病院薬剤師が語る処方箋上のアリアの舞台裏(第2巻)
皆さん、こんにちわ。病院薬剤師だまさんと申します。
本ブログ(note)にアクセスしていただき、ありがとうございます。
本ブログは、2020年8月より小学館『月刊!スピリッツ』で連載されている「処方箋上のアリア」(三浦えりか作)を10倍楽しむためのブログです。
Rp.6 要らないカード・増やせるカード~生活習慣病との付き合い方~
(あらすじ)
駒草夫妻が亜理亜薬局を訪れる。痛風発作を発症している夫・翔一は、尿酸値以外にも高血圧・高コレステロールも指摘されていたが、妻には「生活習慣病の薬は飲まない」の一点張りだった。別の日、同姓患者の全く同じ内容の処方箋が持ち込まれ…。
第6話「手持ちのカード」のテーマは「生活習慣病」です。
※原作(第6話)を読んでみたい方はこちら。
Chapter1:生活習慣病の難しさ
生活習慣病(旧成人病)は「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」と定義されており、例えば以下のような疾患が含まれます。
食習慣
⇒ インスリン非依存糖尿病、肥満、高脂血症(家族性のものを除く)、高尿酸血症、循環器病(先天性のものを除く)、大腸がん(家族性のものを除く)、歯周病等
運動習慣
⇒ インスリン非依存糖尿病、肥満、高脂血症(家族性のものを除く)、高血圧症等
喫煙
⇒ 肺扁平上皮がん、循環器病(先天性のものを除く)、慢性気管支炎、肺気腫、歯周病等
飲酒
⇒ アルコール性肝疾患等
生活習慣病は、医療費の約3割、死亡者数の約6割を占めており、急速に進む高齢化を背景に、その予防が重要視されています。
生活習慣病の一番厄介なところは「病識」が乏しい点です。
つまり、検査値の異常を指摘されても、患者は治療の必要性を実感できないため、予防はおろか治療にも積極的になりにくいのです。
件の翔一も自覚症状はなく、これまで予防も頑張ってきたという自負もあって、薬の服用には抵抗感が拭い切れてない様子でした。
「薬を飲め」と言うのは簡単ですが、患者を真剣に治療に向き合わせるのは意外と難しいことなのです。
さて、麻生のお手並み拝見…(人ごと?)
Chapter2:「体質」はハンデなのか?
麻生は「尿酸の薬(アロプリノール)が在庫切れ」と嘘をつき、駒草親子を鉢合わせさせるように画策します。
そして、翔一は息子も自分と同じ薬を服用していることを知ります。
人は配られたカードで生きていくしかねぇ。
努力したって手に入らねえカードばっかりで嫌んなるよなあ、まったく。
でも…あんたには目の前に増やせるカードがある。
ここで「増やせるカード」とは薬のことです。
自分より前に息子がカードを増やしていたことを知るに至り、翔一はようやく考えを改めます。
麻生の言う通り、努力しても手に入らないカードもあります。
例えば今回の「体質(遺伝)」(を変えること)です。
ただ、それはハンデと言い切るのはあまりにも短絡的です。
自らの「体質」を知れば予防への真剣度も増しますし、血縁者に警鐘を鳴らすこともできるのです。
※私も遺伝的に大腸がんの多い家系のため、早期発見に全集中しました。
ラーメン屋を出た浜菱は、見知らぬ女性と密会(?)する麻生を発見。
次第に明らかとなる麻生の過去とは?
今回はここまで。
次回は浜菱の書いた薬歴が少女を闇から救います。
Rp.7 薬をこんな使い方するんじゃねぇ~優れた薬剤師は人を疑う~
(あらすじ)
いつも父親の薬(ワルファリンK)を取りに来る桜。「ビタミンK含有食品はワルファリンKの効果を弱める」。勉強熱心な桜は相互作用の説明にも目を輝かせる。ところが、桜は突然薬を取りに来なくなる。違和感を感じた麻生は桜の自宅に押しかける…。
第7話「招かれざる使い道」のテーマは「不適正使用」です。
※原作(第7話)を読んでみたい方はこちら。
Chapter1:睡眠薬の転売
冒頭では、亜理亜薬局を訪れた男性が偽造(カラーコピー)した処方箋で睡眠薬をだまし取ろうとするシーンが描かれています。
「必要なら処方医に日数を増やしてもらえば済む話なのでは?」
不思議に思われたかもしれませんが、実は睡眠薬の多くは日数制限(上限30日分)があり、一度に大量に処方してもらえません。
麻生「こいつは繁華街では…1錠いくらで売れるんだ?」
そう、この男性は転売目的で睡眠薬を入手しようとしていたのです。
麻生の言う通りこれは犯罪行為です。(パトカーで連行、は大げさですが)調剤は断られますし、薬剤師会を通じて周辺地域の保険薬局にも注意喚起されることとなります(ある意味、ブラックリスト入りですね)。
睡眠薬のダークサイドに関しては、こちらもご覧ください。
あらあら、麻生が大学病院を辞めた理由も睡眠薬絡みだったんですね(しかも冤罪。訳ありですな)。
Chapter2:薬歴の意義
「おい、てめえはいつから小説家になった」
浜菱の書いた薬歴にツッコミを入れる麻生ですが、今回これが謎を解く鍵となりました。
桜の行動に、麻生はどうして違和感を覚えたのでしょうか?
・桜の父親の処方箋▶「俺が大学病院で担当していた患者だ」
・麻生を見た時の桜の驚き▶「桜は俺を避けてる?」
・桜が薬を取りに来なくなった▶「父親に何かあった?」
・浜菱の書いた薬歴▶「桜は納豆菌サプリを買いに行った?」
↓
相互作用を悪用して桜が父親を殺そうとしている!?
↓
窓ガラスを破壊して桜の自宅に不法侵入!
※このお話はフィクションです(笑)
Chapter3:優れた薬剤師ほど辞めていく
今回のエピソードでも「優れた薬剤師の資質」が浮き彫りとなりました。
資質その1:感性
患者の異変に気づけること、違和感を察知できることです。ただ、気づくだけなら比較的誰にでもできること。それをスルーせず行動につなげるためには、麻生の言う通り「人を疑うこと」なのかもしれません。
資質その2:知性
違和感を覚えたことを放置せず、納得いくまで追求し続けることも大切な資質の一つです。そこには学術的な知識も含まれますが、患者や家族の言動を観察し記録に残すことも大切な要素です。
資質その3:根性
自分だけが納得しても患者は何の恩恵を受けられません。自分の立てた「仮説」を確かめるため、そして患者の利益を向上させるためには根性、行動力がなくては始まりません。
ところが、「優れた薬剤師ほど辞めていく」という皮肉な現実があるのです(麻生だってそうですよね)。
先日偶然見つけたのですが、パンダ先生(呪術廻戦の?ちゃうわ)がこんな動画を投稿され、薬剤師業界のあり方を危惧されていました。
ちょうど「アンサングシンデレラ 病院薬剤師葵みどり」で現在連載中の「ドラッグストア編」でも同様なテーマが取り上げられています。
詳しくはこちらをご覧ください。
今回はここまで。
Rp.8 「適正使用」が必要な理由~誤解だらけの消毒薬~
(あらすじ)
麻生の元同僚・九蘭が亜理亜薬局に押しかけ、勝手に働き始める。麻生と浜菱の仲を怪しむ九蘭だったが、すぐ杞憂だったとわかる。消毒薬を買いに来た常連客・槙の言動を不審に思った麻生は槙の自宅を訪れるのだが…。
第8話「身近だけど知らないこと」のテーマは「消毒薬」です。
※原作(第8話)を読んでみたい方はこちら。
Chapter1:消毒薬の毒性
コロナ禍の中、以前と比べ消毒薬のお世話になる機会が増えました。
恐ろしい病原体から我々を健康を守ってくれる消毒薬。
しかしその本質を知れば、「安全の代名詞」ではないことに気づきます。
どういうことか?
消毒薬は「毒(化学物質)」をもって「毒(病原体)」を制する薬。
つまり、消毒薬自身も「毒」なのです。
医療の現場では「消毒薬の適正使用」という言葉をよく耳にしますが、これも「消毒薬は毒性が強いから正しく使いましょうね」という意味なのです。
作中で触れられた消毒薬の毒性
・エタノール手指消毒薬の多用による手荒れ(保湿剤で防止可能)
・ベンザルコニウムの噴霧による気道・眼・皮膚の傷害
Chapter2:消毒薬の有効性
使い方が間違っていると、効き目にも影響が出ます(単なる気休めに!?)。
九蘭はこう言ってましたよね。
「消毒薬は濃度・接触時間・温度の条件が揃って初めて効果を発揮するの」
エタノールの場合
濃度;76.9~81.4%が理想(最低でも60%以上)
接触時間:15~25秒(よって1回2~3mL使用)
温度:20℃以上が理想
麻生は、作用の強さでランク付けされていることにも言及していました。
高水準
アルデヒド類
中水準
消毒用エタノール、イソプロパノール、次亜塩素酸Na、ポビドンヨード
低水準
ベンザルコニウム、ベンゼトニウム、クロルヘキシジン
使用期限は未開封状態ならば大差ありませんが、開封後の場合はランクが下がるほど汚染に弱くなるため短くなります。
開封後の使用期限について
施設毎に使用環境や使用頻度はまちまちです。よって、公にされている基準は存在しませんが、感染対策委員会で設定している施設が多いようです。
今回はここまで。
麻生が九蘭に慕われていること、過去に大学病院で何か事件があり、それが転職の理由となったことはわかりました。
しかし、九蘭がつぶやいた「あの日が来る」の意味とは?
酔いつぶれた麻生の口から出た「せりか、待ってろ」の意味とは?
次回の展開も見逃せません。
Rp.9 相談しないと気付けない!?~量を増やすと効果がなくなる薬~
(あらすじ)
孫娘の面倒を見るのが生きがいの老人・千茅(チガヤ)。心筋梗塞と糖尿病の既往があり数種類の薬を服用していた。まさに命をつなぐ薬。頭痛持ちで「お薬大好き」と言う千茅に不審感を覚えた麻生は・・・。
第9話「少しでも、多く」のテーマは「薬用量」です。
※原作(第9話)を読んでみたい方はこちら。
Chapter1:頭痛の種類
頭痛はコモンディジーズ(日常的に高頻度で遭遇する疾患)であることから、頭痛薬を愛用している方も多いことと思います。
今回の千茅のように相互作用(タンパク結合)に起因した頭痛はレアケースですが、片頭痛・緊張性頭痛・群発頭痛など多彩です。
市販薬で対応可能な頭痛もあれば、診断を受けずに放置すると命にかかわる頭痛(二次性頭痛)もあります。
また頭痛薬の服用回数が増えると、かえって頻度が増える不条理な頭痛(薬物乱用頭痛)もありますので、心当たりのある方は受診をお勧めします。
かく言う私も頭痛(片頭痛)持ち。
そんな私が下記の記事で頭痛薬を熱く語っていますので、是非ご一読を。
Chapter2:用量と作用の関係
「2倍飲めば2倍効く」
「半分飲めば半分効く」
薬の誤解「あるある」ですが、もちろんそんな単純なものではありません。
このグラフでもわかる通り、量を増やすことで薬物濃度が中毒域に達すると(それまで出なかった)副作用が一気に出ることとなりますし、逆に量を減らして無効域に入ると効果は出ません(飲んでないのと同じことに)。
また、作中で紹介された酸化マグネシウムやスルピリドのように、飲む量によって作用が変わる薬もあるのです。
今回のアスピリンも同様。
低用量(75~150mg/日)
▶ 血をサラサラにする(血小板凝集抑制)
高用量(1000~2000mg/日)
▶ (上記に加え)血をドロドロにする(血小板凝集促進)、熱を下げる、痛みを和らげる、炎症を抑える
千茅は市販の頭痛薬を服用したことで、トータルのアスピリンの量が高用量(2080mg/日)となってしまいました。
単純に考えると「サラサラ」度が増しそうですが、さにあらず。
「サラサラ」作用と「ドロドロ」作用が合わさることで、血栓を防ぐ効果が失われてしまうのです(これをアスピリン・ジレンマと呼びます)。
想像力を働かせて血栓の再発を疑い、千茅に受診を勧めた麻生。
お手柄でした。
今回はここまで。
脱力系のボケが若干気になりますが、今回のエピソードで、せりかという少女が麻生の人生に深く関わっていることがわかりました。
次回も楽しみです。
Rp.10 痛いもんは痛い~人の痛いのは三年でも辛抱する~
(あらすじ)
生理痛に苦しむ彼女のためにロキソニンを求めて亜理亜薬局を訪れた若者。「彼女を連れてきた際はお願いします」と頼まれ浜菱は戦慄する。そんな中、またしても生理痛に悩む女子中学生とその母親が来局し・・・。
第10話「当事者の隣」のテーマは「疼痛」です。
※原作(第10話)を読んでみたい方はこちら。
Chapter1:薬剤師がいないと買えない薬
「こんだけCM流してるロキソニンが何で買えないの~」
そんな経験をされた方は決して少なくないと思います。
一般用医薬品のうち「要指導医薬品」「第一類医薬品」(例.ロキソニンS)は薬剤師による書面を用いた情報提供が義務付けられているからです。
ロキソニンは本来ならば処方箋がなければ入手できない薬なので、ある程度やむを得ないハードルなのかもしれません。
こんな場合はドラッグストアではなく、亜理亜薬局のような保険薬局に行けば薬剤師は必ずいるので、無駄足を踏むことはありません。
とはいえ、市販薬の方がずっと高価なので釈然としないかもしれませんね(値段にはCM代も入っている筈です)。
ロキソニンS(一般用医薬品):59.4円/錠
ロキソニン錠60mg(医療用医薬品):12.4円/錠
※保険(3割負担)を用いると3.7円、後発品だと最低2.4円になる
Chapter2:生理痛専用?
このCMをご覧になって、皆さんはどう感じられましたか?
「ええっ?生理痛の薬って存在してなかったの?」
「ロキソニンは?ノーシンピュアは?」
皆さんが動揺されるのも当然です。
≪ロキソニンS・ノーシンピュアの効能・効果≫
1)生理痛・頭痛・腰痛・歯痛・咽喉痛・関節痛・筋肉痛・神経痛・肩こり痛・抜歯後の疼痛・打撲痛・耳痛・骨折痛・ねんざ痛・外傷痛の鎮痛
2)悪寒・発熱時の解熱
ご覧のように、ロキソニンSもノーシンピュアも生理痛以外にも効能・効果を有しています。
では、エルペインは生理痛にしか効かないかというと、全然そんなことはなく、概ね同じ効果が得られる筈です。
これはあくまで製薬会社のマーケティング戦略。
つまり解熱鎮痛作用のあるイブプロフェン(代表薬:イブ)に、鎮痙作用のあるブチルスコポラミン(代表薬:ブスコパンA)を配合し、他の効能・効果を隠して「生理痛専用」であることを際立たせただけのことです。
マーケティング的には興味深い戦略だとは思いますが、薬の専門家としては患者の無知につけ込んだ感が見え見えで・・・ヤな感じがします。
Chapter3:他人の痛みはわからない!?
今回のサブタイトル「人の痛いのは三年でも辛抱する」は、私も知りませんでしたが「ことわざ」なのだそうです。
人間はどんなに進化しようと、他人の痛みまでは理解できない生き物のようです(上のイラストの幻肢痛なんか最たるものです)。
それは生理痛に限ったことではなく、心の痛みやスピリチュアルな痛みにも当てはまります。
大昔、がん疼痛の治療にMSコンチン錠(主成分:モルヒネ硫酸塩水和物)を開始する患者を担当することになった私は、ありったけの資料を読みまくり、オピオイドの適正使用に関する知識を学びました。
最も大切にしたこと、それは・・・
「あなたの痛みはあなたにしかわかりません。だから痛みを決して我慢せず、痛いなら痛いと、薬の量が足りないなら足りないと伝えてください。痛みはあなたの食欲と睡眠、ひいては体力と気力を奪っていきます。痛みを抑えることでがん治療に集中できますし、大切な時間を穏やかに過ごすこともできます。副作用はそれなりに出るとは思いますが、精一杯対処するので恐れないでください。これからが大切です。我々と一緒に頑張りましょう」
思い出しながら久しぶりに書きましたが、意外とスラスラ出ました(笑)。
今回はここまで。
次第に明らかになる麻生の過去。
地黄部長の「葛くんはまたここに来るよ。あれを探しにな・・・」というが気になります。
(伝染ボケも含め)次回も見逃せません。
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