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ピットが敗者を決めたレース——ペレス熟練の走りで優勝したモナコGPと、インディ500
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今年も同日開催となったF1モナコGPとインディ500。いずれもピットにまつわる一瞬のミスが敗者を決定づけたレースとして記憶に残るだろう。
豪雨で順延、タイヤの見極めが左右するレースに
モナコGPのスタート直前に降り始めた雨は1984年や96年でも見たことがないほどのゲリラ豪雨となった。1時間以上の順延ののち開始されたレースはウェットからドライへ乾いていく路面となり、ウェット、インターミディエイト(浅ミゾ)、ドライのタイヤ交換タイミングの巧拙が問われることになった。
序盤は首位からルクレール、サインツ、ペレス、フェルスタッペンの順で2チーム4台が団子状態で走行。レース開始時点で雨は止んでおり、後方のガスリー、ベッテルらは早めにインターミディエイトに交換するギャンブルに出た。ガスリーは10周目ごろから路面が乾くにつれ、”抜けない”モナコで周冠宇らを追い抜きながら順位を上げていく。
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トップ集団は早い段階でピットインしてしまうと中団勢に埋もれるため、うかつに自分からタイヤ交換には動けない。ウェットからインターミディエイト、ドライへと2回交換するのか、それとも2016年のモナコでハミルトンが成功させたようにウェットで長く走って一足飛びにドライに交換するのか。神経戦が続いた。
ペレスのタイヤ交換が奏功し、フェラーリはピットで勝利を失う
まず16周目終わりに動いたのがペレスだった。ウェットからインターミディエイトに交換。あとから考えれば、このペレスの判断が大きくモノを言った。ペレスは18周目にその時点の最速タイムとなる1分25秒215を出し、ルクレールやフェルスタッペンを一気に5秒も追い上げた。
ルクレールとフェルスタッペンは18周目終わりにインターミディエイトに交換。2周遅れたことが響き、ルクレールはピットアウト時点でペレスに5秒先を行かれていた。
このレースのフェラーリのミスとしては後述の「ダブルピットストップ」が槍玉に挙げられるが、インターミディエイト交換時点でペレスに5秒差をつけられた時点で、少なくともルクレールは優勝する権利を失っていたのだ。
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残るサインツはウェットでの走行を続けた。タイヤ交換を2回繰り返すタイムロスを避け、一足飛びにドライ(ハード)へ交換する作戦だ。
ここでフェラーリは二重にミスを犯した。タイムの伸びないウェットのまま走行を続けたサインツのドライタイヤへの交換タイミングを見誤って21周目終わりとしたばかりか、ルクレールを同時にピットへ呼び戻してしまったのだ。
エンジニアの勘違いか、一瞬の判断ミスはわからない。すんでのところでルクレールへの無線で「ステイアウト、ステイアウト(コースに留まれ!)」を連呼するが、時すでに遅し、ルクレールはピットロードに入っていた。目の前にはサインツのテールが。。。エンジニアに激昂するルクレール。ルクレールはサインツのタイヤ交換完了まで、ピットで余計な時間を待たされた。これが致命傷となった。
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レッドブルは即座にフェラーリ2台のハードの暖まりが遅く、先にタイヤ交換した側が不利だと見てとり、翌周にペレスとフェルスタッペンをピットに呼び寄せてドライタイヤに交換する判断を下した。
ピットアウト後はペレス、フェルスタッペンとも鼻先でフェラーリを抑え、レース開始時点の3位ペレス-4位フェルスタッペンの体制から、ドライ交換後に1位ペレス-3位フェルスタッペンへ引き上げることに成功した。チャンピオンシップを考えると、目下のライバルであるルクレールを首位から4位へ引きずり下ろしたのは大きかった。
たった2〜3周の出来事だが、レッドブルとフェラーリの判断力の差がクッキリと現れた瞬間だった。レース前にフジテレビNEXTの解説の森脇基恭氏がいみじくも「こういう変わりやすい天候でチームの対応力が問われる」と語ったとおりの結果となった。
去年、王者メルセデスを相手に散々タイトル争いで苦労したレッドブルはダテではなかった。
チャートで振り返るタイヤ交換の明暗
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トップとのタイム差を見ると、ペレス(=青の二重線)がインターミディエイトへのタイヤ交換後に首位のルクレールから25秒差へ後退するも、ぐんぐんトップ(ルクレール⇒サインツ)との差を縮めていることがわかる。17周目終わりに5位のノリスがピットに入り、目の前が開けたことも大きかった。
21周目にフェラーリが2台同時にタイヤ交換したことを見てとって、レッドブルは22周目終わりに2台同時にピットに入れる。ペレスは首位のままコースに復帰し、フェルスタッペン(=紺)もサインツとルクレールの間に割り込んだ。ようやくタイヤが暖まってきたフェラーリ勢がレッドブル勢を追い上げるが、ここは抜けないモナコ。後の祭りだ。
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ラップタイムの推移を見ると、16周目終わりにインターミディエイトに交換したペレス(=青の二重線)のタイムは1分25秒台に達した。ウェットのまま走行を続けるサインツ(=濃い赤)は1分32秒前後のまま横ばい状態で、2台がともにドライにタイヤ交換した時には、1回多くストップしたはずのペレスに逆転を許してしまった。
磨耗が大きいからか、ウェットが想定よりも路面が乾いた状態でのタイムが伸びないことがペレス逆転の伏線だった。もし、サインツが1周早くドライに替えていればペレスのオーバーカットを防げたかもしれない。(ただし、サインツとしては「アウトラップでウィリアムズに抑えられなければ勝てたのに」と言いたいかもしれない)
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それでは、ルクレールはどうすればよかったのか。
21周目の局面でのルクレールの最善策は、「フェルスタッペンがドライに交換するまで動かない」ことだったと思われる。タイトル争いの直接の相手はフェルスタッペンであって、ペレスやサインツではない。最悪でもフェルスタッペンに先行されないことを優先すべきだった。
インターミディエイトの交換後にペレスに先を越された時点でルクレール優勝の可能性は小さかったが、同じインターミディエイトを履くフェルスタッペンの前にはとどまっていた。コース上での追い抜きがほぼゼロのモナコ。フェルスタッペンのポイント差を詰めることを優先するなら自分からコース上のポジションを明け渡すべきではなかったのだ。
ルクレールの逆転優勝のためにはドライへのタイヤ交換でレッドブルを出し抜きたい——、そんな考えがフェラーリのエンジニアの頭によぎったのかもしれない。モナコでの優勝か、フェルスタッペンの前でゴールするか、この優先順位をピットが一瞬、見誤ったことがダブルピットのミスにつながったと推察する。
2022/06/06追記:
なお、フジテレビNEXT「F1GPニュース」の川井一仁さんらの見解では「ペレスがタイヤ交換した翌週にサインツをピットインさせてペレスのアタマを押さえなかったのが間違い」とのこと。「コース上のポジション優先はモナコの鉄則なのに、それを守らなかったフェラーリがおかしい」そうだ。
また、「そもそも序盤からサインツのペースを意図的に落としてルクレールを逃がしてやれば、逆転は起こり得なかった」そうだ。なるほど。。
作戦的にはそれが正しくとも、果たしてサインツが受け入れるかは疑問だ。少なくともペレスの翌週のタイヤ交換については本人がNOを出してる。
シューマッハ+トッド体制の頃のフェラーリなら躊躇なくバリチェロを抑え役に回しただろうが、サインツは少なくともナンバーツーの契約ではない。
タイヤ作戦的にも番組では「サインツがアウトラップでラティフィに邪魔されなければ、レイン→ハードの作戦は有効だった」との見解だったので、サインツとしても優勝を捨てる戦術には乗らないだろうね。
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その後、レースはミック・シューマッハの大クラッシュで赤旗中断。
再開後のレースではペレスが1周目のミラボーでタイヤをロックアップさせてヒヤリとさせたが、ベテランらしいペースコントロールで後続を抑え、今季初優勝を飾った。
レース中に何度もドライバーとチーム間の無線が流れていたが、特にペレスとサインツは的確に路面状況を伝え、複数の戦略の優位性を吟味していることが感じられた。サインツはシーズン当初から不振が続き、今回の2位も本人の望む結果ではないだろうが、これが弾みとなるよう願いたい。
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インディ500もピットで敗者が決まったレースに
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同じ日に行われたインディ500では、レースの大半をリードしていたスコット・ディクソンが残り30周を切ったころの最終ピット進入時のスピード違反を取られて優勝戦線から脱落し、佐藤琢磨もピットでの作業ミス(琢磨がピットの停止位置をオーバーしたとの情報もあり)で集団に埋もれ、順位を落とした。
モナコとインディ500はともにピットが敗者を決定づけたレースとなり、なおかつ勝者はいずれも小林可夢偉のF1時代の元チームメイトだった、とのオチがついた。