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【連載】#8 目の前のことに集中することで、道は開ける|唯一無二の「出張料理人」が説く「競わない生き方」

職業「店を持たない、出張料理人」、料理は出張先の素材を最大限に生かしたオンリーワンのレシピを考案して提供する――。本連載は、そんな唯一無二の出張料理人・小暮剛さんが、今までの人生で培ってきた経験や知恵から導き出した「競わない生き方」の思考法&実践法を提示。人生を歩むなかで、比べず、競わず、自由かつ創造的に生きていくためのヒントが得られる内容になっています。

※本連載は、毎週日曜日更新となります。
※当面の間、無料公開ですが、予告なしで有料記事になる場合がありますのでご了承ください。

仕事は何でもそうですが、「重なる日」や「集中しやすい時期」があるものです。どう考えても1日24時間では足らず、「明日にしてくれればいいのに」とか、「来週だったら少しヒマだから、もっと丁寧にできるのに」って思うことがあります。

そうなると、どうやってこのハードスケジュールをこなそうかと考えます。特に、まだ出張料理を始めたばかりの頃は、毎日が限界を超える初体験の連続で、夜も眠れないくらい悩んだものです。

あなたなら、そんなとき、どうやって乗り越えますか?

私が出張料理人として独立する前に修行させていただいた「KIHACHI」南青山本店と姉妹店の北青山「セラン」は、日本で初めて「洋風無国籍料理店」を謳った超人気店でした。特に「セラン」は、神宮絵画館前の銀杏並木の入口にあり、緑豊かな最高のロケーションだったこともあり、毎日のように有名タレントさんやモデルさんが来て、テレビ撮影や雑誌撮影があったり、「レストランウエディングの先駆け」としても人気を博し、それはそれは、とてもハードで、目まぐるしい日々でした。

土日祝日には、朝7時からオムレツメインの朝食タイムが始まり、11時のラストオーダーまでに、200食ぐらいのオーダーが入ります。オムレツは、1人分の卵が3個なので、1回の朝食タイムだけで600個。土日合わせて1200個ほどの卵を金曜日の深夜、営業後に割って、ほぐしておく必要があります。ゴールデンウィークになると、その倍以上の卵を割って、巨大な寸胴鍋に入れておくのですが、今、思い出してもよく頑張ったなと思います。

一番きつかったのが、ゴールデンウィークの3連休、4連休すべてに、2階でウエディングなどの宴会が入っているときです。朝食タイムが終わるとすぐに、1階ではランチタイムが始まり、100~200食をこなします。それをこなしながら、2階の宴会料理を出すのは、本当に至難の業です。さらに、ディナータイムも入れると、仮に宴会料理が100名様分とした場合、1日に600名様前後の手間ひまかけた料理をつくることになります。

キッチンスタッフは、洗い場を別にして10人前後だったので、一人のコックさんが内容の異なる60名様分のコース料理を、仕込みからすべて一人でこなす計算になります。これはかなり大変です。

最初の頃は、戦場のようなピリピリした雰囲気の中、何から手をつけていいかわからなくなり、オロオロ浮き足立っていました。そんなとき、熊谷喜八ムッシュ(総料理長)は「あとの営業のことは考えずに、目の前の今の営業に集中しなさい!」とよく言われました。

「とにかく手を早く動かし、しかも丁寧に、目の前の仕事に集中する」

このやり方に慣れるまで、かなり大変でしたが、「目の前の仕事を確実に終わらせてから、次の仕事に移ることの大切さ」を身をもって学びました。

私の出張料理の話に戻りますが、やっと軌道に乗って、クチコミでお仕事をだいぶいただけるようになったときの、苦いエピソードをここで紹介させてください。

お店と違って、全国どこにでもお伺いさせていただく出張料理ですが、お客様宅へお伺いする移動時間も労働時間の一部と考え、往復で何時間かかるかも計算しておく必要があります。最初のうちは、私の地元船橋、市川あたりから、東京23区ぐらいまでが多かったですが、だんだんクチコミでが広がり、遠方からの御予約もいただくようになりました。時に、伊豆、箱根、軽井沢、那須高原あたりの別荘地からも呼ばれるようになったのですが、たいていは、お正月やゴールデンウィーク、お盆休み、クリスマス前後といったハイシーズンが多く、道が混む時期です。いつも、自分で車を運転していくわけですが、途中で事故渋滞にハマったら、もう大変です。往復で8時間ぐらい運転したこともあります。

やっとのことでお客様宅に着いたときにはもうクタクタで、笑顔を見せる余裕もなく、ただ寡黙にお料理の準備をするわけですが、せっかく楽しみにして待っていたお客様から見たら、盛り上がるどころか、ちょっとガッカリですよね。それでも食事がスタートすると、お料理は好評で、多少は挽回できるのですが、メイン料理をお出しする頃には、帰り道の渋滞のことや帰ってからの仕込みのことを考えたりするようになってしまい、気もそぞろになって、デザートまですべてお出ししたら一目散に片付けてすぐに帰るという、今思い返すと、最低なサービス精神で臨んでいた時期がありました。

お客様からしたら、せっかく珍しい出張料理人を呼んだわけですから、最後に一緒にお茶でも飲みながら、いろいろとお話したいと思われるわけです。ところが、愛想もまったくなく、逃げるように帰ってしまうのですから、もう最悪です。私自ら、クチコミの芽を摘み取っているようなものです。

そんなことを繰り返せば、当然仕事はなくなりますが、当時の私は、そんな基本的なことも気づきませんでした。結果、何度も「大きなどん底の苦しみ」を味わったのです。その原因が自分にあると気がついたのは、恥ずかしながら、かなりの年月が経ってからです。

その苦しみと原因に気づいてからは、「1回1回の目の前の仕事を大切にしよう」と考えるようになりました。

遠方に行くときには、可能であれば前泊するか、荷物は宅急便で送って、飛行機や新幹線などの公共交通機関を利用するようにしています。お客様の前では、目一杯楽しんでいただき、また呼びたいと思っていただけるように、寄席に通って話術も磨き、おもしろい話題のネタ帳もつくっています。最近はLINEでつながって、情報交換させていただいているお客様も増えました。

ここで、あなたにお伝えしたいことがあります。

普段の生活でも、いろいろやることが多くて、気持ちが浮き足立つこともあるかと思います。ただ、そんなときこそ、気持ちを落ち着かせて、目の前のことに集中してみてください。一つひとつ丁寧に終わらせていく習慣が身につくと、心も穏やかになり、しっかり地に足が付いていることを実感できるはずです。

どんなに忙しくても、丁寧に、目の前の仕事に集中する――。

熊谷喜八シェフからいただいたこの教えは、決して裏切りません。

過去の私のように、こなすことだけに追われて、いつの間にかサービスを疎かにして、次第に仕事が失われていき、失ったときに初めて気づく。それが一番怖いことです。どんな状況であっても、丁寧に目の前の仕事に集中していれば、そのような状況に陥ることはありません。

なお、「丁寧に」とは、つねにお客様、商品(私の場合は料理)をお届けする人に最高に満足いただけるものを追求していくことです。決して、こちら側の満足ではありません。お客様の満足です。そこには、ゴールや正解はありません。このあたりの話は、また別の機会にあらためてお伝えできたらと思います。

【著者プロフィール】
小暮 剛(こぐれ・つよし)
出張料理人。料理研究家。オリーブオイルソムリエ。1961年、千葉県船橋市生まれ。明治学院大学経済学部卒業後、辻調理師専門学校を首席で卒業。渡仏し、リヨンの有名店「メール・ブラジエ」で修業。帰国後、「南部亭」「KIHACHI」「SELAN」にて研鑽を積み、1991年よりフリーの料理人として活動開始。以後、日本全国、海外95カ国以上で腕をふるう「出張料理人」として注目される。その土地の食材を豊富に使い、和洋テイストを融合させて、シンプルに素材の持ち味を生かす「小暮流料理マジック」に、国内のみならず世界中から注目が集めている。近年は、出張料理人として活躍しながら、地域食材を最大限に生かしたレシピ開発を通じた地方再生や、子どもたちの食育講座などを積極的に行なっている。また、日本におけるオリーブオイルの第一人者としても知られ、2005年には、オリーブオイルの本場・イタリア・シシリアで日本人初の「オリーブオイルソムリエ」の称号を授与している。その唯一無二の活躍ぶりは各メディアでも多く取り上げられており、TBS系「情熱大陸」「クレイジージャーニー」への出演歴も持つ。最終的な夢は、「食を通して世界平和を!」。

▼本連載「唯一無二の『出張料理人』が説く『競わない生き方』」は、下記のサイトで過去回から最新話まですべて読めます。


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