編集者がこだわる「紙」の世界
フォレスト出版編集部の寺崎です。
編集部が運営しているフォレスト出版チャンネルという公式Voicyチャンネルがあるのですが、そこでたまーにやっているのが【出版の裏側】という回。
マニアックな内容なので視聴回数はあまり伸びないものの、ダッシュボードのデータをみるとしっかり最後まで聴いてもらえてる率が高く、どうやらマニアックな話を好む、濃い嗜好のリスナーさんがいらっしゃることが伺えます。
そんななか「今度はどんなテーマでやろうか?」と相談して出てきたのが「編集者がこだわる紙」というテーマ。
じつはこれ、自分が言い出しっぺなのですが、よくよく考えると紙にそんなにこだわりはないかも……と気づいてしまったのです。
そんなわけで、今日はちょっと思考を整理するために「紙」について考えてみます。
大量の材木からつくられる「紙」
ところで、写真家の森山大道さんの絶版となった写真集『にっぽん劇場写真帖』(1968年初版)を復刻させる様子を追った『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』というドキュメンタリー映画をご存じでしょうか。ここに登場するデザイナー・町口覚さん(マッチアンドカンパニー代表)のこだわりがすごいんです。
なんと1冊の本をつくるために、北海道の苫小牧にある大日本製紙の製紙工場に「1冊の本に使う木」を選びにいくところから始まるのです。
切り倒された大量の材木が機械でカッティングされて、ぐつぐつ煮えたぎる様子(紙にする前になんか木を茹でるようなんです!)をみるや、「そうだった。紙って木から出来てるんだ」という当然の事実を思い出させてくれました。
自然環境のことを考えると、いろんな意味で「紙」って貴重品だし、高級な材料なんだな・・・と感じ入ります。
※ちなみに『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』はNetflixでも観れます。
ビジネス書の書籍用紙のチョイス
われわれ編集者が本を作るうえでいちばんコストがかかるのは、実は「本文用紙」です。本を1冊作る際に使用する分量がもっとも多いですからね。
ビジネス書編集者は写真集やアート関係はふだん手掛けないので、もっぱら「読み物」と呼ばれる文字中心の書籍になります。したがって、本文用紙のチョイスはそんなに幅広くありません。
まずはざっくり決めるのは次のチョイス。
①クリーム系書籍用紙でいくか
②ホワイト系書籍用紙でいくか
みなさんもお手元の本をパラパラめくってみていただければわかると思いますが、書籍用紙には「クリーム色(黄色っぽい感じ)」と「ホワイト(真っ白な感じ)」の2パターンがあります。
自分としては「①クリーム系」が定番で、対象読者が幅広い場合(=年齢層の高い人も含む)は目に優しいクリーム系、対象読者が比較的若め想定の場合は「②ホワイト系」という感じでしょうか。
あと、斬新なテーマとか、デザインに凝った場合は「バシ!」とコントラストが映えるホワイト系を選ぶことが多い気がします。
紙の値段は「重さ」で決まる
私がこの業界に入って、最初に「へぇ、そうなんだ!」と驚いたのが、紙の値段が「重さ」で決まることです。
なので、写真などでよく使われる、紙の表面に加工が入った紙は重いので、高いです。
ちなみにざっくり本文用紙の種類を分けると・・・
①塗工紙
②微塗工紙
③中質紙
④上質紙
となります。
ビジネス書のような単行本、新書によく使われるのが「④上質紙」。「①塗工紙」は表面がテカテカと光った紙で、上述した写真集やアート本などによく使われます。重厚で高級感のある写真集(実際に本としても重い)にはぴったりですね。
「②微塗工紙」は塗工紙ほど加工されていないけど、うっすら表面にニスのようなものが塗られた紙のジャンルで、ビジネス書や実用書でもフルカラー紙面などでよく使います。個人的には結構すきな紙。
③の中質紙はざらざらした欧米のペーパーバックのような紙。褪色するのが早いので、あまり使う機会はありませんが、あえて中質紙を用いてラフな印象のデザインで引き立たせるケースもあります。
「束を稼ぐ」という業界用語から視えてくるもの
「紙の値段は重さで決まる」と申し上げましたが、ここに着目して製紙会社が商品開発したのではないかと思われるのが「嵩高用紙」というものです。
「嵩高」。つまり紙が厚いのです。
「紙が厚いんだったら、それだけ重くなるから高いんじゃない?」
そう思うでしょう。ところがどっこい、「紙が厚い」けど「軽い」用紙があるんです。「嵩高本文用紙」は私がこの業界に入ってから出てきた新製品なのですが、いまでは書籍用紙として超大人気の定番用紙。
もともと日本製紙が開発した用紙で、代表的なのが「オペラホワイトウルトラ」「オペラクリームマックス」といった銘柄に「オペラ」と入った商品です。
紙の専門家ではないので、ウロ覚えですが・・・たしかこの「オペラなんちゃら」が軽い嵩高用紙の走りで、通称セカチューとして映画化もされたベストセラー小説『世界の中心で愛を叫ぶ』に使われて有名になったという話を聞いたことがあります。
「本が売れない」「小説が売れない」と声高に叫ばれ始めた時代もあって、もともとページ数が少ない小説を「読者の読了感」を高めるために嵩高本文用紙を用いたというカラクリです。
ちなみにビジネス書業界には、(ここだけの話ですが)「束を稼ぐ」という表現があります。「束(つか)」というのは、本の物理的な厚さのこと。
これは本を購入された読者さんへのネタバレなので、トップシークレットにしていただきたいのですが(汗)、著者からの原稿を預かったものの「分量が足りない」という事態に往々にして遭遇します。
その場合、たとえば「本文198ページ」で「定価1,500円」だと、割高感が出てしまうようなとき、198ページでも厚さが出るように「嵩高本文用紙」を採用するケースが多いのです。そのときに「束を稼ぐ」と表現します。
「束が出て、値段も安い」ってことで、嵩高本文用紙が書籍編集者の間では大人気となったというわけです。
ちなみに「束を稼ぐ」必要がない書籍の場合は、通常は「アルトクリームマックス」「OKライトクリーム」といった上質紙を使うのが大半です。
装丁の用紙の世界は奥深すぎる「沼」
さてさて、ここまでは「本文」。いわゆる本の中身に使う用紙についてでした。ぶっちゃけ、本文用紙はそんなにチョイスの幅がありません。おそらくどの編集者もだいたい3パターンくらいの鉄板チョイスがある程度ではないでしょうか。
「紙のチョイス」が超重要になってくるのが・・・「装丁」の世界です。いわゆる「造本設計」と呼ばれるもの。
ここはおもにデザイナーさんの領域です。あ、ちなみに読み物の場合、本文用紙をデザイナーさんが指定することはほとんどありません。編集者が決めます。
一方、装丁は何が大変かって、用紙が膨大にあることです。用紙のチョイスの幅がハンパないのです。使える予算によって月とスッポン。
いちばん安く造本が仕上がるのが次の組み合わせです。
【カバー・帯】コート紙+ニス
【表紙】カード紙
【見返し】色上質紙
さすがにコート紙にニス引きだと見た目がチープすぎるので、PP加工をするケースがほとんですが、PP加工には「グロスPP」と「マットPP」の2種類があります。グロスPPは光沢があるもの、マットPPはマットな質感のもの。ニスを全面印刷するニス引きと違って、PPという素材を紙に物理的に貼って強度を出します。
コート紙+PP加工は耐久性の面では最強です。ただ、質感や風合いを出すのが、とても難しいです。
表紙の「カード紙」というのは言葉で伝えにくく、言い方が悪いですが「いちばん安っぽい表紙」です。実際に値段もいちばん安い。
見返し(表紙と本文の間に挟まれた色紙みたいなの)に用いる「色上質紙」も見返し用紙としては最安値。
以前在籍していた版元では「カバーと帯はコート+PP、表紙はカード、見返しは色上質」という暗黙のルールがあり、それ以外の用紙を用いる場合は細かく見積もりを取って制作担当者の了承とハンコを得る・・・なんて感じで大変でしたが、フォレスト出版はそういうケチなことを言わない出版社なのでサイコーです(*'▽')
ちなみに色上質紙も「黒」だと値段が上がるのですが、当時の私は見返しに黒を使うのが好きで(というか、それ以外の色だと安っぽい)、黒を使うときも色々ネチネチ言われたなー(遠い目)。
というわけで、ケチ臭い話はここまでにします。
ビジネス書の装丁の世界で、なんといっても大人気の用紙は「ラフグロス紙」でしょう!これまた、本文の嵩高用紙と同じぐらいのタイミングで世に出始めた記憶があります。
ラフ・グロス
粗い質感(ラフ)でありながら、印刷面にはつや(グロス)の出る
ファインペーパー。高い印刷の質と、紙の風合いの豊かさを両立しました。
銘柄:ヴァンヌーボシリーズ、Mr.B、OKミューズガリバーシリーズなど
※ラフ・グロスは竹尾の登録商標です。
カバーに写真を使うような場合は「ヴァンヌーボ」というのがかなり鉄板になりつつあります。調べると1994年に発売開始した銘柄ですね。それなりのお値段がする紙ですが、ヴァンヌーボ+グロスニスという組み合わせはいまやビジネス書で一番多く見かける気がします。
ヴァンヌーボのなかにもいろいろ種類があり、ナチュラル、ホワイト、スノーホワイトと白さのレベルでも種類があります。
質感がしっとりして、ほんの少しザラっとする絶妙な触り心地の紙が「ラフグロス」で、ニス引き加工するケースがほとんどですが、たまーにあえてPP貼りをして、「PPでピカピカしてるけど、なんか質感がある」という不思議な造本をしているものもみかけます。フォレスト出版の昔の本でも何冊かありました。
装丁用紙はこれ以外にも膨大な種類があり、ハマると抜け出せない沼ですね。用紙のジャンルとしては「ファンシーペーパー」と呼ばれる世界で、紙が好きな人にとってはたまらない沼でしょう。
と、ここまで書いて、紙についての話題も、話し始めるとけっこうありましたね。紙については、このほかにも箔押しやUVといった「加工の沼」もあるのですが、少し長くなったので、また改めて別の機会に。