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日記を書くこと -二人の古賀さんの対談イベント-

2023年12月、
古賀史健さんと古賀及子さんとの対談イベント「日記の目と耳をもって生きること」に参加した

「日記の力」を信じる、体現しているお二人の対談はとても面白く、たくさんの気づきにあふれていた

特に覚えているのは、古賀及子さんの「物語が怖い。あらかじめある物語に当てはめることが怖い。もっと世界はユニークだ。それを見つけるのは自分であり、それができるのは言葉を見つけることによってだ」との発言。安易な言葉を使ってそれっぽい言葉で自分の唯一無二の体験、経験、感情を雑に扱ってはいけないと強く感じた

そして、古賀史健さんの「忘れっぽい。瞬間の感情とか忘れてしまう。書かないと忘れるぞと自分の中でアラートが鳴る。スマホなどですぐにメモする」とのこと
「大事なことだから覚えているなんてことはない」、「何か大切なことを忘れてしまったということだけは覚えている」という言葉。一流の人たちでも忘れるんだ!やっぱり自分みたいな凡人はなおさらメモしたりしないとダメだなと思った

他にも、
「日記を自分のためだけに書くことと、noteのような場所に公開することとの違いは何か」→プライベートな日記だと固有名詞なども出てきてネガティブなものになってしまうが、公開日記として書くことで固有名詞がなくなって攻撃的な感情を書かなくて済む。100%怒りで支配されることはないと思っていて、2%でもあれば別の感情を書けば良い。
「公開日記へのさまざまな反応にどのように向き合うか」
→ 怒る人などもいるが、それは避けることはできない。書籍に対しての反応はネガティブなものでも真摯に受け止めていく。ただ、noteなどプライベートで書いているものは好きで書いているんだもんとそれ以上考えないようにしているなどの質疑応答あり、とても面白かった。
※こういう場で気の利いた質問ができるようになりたい、サイン会のわずかな時間で会話を弾ませたいという欲も出てきた

noteに書く習慣はまだついていないけれども、X(旧Twitter)には色々とその時に感じたことを書くようにしている。今は、ほとんどが #2i2 ( #ニーニ )という推しグループに関する内容だけれども、いろんな投稿をしていきたい

とても忘れっぽいので、なるべくいろんなものをX(旧Twitter)やらnoteに記載していこうと思う。個人的に日記は慣れ親しんだもので、中学生・高校生あたりから日記は手書きで書いていた。当時の日記を読み返すと恥ずかしい気持ちがいっぱいだけど、当時のことをより鮮明に思い出すことができる。未来の自分への贈り物だと思いながら、記載していきたいと思います


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