格の違いを見せつけた王者たちと、林檎の国の主の来訪(前編)——F1アメリカGP
4人の王者が躍動し、格の違いを見せつけた。フェルスタッペンはタイヤ交換のトラブルをものともせず追撃にかかり、ハミルトンはシーズン初勝利のチャンスに奮起し、アロンソは中盤のクラッシュを乗り越え、ベッテルも最終周まで闘志を貫いた。逆境にも決して諦めない王者の風格を感じたレースだった。そして、ゴールを見守る「意外な王者」の存在も、来年以降のF1シーンにどう影響するか思いが巡るアメリカGPとなった。
新王者、一閃の追い抜きで7冠王者を下す
鈴鹿でタイトル連覇を決めたフェルスタッペンが2番グリッドからのスタートで首位を奪う一方、ポールポジションから発進したサインツはラッセルに当てられてスピン。その後、マシンの損傷でリタイアした。ルクレールはPU交換によるペナルティで中団からのスタートで、敵のいないフェルスタッペンが逃げを打つかと思われた。
しかし、レース中盤に2回のセーフティーカー(SC)が入り、フェルスタッペンが35周目終わりのタイヤ交換で10秒ロスして実質的な3番手に落ちると、俄然レースが面白くなった。
フェルスタッペンは不手際に終わったタイヤ交換後に「Beautiful !」と叫んで悪態をついたが、さすが2年連続チャンピオン。レースエンジニアのランピアーゼに「俺たちはまだ追いつけるぞ!」と促されると、39周目にルクレールを豪快にパス。それから10周あまりで首位ハミルトンに追いついた。
56周レースの50周目。バックストレートでDRS圏内に入った最初のチャンスで、フェルスタッペンは一気にハミルトンのインをこじ開けて首位を奪還した。レース後にリプレーを見たハミルトンが「すごいところから突っ込んできたな」と驚くほどのブレーキング。後ろで余計な時間を消費せず、居合抜きのようにスパッと抜き去るあたりに2冠王者の充実を感じさせた。
フェルスタッペンはシーズン13勝目を挙げ、04年シューマッハと13年ベッテルの最多記録に並んだ。チームも9年ぶりのコンストラクターズタイトルを決定し、前日に逝去したレッドブル本社の共同創業者ディートリヒ・マテシッツ氏への追悼ともなる勝利となった。
一方のハミルトンは久々の勝利のチャンスを逃すまじと数周食い下がり、無線でフェルスタッペンの白線カットを報告する「告げ口作戦」に打って出たが、自身も白線オーバーの累積が溜まり、以降は安全運転に。表彰式前のインタビューでハミルトンはチームに感謝を述べたが、表情は作り笑いのようで、内心は相当悔しそうだと感じた。
絶対に諦めないアロンソとベッテル
アロンソは最初のSC明けの22周目にストロールとの接触でマシン前部が大きく跳ね上がり、前輪が路面に叩きつけられ、コース脇のバリアにも接触した。見た目に激しい衝撃でリタイア不可避と思われたが、本人はピットに戻って修復すると、クラッシュなどどこ吹く風で最後尾から追い上げを開始した。
一時は6位に上がり、最終的にノリスに逆転を許すものの、7位でゴールした。
(※その後、ハースから「クラッシュ後の危険なマシンで走行した」との抗議があり、30秒加算のペナルティで15位に降格した。ハースとしてはマグヌッセンに散々オレンジボールを出されたので、他チームにやり返したというところか。アルピーヌは異議を申し立てている)
アロンソの活躍は喜ばしいが、追突には不安を感じた。ミハエル・シューマッハが現役最終年の12年にブルーノ・セナやベルニュに追突した動き、ライコネンが昨年のポルトガルGPでジョビナッツィと接触した動きを思い出した。今回はアロンソは不問で、ストロールにペナルティが出されたため引き合いに出すべきではないかもしれないが、状況が似ているだけにアロンソの動体視力に一抹の不安がよぎった。
ベッテルは予選でQ2落ちの12位にとどまるが、スタートで10番グリッドから5位にジャンプアップ。レース前半でルクレールに抜かれるものの、それ以降は6位をキープし、タイヤ戦略の違いで39、40周目は久々の首位を走った。
しかし、41周目終わりのタイヤ交換の際にチームは左フロントの作業に手間取り、16秒8を要する。これで入賞圏外の13位に落ち、フジテレビNEXTの塩原アナも「失望のロングピットストップ」と実況した。
それでもベッテルは失望などしていなかった。角田裕毅、周冠宇をパスして入賞圏に戻すと、52周目にアルボンを16、17、18の高速右コーナーの外側から豪快にパス。最終周にはバックストレートからインフィールド区間にかけてマグヌッセンにサイドバイサイドの猛攻を仕掛け、最後は高速右コーナー明けの19コーナーで前に出た。ゴール順は8位だが、アロンソへのペナルティで最終結果は7位となった。
私はF1は「去りゆくドライバーに厳しい」と思っているが、ことベッテルは日本、アメリカでシーズン最高の走りを続けている。この状態で引退してしまうのは本当にもったいない。シーズン前半のクルマがもう少し戦力があれば、ベッテルはモチベーションを保っていたのでは、と思うと残念でならない。
サーキットにいた「もうひとりの王者」――アップルのクック氏
若干こじつけだが、サーキットには意外な「王者」の姿があった。アップルのティム・クック氏。iPhoneやMacを擁する世界最強企業のCEOだ。
(以下、後編に続きます)