒーが一番よ」

おキヨさんが手渡してくれたのは、夏の夕暮れにも暖かな湯気の立つ、一際美味しいモカだった。

そして、御前の言う二つ目の話。
それを話してくれたのは、誰あろうおキヨさんだった。

[newpage]


「お母さん、どうぞ」

娘婿が鉄製のマグを差し出してきた。私は一口だけ飲んだメロンソーダの缶を砂に立てて、それを受け取る。火傷に気をつけながらそれを啜ると、思い出を探る事に夢中になりすぎていた私の頭は、すっきりとした落ち着きを取り戻した。

(ああ、美味いな......)

娘婿の淹れるモカブレンドは、いつだって美味いことを私は知っている。コーヒーについては一家訓を腹に持つ私と会うとなると、彼は必ず中煎りのモカブレンドを持ってきてくれた。派手な外見に見合わず、非常に真面目で誠実な女たらしだった。

娘と孫が波打ち際で戯れている。その側には娘が潮風を浴びながら立っていた。

私はコーヒーを啜る。

もう一口。またもう一口、と飲む度に、モカの香りが再び私を思い出の中に誘い込んだ。

偶には、喋ってみるか。

「ねぇ、アニキ」
「はい?」

私は以前から、娘婿の事をアニキと呼ぶ。以前は坊やと呼んでいたこともあったが、孫が生まれて以来、この呼び方になった。気を悪くすることもないようで、私の呼びかけに娘婿は迷いなく答えた。
「ちょっと、年寄りの昔話に付き合って欲しいんだけどいいかい?」
彼は自分のコーヒーに手を伸ばしながら頷いた。
私は言った。
「あんたは、私たちウマ娘に伝わる「あの伝説」について、何か知っていることはあるのかい?」
私たちウマ娘には、「あの伝説」と言われただけでそれと分かる、ある共通認識があった。
私の探るような私の視線を受け止めながら、彼は少しの間思案するかのように黙った後、あ、と言いながら顔を上げた。
「もしかしてアレですか。全てのウマ娘には、実は別世界に同じ名前の兄妹がいる、っていう話ですか?」

それだと少し違う──私は小さく首を振った。

「こことは違う別世界に、自分と同じ名前を持ち、同じ『走る』という宿命を背負った者たちがいる──だよ」

私がそのように言い正すと、彼は、「あ、そうなんですね」と肩をすくめた。

私は続けた。

「何か記録があるわけじゃない。本当はこうなんだと説明出来る者もいない。でもね、この世の全てのウマ娘は、あの伝説を信じたまま死んでいくんだよ。何でだか分かるかい?」
娘婿は首を横に振る。
私は言った。
「私たちはね、名前だけじゃなく、その別世界から想いや魂さえも受け継ぐからさ」
「想いや魂......?」
その語尾が妙に上がったところを見ると、ピン、とくることはなかったようだ。
私は少し様子を伺う。
「まだ聞いてくれるかい?」
娘婿は強く頷いた。
「ここまで聞かされておきながら引き下がろうっていう奴は、どうしようもない礼儀知らずか、ただのドMですよ」
そんな冗談に、私は笑った。

ここから先は、おキヨさんの話になる。

想いというのは、別世界の自分自身がかつて願った本懐であること。

魂というのは、その本懐の強さなのだという。

別世界に生きる、あるいは生きた自分が己の走りに捧げた想いが強ければ強いほど、こちらの世界、つまり自分自身との結びつきが強まるのだという。
そして結びつきが強ければ強いほど、自分の走りに影響が出るらしい。

「本懐だってんだから、強いに決まってるじゃんねぇ」

私たちは揃って笑った。

別世界で栄光を掴んだ者は、同じくして栄光を掴み取る為に闘い続けるという宿命を背負う。
別世界で不遇不運に晒された者は、やはり同じくしてその宿命を背負い、荒れた荊の道に放り出される。

しかし、その宿命に従うも、抗うも、結局は今の自分自身次第なのだという。

「そんな中でね。別世界に生きていた間、ついに生涯一度も勝てなかったとしたら、こちらの世界にいるウマ娘は、一体どんな気持ちになると思う?」
娘婿はうーむと唸ってから、すっかりぬるくなったコーヒーを喉に流し込んでから、言った。
「多分......何が何でも勝ってやろうって、そう思うんじゃないですか?」
「へえ、そうかい?」
「そりゃそうですよ。だって、向こうの世界で勝てなかったんでしょう?その運命を背負ってこっちの世界に生まれ変わってきたんなら、今度こそ勝ちたいって思うはずですよ」
その答えに満足した私は、頷いた。
「やっぱり、そうなるよねぇ」

生まれ変わってっていう表現が正しいかどうかはわからないけれど、ハルウララは、正しくそんなウマ娘だったよ。

私はそうとは言わずに、空になったマグを砂の上に置いた。

私は孫の姿を目で追った。波打ち際から少し離れたところで、砂の城を作る孫を、娘が手伝っていた。

あの娘が背負った宿命とは、一体どんな物なんだろう。
その母である私の娘は、彼女自身の宿命に対してどんな答えを出してきたんだろう。

そして私は──

自分自身の宿命について、どのように生きてきたんだろう。別世界からの想いを受け止め、それらを叶えることは出来たのだろうか。

結局のところ、それは謎でしかない。

今でこそ回数は減ったが、偶に、ウララとのゼロヨンの中で見た幻覚の風景を思い返す事がある。

あれは、別世界の私が見た、もう一つの安田記念の風景だったのではないだろうか。

ある時期から私はそう考えるようになった。

ゴールした瞬間、勝ったと叫んだ私と同じように、別世界の私もまた、叫んだのだろう。

あの日私に、あの伝説について話してくれたおキヨさんは、話の最後をこんな言葉で締め括った。

「この伝説はね、きっとウマ娘の『ウマ』たる根幹なのよ。私はそう思うの」

......。

その答えは、やはりない。

だが、その答えを求めて、全てのウマ娘が今日も何処かで走り、生きている。

まるで、寄せては返す波のように、だ。





















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